2018年12月4日 火曜日

事業譲渡の事例から読み解く潮流《SES業界》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

少子化の進行により生産年齢人口が減少を続ける中、各業種では省力化への努力が続いています。省力化の一つの方法として、業務のIT化の促進がありますが、そのIT化を担うIT業界こそがまさに人材不足を極めている状態にあります。

このIT人材難の中、SE(システムエンジニア)の力を柔軟に調達する仕組みとしてのSES(システムエンジニアリングサービス)があります。不足するIT人材をSESによって補完することは多いのですが、SES事業そのものを買収することで、SEをまとめて自社の戦力として取り込もうという動きも目立っています。

この後、SESの事業譲渡の潮流について、事例を交えつつ読み解いていきます。

SES業界における事業譲渡の動き

SES業界は現在事業譲渡を行いやすい環境にあります。現在のSES業界の状況からその理由を探ってみます。

ひっ迫するIT人材需給

少子化の影響でIT業界の退職者が入職者を上回る状態が続く状態でありながら、AI/IoT/ビッグデータといった新規技術の登場によりITへのニーズは伸び続けています。この傾向は将来も変わらず、2030年には60万人近くのIT人材が不足するとする推計もあり(「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」経済産業省)、IT人材需給はひっ迫しています。

IT人材の調整弁としてのSES

SESではシステムエンジニアが顧客企業に常駐して作業を行います。SEには単価が定められており、単価はSEの持つスキルをベースに契約で決定します。SEのスキルを決める要素は扱えるプログラミング言語のほか、チームリーダー、マネージャーレベルのSEでは経験プロジェクトの数や規模などがあります。

SESはSEの単価と作業時間をかけたものに対して料金が発生します。ここは人材派遣と同じですが、人材派遣は派遣業法下で行われ、派遣社員は派遣先の指揮下で仕事を進めるのに対し、SESは準委任という形での契約となり、派遣業法の範囲外で労務管理はSEの所属企業が行います。受託開発との違いは、受託開発ではSEの作業した結果の成果物に対価が発生するのに対して、SESは作業時間に対価が発生します。作業に注力している限りにおいては成果物に対して責任を求められることがありません。

 IT業界再編の進行

IT業界は長らく多重下請けが常態化しています。多重下請け構造では末端の業者は利益率低下に苦しみ、元請け側の企業には中間マージンが重なった結果の高コストがかかってきます。オフショアも含めた競争激化により、元請け下請けの両方から多重下請け構造の解消への圧力が強まっています。

中小のIT企業はM&Aや事業譲渡によりスケールメリットを求める動きを強めています。また、元請け側にあたるシステムインテグレータやユーザー企業では中小規模のIT企業を買収することでSEをまとめて自社戦力として取り込む流れも出てきています。

競争激化、ITへのニーズの高まりと人材不足を背景にIT業界は特に中小企業を中心として活発な再編が行われています。

SESは事業譲渡しやすい

IT業界での再編が続いていることから、SES事業の譲渡に対する需要も旺盛です。SESの買収目的は、買収した事業をそのまま継続して売り上げを得ていくためというよりは、在籍SEを人材として取り込むためであるケースが多いとみられます。そのため、現在のSES業の売り上げや利益については、成績が思わしくない場合でも、他業種での事業譲渡と比較して問題になりにくい傾向にあります。

IT企業や事業の買収の際に留意しなければならないのはエンジニアの流出ですが、SESの場合、所属SE個人から見ればSES契約によって顧客企業内でエンジニアリングサービスを行うのと、SES事業が丸ごと買収されて買収先企業でSEとしての力を発揮するのとではそれほど形は変化しません。受託開発企業を買収するのに比べて、所属SEの環境変化が少ないため、SE流出のリスクは相対的に低いと考えられます。

そういった背景からSES事業に対しての買収ニーズが非常に高いため、事業譲渡は行いやすい状態です。

最近のSES業界の事業譲渡事例

2017年7月5日、株式会社トライアンフコーポレーション[3651]が株式会社フィニス(売上高2億600万円、営業利益500万円、純資産5500万円)を1億2500万円で取得した。

(株)フィニスは日立製作所が開発・販売しているJP1に特化したSES事業(JP1ソリューション事業)を主力事業として行っていた。(株)トライアンフコーポレーションがSES事業を取得するにあたり、(株)フィニスの他事業を別会社に事業譲渡し、(株)トライアンフコーポレーションが(株)フィニス株式を取得したうえでSES事業を取得することとした。

(株)トライアンフコーポレーションのグループの情報技術事業と同業であるJP1ソリューション事業を取得することで、各々が培ってきた技術力、取引基盤等を融合させ、双方の経営資源を最大限活用することによって、情報技術事業の拡大に寄与するものと判断した。

SESの事業譲渡を実施するうえでのポイント

それでは、以下で実際にSESの事業譲渡の実施を考える場合に検討すべきポイントを見ていきます。

譲渡の目的

事業譲渡を考える場合、まずその目的をはっきりとさせる必要があります。経営には余裕のある状態だが、売買市場が活況なうちにSES事業を売却することで利益を得たい場合は、売却額を最大にもっていくことが目標となるでしょう。SES事業の成績が不振であるため、切り離し売却することで経営のスリム化を図りたい場合は、早期に売却を成立させることが目標となるでしょう。

譲渡目的により、譲渡先の選定から始まる譲渡プロセスでの各フェーズの動き、重みづけが大きく変化しますので、譲渡を検討する場合はまずゴールを明確に定めることが重要です。

譲渡の準備・タイミング

事業譲渡を行うことが決定したら、すぐに準備を始めます。良い条件での事業譲渡を目指すには、事業よい状態にあり、需要も高いタイミングを見計らう必要があります。譲渡プロセスには思ったより時間がかかるため、あわてて準備に取り掛かっているようではよいタイミングを逃してしまいます。事業譲渡は売却側が「まだ売りたくない」と考えているくらいのタイミングのほうが余裕をもって好条件での売却が可能です。

SES事業については、現在SEに対する需要が大変高いことから、譲渡に適したタイミングであると考えられます。譲渡を考えているのであれば、できるだけ早く検討・準備を開始しましょう。

仲介業者への相談

譲渡準備では多くの場合、まず仲介業者に相談することが多いでしょう。仲介業者を利用する理由としてはまず譲渡先を見つけるのが非常に難しいという点があります。業者を利用しない場合は、さまざまなツテを頼って譲渡先を探すことになりますが、この方法では事業譲渡を検討中であるという秘密が漏れるリスクが高くなります。事業譲渡の事実をどの範囲まで、どのタイミングで伝えるかはさまざまですが、一般にはできるだけ秘密は保持するようにします。譲渡プロセスの途中で譲渡検討中の事実が漏れてしまうと、譲渡条件が悪化するだけにとどまらず、譲渡の話そのものが流れてしまうケースもあります。信用できる業者であれば、秘密を保持したまま譲渡候補とのマッチングが可能ですので、情報漏えいリスクを回避することができます。

次に、譲渡する際の事業価値の算定が専門的で非常に難しいということも、仲介業者利用の理由です。譲渡先のマッチングサービスのみを利用することもできますが、仲介業者に依頼すれば事業譲渡プロセスの各フェーズでのアドバイスをワンストップで受けられます。

仲介業者に事業譲渡のコンサルティングを依頼する場合、適切な業者を選ばなければなりません。SES事業の売買では在籍しているSEの価値が事業価値を大きく左右します。この事業価値の算定に独特のノウハウが必要になることから、IT業界でのM&Aや事業譲渡の実績を多く積んでいる業者を選択するのがよいでしょう。また、業者はくれぐれも信頼のできる業者にすることも重要です。売買情報の取り扱いが不適切な業者から秘密が漏れてしまうと、先述のようなトラブルにつながります。信頼できる業者の選定には取引先銀行や商工会議所、顧問税理士などの紹介を受けるのもひとつの方法です。

譲渡先の選定

事業の譲渡先を選定する際には交渉のたたき台となる希望価格がマッチすることも重要ですが、買収先企業での在籍SEの利用のされ方にも注意を払う必要があります。現在継続中の案件やSEのスキルセットとかけ離れたスキルを要求される環境である場合、買収後にSEが流出するリスクが高いと見積もられます。在籍SEはSESの事業価値そのものですので、事業譲渡のタイミングでSEが流出してしまうようであると、事業の価値は大きく損なわれます。従って、SEの流出リスクが高い譲渡では事業価値は低く算定されてしまいます。適切な事業価値算定を受けるためには、譲渡前後で在籍SEの環境が激変するような売却先は避けるのが無難です。

事業価値の算定

事業譲渡の価格は最終的には譲渡側と譲受側の交渉によって決定しますが、そのためにも譲渡対象の事業の価値について正確に算定しておく必要があります。事業の価値というあるようでないような数値の算定方法にはいくつかの方法があり「対象事業領域内にある資産から算定する」「将来見込まれる利益から算定する」「同種同規模の売買事例をもとに算定する」などですが、いずれも複雑で専門家の力を必要とします。

SESの場合、事業の価値は在籍・契約しているSEの数と質が大きな要素です。SEの質については現在のスキルはもちろん重要ですが、それだけでは事業価値の算定はできません。同じスキルを持つSE同士では将来の伸びしろを考えれば若いSEのほうが有利ですし、同じ単価のSE同士でも、市場が広い汎用的なスキルを持つSEのほうが底堅い需要が見込めるため、高く評価されます。また、譲渡の前後でSEが流出するリスクがあるため、SEのロイヤリティが高い企業であるほど事業価値は高く評価されます。

事業の磨き上げ

事業譲渡の意思を固めたら、事業の磨き上げに着手します。事業の磨き上げは譲渡に向けて現在の事業の問題点を洗い出して改善し、長所を伸ばす作業です。これにより譲渡時に算定する事業の価値を高めることができます。事業の磨き上げについては譲渡先が決まる前からでも可能なので、早めに着手しましょう。ただし、ともかく早く不採算事業を切り離したいような場合は、磨き上げを行わず譲渡をすることも考えられます。どの程度時間、コストをかけて磨き上げを行うのかについては仲介業者のアドバイスを受けるのも一つの方法です。

事業の磨き上げにおいて、契約書類や財務データの整理を行い、現事業の可視化を進めておくのは最低限必要な作業ですが、SES業で事業価値を上げる努力はどういったことが可能でしょうか。SESの事業価値は在籍SEの数と質が大きく左右します。SEの質を高めるのには社内での勉強会の開催なども考えられます。

その他にSEのロイヤリティを上げておく、というのも事業価値上昇の一要素として考えられます。ロイヤリティアップのために数値的な待遇を改善するのが難しくとも、SEの働きやすい環境を整えるための努力は可能です。勉強会の開催のほか、契約案件についてはSEの現在のスキルによりマッチするものや、スキルアップにつながるものを選択するような努力によってもロイヤリティを上げることができます。

SES契約は人材派遣との境界があいまいになりがちという側面を持っています。SES契約の実態が派遣に陥ってしまうような契約があるとSEのロイヤリティは下がります。万一、こういった実態を持つ契約があるような場合は、改善してゆくのも磨き上げのひとつです。

まとめ

SES業、特に中小の業者は事業再編の流れの中にあり、事業単位あるいは企業単位での譲渡も活発に行われています。SES事業を切り離しての経営のスリム化を狙う、あるいは育った事業を売却することで現金を手にする、といった目的があるならば、事業譲渡を検討してみてください。

事業譲渡の事例から読み解く潮流《SES業界》
少子化の進行により生産年齢人口が減少を続ける中、各業種では省力化への努力が続いています。省力化の一つの方法として、業務のIT化の促進がありますが、そのIT化を担うIT業界こそがまさに人材不足を極めている状態にあります。
このIT人材難の中、SE(システムエンジニア)の力を柔軟に調達する仕組みとしてのSES(システムエンジニアリングサービス)があります。不足するIT人材をSESによって補完することは多いのですが、SES事業そのものを買収することで、SEをまとめて自社の戦力として取り込もうという動きも目立っています。
この後、SESの事業譲渡の潮流について、事例を交えつつ読み解いていきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2018年12月4日
SESの事業譲渡を検討する際のチェック項目
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