2018年12月4日 火曜日

事業承継の事例から読み解く潮流《SES業界》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

進む高齢化の波は企業経営者にも等しくやってきています。社長の平均年齢は5年間で1歳延び、70代以上の経営者の占める割合は過去最高を記録しています。また、経営者の年齢が高い企業は減収となる割合が高くなるなど、企業の業績悪化と経営者の年齢上昇に一定の相関がみられます(「2017年 全国社長の年齢調査」東京商工リサーチ)。

IT業界の経営者の平均年齢は、他業種と比較すると圧倒的に低いものの、事業承継への備えが必要なことはかわりありません。

ここでは、SESの事業承継について、事例を交えつつ見ていきます。

 

SES業界における事業承継の動き

SESとは

SESはシステム・エンジニアリング・サービスの略で、IT技術を持つシステムエンジニア(以下SE)のエンジニアリングサービスの提供により対価を得る業態です。SEはおおむねそのスキルにより契約単価が決まり、売上は単価×時間で計算されます。

SES契約ではSEは顧客企業に常駐して作業を行いますが、人材派遣と異なり、SEに対する指揮命令はSESを提供している企業が行い、顧客企業が直接命令を下すことはできません。受託開発との違いは、受託開発は作業結果の成果物に対して対価が発生するのに対して、SESでは作業に注力している限りは作業時間に対して対価が発生し、成果の如何は問われないというところです。

SESの現状

高齢化への流れが止まらない現在、生産年齢人口の縮小により人手不足が顕在化し、業界によっては悲鳴に近い声が上がっているところまであります。人手不足への対処として業務のIT化による省力化がありますが、そのIT化を担うIT人材も不足しています。需要が伸びているにもかかわらず、IT業界への就業者数も減っているため、2030年には60万人近くのIT人材が不足すると予測されている(「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」経済産業省)ほどです。

不足するIT人材を柔軟に提供する仕組みがSESです。慢性的な人材不足によりSESの需要は旺盛ですが、オフショア開発の定着による競争激化や、多重下請け構造による利益率の低下に苦しむ企業も存在します。

SESの事業承継の潮流

この状況の中、スケールメリットを得るためや、コスト高要因となる多重下請け構造を解消するための業界再編の流れが続いています。SESへの需要自体は底堅いものが見込めるため、SESを提供する企業自体もM&A市場では人気です。

また、スケールメリットを求めるためのSES企業によるSES企業の買収だけでなく、ソフトウェアの受託開発企業やユーザー企業がSESを買収することで、需給がひっ迫しているIT人材を一気に確保しようとする動きも見られます。

中小企業の事業承継についてはここ5年でM&Aによる事業承継が急伸し、割合で「親族への承継」や「従業員への承継」を逆転し、40%近くに達しています(「事業承継に関する現状と課題」中小企業庁)。

情報通信業は経営者の平均年齢が突出して低いため、事業承継のニーズは経営者の高齢化に伴う交代というよりは、事業の現金化やアーリーリタイア、他業種転向のための売却が中心にあると考えられます。

最近のSES業界の事業承継事例

事例①

2018年8月15日、ITbook株式会社(現ITbookホールディングス株式会社[1447]子会社)はSES・ソフトウェア受託開発を行っている株式会社RINET(売上3億800万円、営業利益1100万円、純資産3300万円)を1億円で取得した。

ITbook(株)は行政向け、独立行政法人向けをはじめとしたITコンサルティングサービスを手掛けているが、BigData、AI、IoT、Fintech、RPAといった新しい事業創生に取り組んでいる。AIやIoT向けに社内教育や顧客向けシステム開発を行っている(株)RINETをグループ化することで新たな分野への進出と既存事業へのシナジーを生み出すことを狙う。

事例②

2018年5月22日、ナレッジスイート株式会社[3999]はSESの株式会社フジソフトサービス(売上2億6700万円、営業利益100万円、純資産4億4100万円)を6億3200万円で取得した。

ナレッジスイート(株)は、企業内知識の共有による営業活動の生産性向上のためのクラウドサービスの開発などを手掛けている。(株)フジソフトサービスは汎用系、オープン系を問わない多数のソフトウェア開発実績を背景とする高い技術力に支えられたSESを提供してきた。この買収によりナレッジスイート(株)はクラウドベンダーとして、高度な技術者集団として、多くの優秀な技術者の確保と先端 IT 技術者の育成を行い、市場ニーズに即した IT人材の創出とそれによる新たな収益基盤の拡大及び強化を図る。

事例③

2018年1月11日、株式会社クレスコ[4674]はシステム開発の株式会社ネクサス(売上7億5700万円、営業利益△600万円、純資産3億3900万円)を取得した。株式取得額は非公表。

(株)クレスコは複合IT企業グループとして企業のIT戦略立案から開発、運用・保守まで幅広いニーズに応えている。(株)ネクサスはSESを含むシステム開発に関わる総合的なサービスを提供している。この買収によりシステム開発の拡大に寄与し、企業価値向上を図る。

SESの事業承継を実施するうえでのポイント

SESの事業承継にあたって考慮する必要のあるポイントは多くありますので以下で見ていきます。

後継の選定

事業承継を考える場合に、現経営者が最初に行わなければならないのが後継の選定です。小や親族といった身内での承継とするか、従業員の中から後継者を選ぶか、第三者への譲渡とするかで承継のスキームは大きく変わります。

子や親族への承継

多くの現経営者が望むのはやはり子や親族といった身内への承継でしょう。経営者にとっては人となりがよくわかった人物であり、従業員や取引先といった社内外からの理解も得やすいのが身内への承継です。

少子化が進んだ現在では候補となる人数が非常に限られるため、厳しさを増す経営環境に耐えられる人物が見つからない場合があるのがデメリットです。逆に相続対象の人数が多い場合は、株式が分散してしまい、経営の不安定化要因となる場合があるので注意しなければなりません。また、負債がある場合、負債は親族内にとどまったままになってしまいます。

従業員への承継

親族内での後継者が見つからない場合、従業員の中から経営能力に長け、事業についてよく知る人物を後継候補とする場合があります。業務については熟知していることが前提になるため、後継者教育にかかる時間が比較的短くすむというメリットがあります。

従業員を後継者とする場合は、経営権に関する争いが発生しないように、相続対象者から十分な同意を得ておく必要があります。従業員が後継となる場合の一番の障壁は、株式を譲受するための資金が後継従業員にないケースが多いということです。また、事業に負債がある場合は、連帯保証の移行が難しいというデメリットもあります。

第三者への承継

親族や社内に後継者が見当たらない場合や、事業を離れて現金を得たい場合は第三者への承継、すなわちM&Aを考えることになります。M&Aにはマネーゲームのイメージもありますが、株式非公開の中小企業では敵対的買収は行えず、また、SESでは企業価値を裏付けているのが在籍SEであることから買収に伴い従業員が解雇されることもありません。各方向にわたってハッピーであることが多いのが中小企業のM&Aです。

売却側から見れば、現金を手にすることができるのが大きなメリットです。経営者の平均年齢が他業種と比較して低いIT業界でのM&Aは、経営者の高齢化以外の理由での売却も多いようです。企業が負債を抱えている場合であっても、買収先にとって価値があるとされ、買収の対象になる場合があります。この場合は負債からの解放が一番大きなメリットと言えるでしょう。

M&Aの弱点は、やはり大きな交渉ですので全体がまとまりづらく、売却先が見つかりにくいという点です。この点は実績のある仲介業者に依頼することで選択肢を広げることができます。また、買収の前後で従業員にとっての環境が大きく変化してしまうと、SES企業の財産そのものと言えるSEの流出を招く場合がありますのでこの点も注意が必要です。

現在、IT人材は枯渇しており、非常な人手不足に見舞われています。SESのM&Aは他業種でのM&Aと比較すると、売り上げや利益を直接増やすため、というよりSES企業の抱える人材をまとめて取得するため、という理由が目立ちます。買収側は同じSES企業の他、ソフトウェアの受託開発業やいわゆるITのユーザー企業もありますが、いずれもSE確保のためであることが共通です。

これらの例にみられるように、人材不足であるSEを多く抱えているSES企業については、現在、非常に買い手のつきやすい状態にあると言えます。

準備

後継の選定も準備のうちといえばそうなのですが、事業承継の準備はできるだけ早くから取り掛かる必要があります。身内や従業員への承継の場合は後継者教育に時間がかかりますし、M&Aの場合は売却先を探さなければなりません。

いずれの場合も追い詰められてからではよいタイミングで承継を行うことが難しくなります。承継時にはさまざまなコストがかかることや、承継がスムーズに進まなかった場合の経営の不安定化を考えると、できるだけ経営に余裕のタイミングでの事業承継が望ましいのは言うまでもありません。

事業の磨き上げ

事業承継に向けては「事業の磨き上げ」を行います。承継の形が売却である場合、準備は秘密厳守で進める必要がありますが、事業の磨き上げの作業は通常の業務の中で行うことが可能です。事業の磨き上げでは企業の法務・財務の各種資料の整理、経営状態の見える化から始め、その企業の持つ問題点を洗い出し、改善したり、長所をのばしたりします。

SESで特に可能な対応としては、在籍SEのロイヤリティ強化です。IT人材は売り手市場にあり流動性が高いため、事業承継の前後で大きく環境が悪化するようなことがあると、人材の流出が起こりやすいと言えます。逆にSEのロイヤリティの高い企業はより経営上のリスクが低いとして高評価を得られるのです。在籍SEのスキルとよりマッチする案件を選択するような努力や、勉強会の開催によりスキルを上げる助けがあれば、大きなコストをかけなくともSEのロイヤリティが上がります。

仲介業者への相談

事業承継の手段として売却を考える場合は多くは仲介業者に相談することになります。SESの売却では企業価値の大部分を占めるSEの市場価値、将来性の正しい評価など、他業種のM&Aと異なるノウハウも必要とされます。従って、IT業界のM&A実績を多く積んでいる業者を選択するのが基本です。

売却の情報が漏れてしまうと売却が進まなくなるだけではなく、現在展開中の事業にも悪影響を与えますので、秘密厳守で進める必要があります。しかし、売買情報の扱いが雑な悪質業者もありますので、業者選定には注意が必要です。信頼できる業者の選定は取引銀行や商工会議所に相談するという方法もあります。

経営の不安定化リスクの排除

親族や従業員への承継では、会社の後継者とは別に相続人がいる場合、現経営者が持つ株式が相続人に分散する可能性があります。相続人が選定された人物を後継者とすることに同意している場合は問題ありませんが、異なる意図を持っていた場合、分散した株式を背景に経営権(の一部)を主張し、経営の不安定化につながる恐れがあります。株式分散のリスクを避けるために、会社の経営と関係のない相続人には株式以外の資産を譲り渡すなどの工夫が必要になります。

まとめ

経営者自身の高齢化の進行や、IT人材の不足によりSESの事業承継のニーズは増えています。平均年齢の低いIT業界の経営者であっても、出口戦略を考えなければならない時は必ずやってきます。事業承継の必要性が目前に迫った時に慌てることのないように、早めからの調査、準備をお勧めします。

事業承継の事例から読み解く潮流《SES業界》
進む高齢化の波は企業経営者にも等しくやってきています。社長の平均年齢は5年間で1歳延び、70代以上の経営者の占める割合は過去最高を記録しています。また、経営者の年齢が高い企業は減収となる割合が高くなるなど、企業の業績悪化と経営者の年齢上昇に一定の相関がみられます(「2017年 全国社長の年齢調査」東京商工リサーチ)。
IT業界の経営者の平均年齢は、他業種と比較すると圧倒的に低いものの、事業承継への備えが必要なことはかわりありません。
ここでは、SESの事業承継について、事例を交えつつ見ていきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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