2018年12月5日 水曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《SES業界》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

日本の少子高齢化には歯止めがかからず、生産年齢人口の減少が続いています。一部の業種では外国人材の受け入れも本格決定しました。省力化を進めるためにより進歩したIT技術の導入も期待されていますが、それを支えるIT業界自体が深刻な人手不足に直面しています。

SES(システムエンジニアリングサービス)はSE(システムエンジニア)の能力を提供することで対価を得る業態です。IT人材不足を背景にSESの需要が増加する一方で、競争の激化や多重下請け構造による利益率の低下に悩まされるSES部門を抱えている企業もあります。

ここではSESの事業売却の事例を交えて、現在の動きを見ます。

SES業界における事業売却の動き

SES業は現在活発に企業・事業売買が行われている状態です。これら売買活発化の背景などを紹介します。

IT人材が枯渇する

少子高齢化によりIT業界の退職者が入職者を上回る状態が続いているため、業界の就業者数は減少し続けています。その状態の中、人工知能やIoTといった新技術の導入や省力化のためのIT化投資の増加などによりIT人材の需要は増しています。現状でも20万人のIT人材が不足していますが、今後も需給ギャップは広がり続け、2030年にはおよそ60万人のIT技術者が不足するという推計(「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」経済産業省)もあります。

ソフトウェア受託開発企業やユーザー企業には自社内のSEのみでエンジニアリングパワーが不足する場合に、SESや人材派遣を利用して人材を確保するケースが多く見られます。人材不足が進行してる現在は、SES事業を買収することでSEを一気に自社リソースとして確保、囲い込もうという動きも目立ちます。

SESはSEのスキルを提供する

SESではSEの技術提供に対価が発生します。SEのスキル(扱うプログラミング言語や設計能力、プロジェクト運営能力等)に応じて契約で決定する時間単価と作業時間を掛けたものが料金です。SEが顧客企業に常駐して作業を行い、作業時間見合いでの料金となる点は人材派遣とよく似ていますが、SESと人材派遣は所管法令の違いから厳密に区別されます。人材派遣は派遣業法下で実施され、派遣された人物は顧客企業の指揮管理下で作業を行います。SESは派遣業法の対象外で、派遣された人物の指揮管理、労務管理を行うのはサービス提供企業の管理者です。

SES契約であるのに実態として人材派遣のような状態になっている契約も見られていましたが、社会の視線が年々厳しさを増し、グレーゾーン解消への圧力からユーザー企業等がSESを買収することで丸ごと取り込む動きもあります。

企業・事業売買の活発化

深刻な人材不足からSE自体は引く手あまたの状態ですが、SES事業を取り巻く環境は必ずしも良いものとは言えません。オフショア開発が定着し、海外の安くて優秀な技術者も含めた競争が激化しています。また、IT業界の多重下請け構造のピラミッド下部を支える形になっているSESは低利益率にも悩まされています。多重下請けは元請け側から見てもコスト増要因になるため、ピラミッド上下から多重下請け解消への圧縮する力が働いています。

SES業同士でのスケールメリットを得るために合併や、ソフトウェア受託開発企業やユーザー企業がSEの力を自社内で直接活用できるように他社SES事業を取り込むケースが見られます。

人手不足とコストカット圧力を背景に中小事業者の再編が続いている状態で、企業・事業売買が盛んに行われ、市場は活況です。事業売却を考えている企業にとっては比較的よいタイミングであると言えるでしょう。

SESは事業売却しやすい

一般的には事業売買で対象事業単体の成績が思わしくない場合、売却は難しいものになります。しかし、SES事業が買収対象となる場合、多くは在籍SEの力を自社内でより積極的に活用する、という目的であるため、現在のSES事業が好業績でなくとも売却が可能であるケースが多く見られます。

SESを事業の一部として持っている企業の場合、SES事業部分は業績に関わらず比較的切り離しやすいと考えられます。SES事業を売却した資金でコア事業に経営資源を集中させることもできるでしょう。

最近のSES業界の事業売却事例

2017年7月5日、株式会社トライアンフコーポレーション[3651]はJP1ソリューション事業を主力事業とする株式会社フィニス(売上高2億600万円、営業利益500万円、純資産5500万円)の株式を1億2500万円で取得し子会社化した。

(株)フィニスは日立製作所が開発・販売しているJP1に特化したSES「JP1ソリューション事業」を主力事業としていた。事前にSES以外の事業を新会社に事業譲渡したうえで、(株)トライアンフコーポレーションが(株)フィニスの株式を全株取得した。(株)トライアンフコーポレーションはこの取引により両者の技術力や取引基盤を融合させ、双方の経営資源を最大活用して情報技術拡大を目指す。

SESの事業売却を実施するうえでのポイント

SESの事業売却を取り巻く環境と実際の売却事例を見ましたが、以下では実際にSESの事業売却を検討する際にチェックするポイントについてご紹介します。

はやめの準備を

事業売却には時間がかかります。売却を検討するのであれば、できるだけ早くから準備に着手することをお勧めします。事業を手放す以上できるだけよい条件を求めるのが当然ですが、条件は売却のタイミングでも左右されます。市場環境のよい、売却に最適なタイミングをとらえるために、十分な準備をしておきたいところです。後述する事業の磨き上げについても時間を取れればそれだけ好条件を望めます。

なぜ売却をするのかをはっきりさせる

事業売却を検討する最初の時点でまず行うのが、売却の目的の明確化です。売却目的によって売却プロセス各フェーズのそれぞれにかけられる時間や、フェーズごとの行動指針も変化します。SES事業が不調であるために事業を切り離したいといった場合はスピード感のある交渉妥結を目指すことになります。売却資金をもとに他の事業に注力する、あるいは新規事業を開始するといった場合は得られる資金を極大化するために、じっくりタイミングや相手を選ぶことになるでしょう。どの程度時間をかけるか、コストをかけるかに影響があるため、ゴールをはっきりさせておきましょう。

事業売却のコンサルタント

事業売却を実施する際、特に中小事業者が独力で行うのは困難が伴います。まずスタートの時点で買収希望企業とのマッチングが大変です。自力で様々なコネクションを頼っての売却先探しを行う場合、選定の過程で売却意図の秘密が漏れてしまうリスクが高くなります。秘密が漏れた場合、売却条件を悪化させるだけでなく、買収企業が訳ありと警戒して売却先が見つからなくなったり(出回り案件化)、現在展開中の事業にまで悪影響が波及したりすることもあります。このため、匿名性を保ったうえでの売買マッチングのサービスが受けられる事業売買の仲介業者(コンサルタント)への相談が無難な選択です。

この後にも事業価値の算定やデューデリジェンスへ対策など、専門家の助けが必要になる場面がしばしば出てきます。仲介業者は売却の各フェーズでの助言を行える専門家をそろえてワンストップでの対応が可能です。

業者選定の際はIT業界のM&Aや事業売却の実績を多く積んでいる業者がおすすめです。売却にあたって売却額決定のための事業価値の算定をはじめとして、SES、IT企業の売買に特有のノウハウがあるためです。また、業者の信頼性も非常に重要です。残念ながら、売買案件情報の取り扱いが不適切な仲介業者が存在し、そういった業者を選んでしまうと、売買の秘密流出にもつながりかねませんので注意が必要です。取引先銀行や顧問税理士に相談するなど、信頼できる業者を選んでください。

売却先を決めるとき

事業の売却先選定では、表面的な買収希望額以外にも考慮すべき点が多くあります。SES事業では在籍・契約SEが事業価値の中心にあるため、売買の前後でSEが流出するようなことがあると事業価値が大きく毀損します。そのため、SEが流出するリスクが高いとみられる売買では売却条件も低く抑えられる傾向にあります。好条件での売却を目指す場合は、在籍・契約SEのスキルが売却後の仕事によくマッチしている、企業文化が似ているといった要素も材料の一つとして考えに入れたほうが良いでしょう。

売却額をどう決めるか

交渉のベースとなる売却希望額を決めるためには現在の事業価値を算定する必要があります。事業価値の算定は会計士などの専門家を必要とする複雑な作業です。成長が続くIT関連業種での事業価値の算定には事業が生み出す利益をもとにする方法が多く用いられます。

SESの事業価値は事業者が動かすことのできるエンジニアリングパワーが核となります。エンジニアリングパワーは在籍・契約しているSEの数とスキルで決まります。SEのスキルは扱えるプログラミング言語、設計できるシステムの規模、チームリーダー、マネージャークラスでは経験プロジェクトの数や規模といったプロジェクト運営能力などです。

事業価値の算定ではSEの現在の価値だけでなく、将来の価値まで視野に入れます。同じスキルのSEでは成長の可能性を考慮して若いSEのほうが高い価値があるとされます。また、同単価のスキルであっても、より幅広い需要をもつスキルの方が売り上げは安定するため事業価値の算定においてはプラス評価となります。

スキル起因以外に事業価値に影響を与える要素としてはSEのロイヤリティがあります。IT人材の不足によりSE人材の流動性は高い状態です。SEのロイヤリティが低い場合、売却後にSEが流出する危険があるとみなされ事業価値のネガティブ要素となってしまいます。

よりよい条件での売却のために

事業売却の準備段階では「事業の磨き上げ」を行います。事業の磨き上げは現在の事業の状態を可視化したうえで問題点を洗い出してクリアし、長所を伸ばす作業で、これによってよりよい状態での事業売却を目指します。時間もコストもかかるため、売却にともかくスピードを求める場合はごく最低限にとどめることも考えられます。ケースに応じてどの程度時間やコストをかけるかについても事業売却の専門家に助言を受けられます。

一般に事業の磨き上げでは現在の経営状態を各種指標で可視化することや、経営が属人化してしまっている場合は組織だって動けるように組織を改革する、売上重視から利益重視の経営にシフトするといったことを行います。

SESの事業売却では事業価値を高めるためにSEのロイヤリティ上昇を図るのことも有効です。数字上の待遇改善が難しかったとしても、営業時にSEの現在スキルに沿っている、あるいはスキルアップにつながる案件を選択する努力や、適切な労務管理などを心がけることは可能です。

デューデリジェンス対策

企業・事業の買収の際は、買収企業・事業に問題がないか最終契約の前にデューデリジェンス(買収監査)が行われます。買収した企業・事業が抱えている問題によっては買収側の経営を傾けてしまうほどの悪影響がでることもあるため、デューデリジェンスは弁護士による法務デューデリジェンス、会計士・税理士による財務デューデリジェンスをはじめ、非常に厳しく行われます。

事業売却では売買する事業の範囲を契約である程度コントロールできることから、買収側が思わぬリスクを引き継いでしまう可能性はM&Aに比べて低くなるものの、やはりデューデリジェンスは行われます。売却側にとっては事業の内容を減点法で子細に点検されるフェーズに緊張を強いられますが、この段階で問題が表面化した場合、最終契約が流れる可能性もありますので考えられる問題は事前にしっかりとクリアしておく必要があります。

まとめ

IT業界が再編のさなかにあるため、汎用性の高いSES事業は売却側にとってよい条件での交渉を進めやすい環境にあります。M&Aといった他の方法ともあわせ、事業の売却を検討されてはいかがでしょうか。

事業売却の事例から読み解く潮流《SES業界》
日本の少子高齢化には歯止めがかからず、生産年齢人口の減少が続いています。一部の業種では外国人材の受け入れも本格決定しました。省力化を進めるためにより進歩したIT技術の導入も期待されていますが、それを支えるIT業界自体が深刻な人手不足に直面しています。
SES(システムエンジニアリングサービス)はSE(システムエンジニア)の能力を提供することで対価を得る業態です。IT人材不足を背景にSESの需要が増加する一方で、競争の激化や多重下請け構造による利益率の低下に悩まされるSES部門を抱えている企業もあります。
ここではSESの事業売却の事例を交えて、現在の動きを見ます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2018年12月5日
事業承継の事例から読み解く潮流《SES業界》
2018年12月5日
SESのM&Aを実施する前に考えておきたいこと
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