2018年12月15日 土曜日

SESのM&Aを実施する前に考えておきたいこと

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

少子高齢化の進行により日本社会全体で人手不足が進行しています。人手不足への対策のひとつとして、IT技術を駆使し、業務プロセスを効率化する取り組みが進められています。しかし、プロセスの改善を担うIT人材も90%以上の企業が不足を感じている(「IT人材白書2018」情報処理推進機構より)という悪循環に陥っています。そして、IT人材不足の流れはこのまま加速していく推計が出ています(「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」経済産業省より)。

需給がひっ迫しているIT人材を柔軟に調達できる仕組みとしてSESという業態があります。

ここではSES契約に基づくリソース提供を主業務として行う企業の売却・買収について考慮すべき点について見ていきます。

 

SESのM&A

SESで取り扱うのはSE(システムエンジニア)のエンジニアリング能力です。他の一般的商取引と同様に、SESで提供している労働力にも単価というものが存在します。SESの単価はSEの持つスキル(扱えるプログラミング言語や、チームリーダー、マネージャーレベルでは問題解決能力を持つ領域の広さ)により顧客との契約の中で決定します。

SES契約ではSEの単価と労働提供時間を掛け合わせたものが契約金額となります。

 

時間単価と労働時間で売り上げが決定する点は人材派遣と同様ですが、人材派遣での指揮命令は派遣先の企業が行うのに対して、SES契約では派遣されるSEに対する指揮命令は受託側の企業が行う点が大きく異なります。この点の区別があいまいなまま実運用されているケースも見受けられますが、労働関係法令順守に対する社会の目が厳しさを増していることから指揮命令系統の取り扱いには注意が求められます。

指揮命令系統がサービス提供側にある、という点はソフトウェアの受託開発企業と同じです。受託開発においてもエンジニアは顧客企業に常駐して作業することも多く、ここも区分が難しいと思われるところですが、受託開発では対価が完成したソフトウェアに対して支払われます。それに対して、SESでは提供した労働時間に対して対価が発生し、業務に専念している限りはソフトウェアの完成などの成果に関して責任を負うことがない、という点が異なります。

SESの特殊性は取り扱っているのがモノではなく、労働力であるという点です。SESのM&Aについては他の業種と異なる事情・注意点がありますので以下で詳しく検討します。

 

SESのM&Aを行う理由は?

SESのM&Aは近年活発に行われています。M&Aに至る理由はさまざまですが、ここでは売却側、買収側それぞれの視点でのM&Aの理由を見ていきます。

 

売却側からみる理由

売却側視点でのM&A検討の理由は、事業を売却する理由は引退を考えているものの適当な後継者が身内で見当たらないので第三者への売却を考える場合や、これまで事業を育ててきた成果を現金として手にしたい場合、経営者が他業種に乗り出すために現事業から手を引こうとする場合などが考えられます。

後継者難の場合、単に廃業するのでは従業員を解雇することになりますし、サービスを提供していた取引先にも迷惑が掛かってしまいますが、売却により事業を存続させることでこれらの問題を回避できます

 

また、SES特有の事情としては現在のIT業界が人材不足の状態であることから、SES自体が売り手市場にあることで、経営者が売却に積極的になっているということがあります。中小規模事業者においては、IT業界に多く見られる多重下請け構造を解消していく流れや、オフショア開発の定着による競争激化で利益率が減少していく中での業界再編の動きもSESのM&Aが活況である理由です。

 

買収側の理由

まず、SEそのものを欲している場合です。現在SESを行っている企業がスケールメリットを得るために、他事業者を吸収し合併を行うケースでは、多様なスキルのSEを揃えることで、顧客の要望に応える幅も広がると考えられる他、間接部門のコスト削減効果を得ることもできます。

また、SESではなく、SE不足に悩むSIerや製造業がSESを買収することでSEの一括採用を行うことがあります。

 

SESのM&Aを行うタイミングは?

IT業界は現在大きな再編の流れの中にあり、M&Aは大変活発に行われています。特に中小事業者については、活発に売買の行われている現在が売却側主導で好条件を引き出しやすい状態です。再編が進んでいけば案件が大型化、複雑化していくことで、売買の力関係も変化してくると考えられますので、現在がまさにベストタイミングと言えます。以下ではSES特有の事情を交えつつ、M&Aプロセス全体について見ていきます。

 

意思決定、準備

M&Aのプロセスは時間がかかるものであり、売却を考えている場合は早くから準備をしておかなければ、良好なタイミングをつかむのが難しくなります。

事業を売却しようとする場合、現事業について「磨き上げ」を行うことが好条件での売却につながります。磨き上げの対象にしたい指標はいろいろありますが、例えば売り上げなどはそう簡単に上がるものではありません。

 

SESのM&Aで注意したい点として、売却のタイミングでの人材の流出があります。IT人材が不足している現在はSEの流動性が高いため、注意深く売買を行わなければ、人材流出につながりやすいのです。SESはSEやSEとの関係が企業価値の大部分を占めているため、企業価値を高めるには、SEの定着率を上げる努力を必要とします。中小事業者では目に見えやすい好条件を提示して力技で人材流出を食い止めるような手法は取りづらいものの、職人気質のSE(質が高く、単価も高い傾向にある)のロイヤリティを高めることは可能です。やみくもに売り上げ増を目指している企業と、営業職とエンジニアの風通しが良く、エンジニアのモチベーションを高く保てるような案件が多い企業でのSEの定着率の違いは明らかでしょう。準備に時間をかけられればこういった部分の磨き上げを行うことも可能です。

 

仲介業者への相談

特に中小事業者のM&Aでは、一連の流れを仲介業者のアドバイスを受けて進めるのが無難です。売却先とのマッチングでは売却の話を同業者にあちこち声をかけて探すわけには行きませんし、売却提示額の決定に必要な企業価値の算定にも専門家の力が必要です。

売却の過程で秘密が漏れてしまうと、売却先が見つかりにくくなり、条件に悪影響を及ぼすにとどまらず、現在の企業価値にまで影響を与えてしまう可能性があるので、仲介業者も信頼できる業者を選ぶ必要があります。

 

売却提示額の決定

M&Aでの売買額の決定は大変難しいもので、東芝ほどの大企業でも買収先の財務状況を見誤ったために、経営に大きな影響を受けてしまうということがありました。売却側が先に希望売却額を提示することもありますし、買収側から額を提示するところから交渉をスタートすることもあります。

企業価値の算定には現在の企業の資産額を積み上げる方法や、類似企業の市場での売買価格を参考に決定する方法などがありますが、いずれも専門家の力を必要とする複雑なものです。

 

SESの売買では在籍しているSEの数や質が企業価値に大きく影響します。SES契約でいうSEの質は契約時点での質に他なりませんが、SES事業の売買ではSEの質は売買時点だけでなく、将来の伸びしろまで考慮に入れる必要があります。同じスキルを持つSEであれば、より若いSEのほうが高く評価されるということです。

 

買収側から見れば売買後にSEが大量離職するような事態になると、買収の意味がありません。SEに対して働きやすい環境を用意できているかどうか、SEを育てる環境ができているかどうかといった企業の「風土」が、価格に影響するわけです。

 

SEの単価は売りやすい汎用的なスキルというものが存在します。広く通用する、顧客を確保しやすいスキルを持つエンジニアの割合が高いほど売り上げは安定する傾向にありますので、売却側にとっては売りやすく、買収側にとっては安心できる材料につながるため、評価額も高くなります。

 

デューデリジェンス

M&Aで売却側にとって最も厳しく、買収側にとっては最も慎重を要するフェーズがデューデリジェンス(買収監査)です。売買の対象となる企業に法務上、財務上の問題点がないかについて、法務・会計の専門家の目で調査します。買収側にとってはここで簿外債務などの見落としがあると買収後の企業業績に大きな影響を与え、場合によっては企業の存続まで危うくすることさえあるので、徹底的な調査が行われます。

SESで見られがちな問題として、労務提供が実態として偽装請負(偽装派遣)に陥っている契約が続いているケースです。これも法務デューデリジェンスでNGになってしまいますので、契約形態はしっかりクリーンなものにしておかなければなりません。

 

デューデリジェンスは売却側から見ると、現事業を減点法で採点されるような形になるため愉快なものではありませんし、買収側としては買収の成否を左右する作業ですから非常に緊張感を伴います。しかし、デューデリジェンスがあいまいな形で行われた場合、売買後のトラブルにもつながりますので、正しく厳密に行う必要があるのです。

 

SESのM&Aを実施するのは誰か?

SESのM&Aといっても、買収する側はSESの企業と限りません。SESがスケールメリット拡大のために他のSES事業を買収するケースは確かに多く見られます。しかし、それだけではなく、ITサービスのユーザー企業がSES契約で労務提供を受ける形から、エンジニアリングリソースを自社で持つ形に変更しようとする場合にサービスの提供を受けていた企業をそのまま買収することもありえます。

また、ソフトウェアの受託開発を行っている企業が、多重下請け構造を解消することで余分なマージンの削減を狙ったり、自社に欠けている技術に強いSES事業の買収で開発能力の強化を図ったりすることがあります。

 

SESのM&Aの相談先は?

SESの売却や買収を考える場合、多くは仲介業者に相談することになります。ここまで見てきたように、SESの企業価値の算定にはSES管理下にあるSEのスキルや将来性を正しく見積もる必要があります。そのためSESのM&Aを仲介するには、その見極めを正しく行うスキルが求められます。

また、一部SESの運用が派遣業との棲み分けがグレーである現状では、売買時の法務・労務デューデリジェンスをクリアするためにサービス契約を精査し、実態を調査する必要もあります。

このようにSESのM&Aでは他の業種のM&Aとは異なる独特なノウハウが必要とされる部分もありますので、SESについて発生しがちな問題点まで含めてよく把握しているコンサルタントの助言が必要です。仲介業者選定の際はIT業界のM&A実績を多く積んでいる業者を選ぶべきでしょう。

 

まとめ

人手不足が切迫感を増す中で、IT業界の再編は活況を呈しています。ユーザーにとって利用しやすい形での労務提供を行うSESの需要も増していくと考えられ、SES企業の売買についても盛んにおこなわれると思われます。売却側、買収側、ユーザーともに利益を得られるM&Aを目指していきましょう。

SESのM&Aを実施する前に考えておきたいこと
需給がひっ迫しているIT人材を柔軟に調達できる仕組みとしてSESという業態があります。
ここではSES契約に基づくリソース提供を主業務として行う企業の売却・買収について考慮すべき点について見ていきます
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2018年12月15日
事業売却の事例から読み解く潮流《SES業界》
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