2019年6月28日 金曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《中小企業》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

中小企業のM&Aや事業売却の動きが加速しています。M&Aや事業売却は、後継者問題、人手不足、生産性の向上などの課題を解決する切り札であると言えるでしょう。具体的な売却事例を読み解くことで、中小企業の世界における事業売却や業界再編の潮流を読み解いてみましょう。

 

中小企業における事業売却の動き


事業売却の事例をご紹介する前に、事業売却や業界再編の全般的な動きをご紹介しましょう。

 

事業売却とは

現在増加している中小企業の事業売却は、中小企業の世界で生じている、事業の再編と統合の一環です。事業の再編と統合は、M&A(Merger and Acquisition 合併と買収)と呼ばれます

そこで事業売却をM&Aの中で位置づけます。M&Aは合併・分割と買収に分かれます。買収はさらに株式譲渡と事業譲渡に分かれます。事業売却は買収を売り手の立場からみた言葉です。事業売却をより狭く事業譲渡の意味で使うこともあります。株式売却は株式を売却することで経営権を移譲する形態です。事業譲渡は、事業の一部または全部に値段をつけて売却する形態です。

 

中小企業は減少している

現在中小企業の世界に非常に大きな再編の波が訪れています。日本の企業数は、1999年以降減少傾向にあります。2014年から2016年までの2年間で企業数は23万社減りましたが、これを企業規模別にみると、大企業は微増、中規模企業3万社減、小規模企業20万社減でした。1999年から2016年までに中規模企業は2割、小規模企業は3割減っています。

中小企業は設備投資を行う余裕がない、規模の経済が効かないなどの理由により生産性が上がらず、給与や安定性の面で大企業に劣ります。人口減少の中、人手不足の問題が深刻になり、高齢化した経営者が後継者を見つけられずに廃業や事業売却を選択しています。

 

中小企業のM&A件数は増加している

企業全体に対するM&A件数は、2006年ころにピークを迎えた後一度減少しましたが、2010年ころから再び増加して、2018年には2006年のピークを大きく上回りました。2006年ころは大企業の業界再編にともないM&Aが増加しましたが、2010年以後のM&Aの増加は、中小企業の世界における業界再編に伴うものと考えられます。

高齢化した中小企業の経営者が引退するときに後継者が見つからず、M&Aを通じて第三者に事業を売却しています

 

最近の中小企業の事業売却事例

最近の中小企業の売却事例をご紹介します。ここでご紹介するのは、中小企業の社長が高齢になり、事業を引き継ぐために、M&A仲介会社などを活用することで、第三者に事業を売却した事例です。

このようなケースでは、できるだけすべての事業を引継ぎ、従業員の雇用も継続したいものですが、事業の引き継ぎ先を探す時間が十分にないと、一部のみの引継ぎになりがちです。

これらの事例からも、事業を引継ぎ、売却するときには、数年前から準備を始めたほうがより満足のいく成果を得やすいことがわかります。

 

福井県の老舗和菓子店の事例

福井県のA社は、1917年に創業した和菓子の老舗企業です。規模は大きくないものの、A社が製造する和菓子の中には福井県を代表する銘菓として知られているものがあります。

A社の3代目の社長は、1983年に同社の従業員から社長に就任しました。以後伝統を守ることを目標として努力を続けた結果、近年になり経営が安定してきました。しかし社長が60代半ばとなり、体力の限界を感じるようになったので、事業承継を考えるようになりました。

社長の子供たちは県外で働いていて、従業員にも引き受け手がいなかったので、県の商工会議所に相談に行ったところ、県の事業引継ぎ支援センターを紹介されました。同センターと相談する中で、従業員の雇用の維持などの条件を満たした引き継ぎ先を探せることが分かりました。

引き継ぎ支援センターの周知活動の結果、相談開始後2ヶ月程経過したころに、地域の金融機関から事業拡大を検討しているB社を紹介されました。B社は障害者就労継続支援事業を行っており、利用者に袋詰めやアイロンがけなどの軽作業を行っていましたが、能力が高い利用者もいたので、仕事内容の多様化を求めていました。和菓子製造はそうした目的に適合し、やりがいもあるので引継ぎを希望しました。

A社の社長は異業種ということで不安もありましたが、B社の社長との相談や事業見学などを経て事業譲渡を決断します。事業引継ぎ支援センター、商工会議所、金融機関のサポートにより、相談開始から10ヶ月で事業の全部譲渡が成立しました。もとの従業員5名は継続雇用され、若手の利用者4名が加わり活気が増しました。これまで手がつかなかった新商品の開発や仕事の効率化に取り組めるようになりました。

 

新潟県の自動車販売会社の事例

新潟県のA社は、自動車の販売と整備を行う会社です。板金や塗装技術に強みがあり、地域に根付いて事業を行ってきました。

A社の社長は65歳になったころから事業承継の準備を始めます。経営者仲間から事業承継には時間がかかると言われたので、早めに準備にとりかかりました。事業承継の動機としては簡単に廃業して従業員や顧客に迷惑をかけたくなかったことがあります。最初に息子や従業員への引継ぎを検討しましたが、相手が望まなかったので、M&Aによる事業譲渡を模索します。取引先の同業や銀行、損保会社に相談しました。

事業を譲り受けたB社の社長は父が経営する自動車販売会社に勤務した後、同業種で個人事業として開業しました。その後事業拡大を検討する中で、M&A仲介業者と連携する税理士と知り合い、事業拡大の意図を伝えました。

B社の社長はいくつかの伝手を経由してA社を知り、A社が長年に渡って築いた顧客基盤、自動車整備のノウハウ、自動車販売用のショールームに魅力を感じ、A社社長と交渉を開始しました。

事業譲渡を進めるためには価格の算定、条件の調整、売買契約など専門性が高い作業が必要となりますが、その点は知り合った税理士のサポートを受けました。譲渡成立後、B社社長はA社の従業員と良好な関係を築くことに注力しつつ、これまでの事業スタイルを継承・発展させることに努めています。

 

神奈川県のIT会社の事例

神奈川県のA社は、1954年に創業したIT企業です。A社の事業内容は、計測機器、通信機器などのハードウェアの受託開発、製造、販売と、組み込みソフトウェアなどのソフトウェアの受託開発、販売です。

A社社長は70歳を超えて事業承継を検討しました。親族や従業員の中からは後継者が見つからなかったので、M&A仲介会社を利用します。また、事業承継を円滑に進める準備として、借入金の完済、不要在庫の削減などを実施しました。

譲受け企業B社の社長は、事業の幅を広げることと、有能なICT技術者を確保することを狙いとして、M&Aによる事業の引継ぎを検討していました。その結果M&A仲介会社からA社を紹介されます。

B社は、A社がB社にないハードウェアの設計・製造のノウハウを持っていることや、大手メーカーの要求水準を満たすICT技術者がいることを評価してM&Aを決断します。A社はB社の企業グループに入りました。

A社の事前準備や、A社社長が引継ぎ後1年間指導役を引き受けたことにより、事業承継は円滑に行われました。企業グループに入ったことでさまざまなシナジー効果が出ています。単独で営業していた時には、従業員が少ないために受注を見送ることもありましたが、グループから従業員の補充や業務支援を受けられるようになりました。B社もA社が持つマイコンなどの専門性により、これまで対応できなかった仕事を受注できるようになりました。

 

東京都の酒造会社の事例

東京都の酒造会社A社は、2018年に廃業を決めました。しかし地元で愛されてきた140年間続く清酒ブランドについて存続を望む声が大きかったので、A社の社長は、遠縁の親戚関係にあった酒造会社B社の社長に声をかけます。B社は埼玉県に本拠を置き、清酒の製造、販売を行う1808年創業の老舗であり、全国各地に拠点を持ち、7つのグループを有する企業グループです。商品ラインナップを広げられるというメリットがあったため、B社はブランドの引継ぎに応じました。

廃業が決まっていたため、すべての事業を引き継ぐことは困難でした。B社はA社の経営資源を個別に引き継ぎます。在庫の原酒はB社のブレンド商品に配合し、醸造設備の中から規格の合うものを引き継ぎます。ブランドの日本酒については5アイテムを引継ぎ、従業員については元の職場の近くにあるグループ会社で2名採用しました。

伝統あるブランドを残すことができ、地域の居酒屋との関係も保たれました。ブランド酒のスーパー向け2Lパックの製造を開始して全国に展開しています。

 

神奈川県の鉄鋼販売会社の事例

神奈川県の小規模な鉄鋼販売会社A社は、社長が70歳を超えたものの後継者が見つからなかったのでは廃業することにしました。単純に廃業するのではなく、大手メーカーや販売先との関係を引き継ぎたいと考え、取引先のB社に打診しました。A社は従業員の引継ぎも望んでいました。B社は千葉県に本社があり、東日本6都県と愛知県に事業所を持つ建設機械、産業機械、工作機械などに使われる特殊鋼の加工・卸売を行う専門商社です。

B社は販売先と従業員3名、設備と原材料などを引き継ぎました。土地と建物は、所有者と賃貸契約を結びなおしB社の神奈川支店としました。両社の企業文化に相違があったため、業務の引継ぎに3ヶ月ほどかかりました。B社の技術力・対応力が、引き継いだ販売先に評価され取引が拡大しました。B社の顧客の工場が地理的に広がっていく中、神奈川県に事業拠点を構築できたことで、顧客サービスの改善につながりました。

A社社長は、まとまったお金が入ったこともありますが、それ以上に、従業員の雇用と、取引先との関係が継続されたことに満足して引退しました。B社は長年の取引関係により信頼関係が築かれたいたことにより、事業を円滑に引き継ぐことができた。本業に活かせる経営資源があれば、今後も引継ぎを検討したいと考えています。

 

中小企業の事業売却を実施するうえでのポイント

事業を売却することで、企業経営者には売却益が入り、従業員の雇用を継続できる可能性が高まり、取引先もダメージを回避できます。できるだけ事業売却を成功させたいものです。中小企業の事業売却を実施するうえでのポイントをご紹介します。

 

事業売却の目的を明確化する

なぜ事業を売却するのか、その目的を明確化しましょう

多くの中小企業経営者は、自分が高齢になったときに、事業の引き継ぎ先を探すのですが、身内や従業員中からは引き継ぎ先が見つからない場合も多いです。そのような場合、従業員の継続雇用や、取引先との関係の継続が事業売却の目的になることが多くなります。目的を明確化することで、作業の方向性が定まり、売却交渉を行うときに発生するさまざまな判断に一貫性が生まれます。

 

売却する事業を決定する

事業売却には、すべての事業を売却する全部売却と、事業の一部を売却する一部売却があります。事業全体としての継続性に問題が生じたときに、コア事業に専念するために、一部売却を選択することがあります。思い入れによってコア事業を定める場合もありますが、通常こうした判断のためには事業の将来性に対する高度な分析が求められます

 

売却する事業の事業価値を高める

事業の全部を売却するにせよ、一部を売却するにせよ、売却を成立させるためには、対象事業が市場で評価されなければなりません。売却する事業の強みを理解して、その価値をさらに高め、売却しにくくなるような弱みを解消していくことが望まれます。

他社がまねのできない技術力があったり、商品がブランドとして広く受け入れられていたり、多数の優良顧客との間で信頼関係を築いていたりすれば、事業を売却するときにも大きな強みとなります。

スキルの高い従業員がいれば、従業員の雇用を継続する条件で事業の売却先を探しても、候補を探す妨げになるどころかむしろアピールポイントになるでしょう。一方で注意しなければならないのは、事業価値がもっぱら社長にあるような場合です。そのような場合、時間をかけて社長のスキルを従業員に引き継ぐ必要があるでしょう。

 

余裕があるうちに売却の準備を始める

事例を見ても分かるように、売却には時間がかかります。急に売却しようとする場合、事業のごく一部しか売却できない、満足できる売却益を得られない、といった結果になりがちです。時間をかけたほうがより満足の得られる売却になります。

 

まとめ

以上、事業売却の事例から、現在中小企業の世界で活発化している業界再編の動きを読み解いて見ました。早めに事業承継に取り組み、売却の準備にとりかかることで、より良い結果が得られます。M&A仲介業者や、地域の相談機関を活用することで、より広い範囲から売却先を選ぶことができます。

事業売却の事例から読み解く潮流《中小企業》
中小企業のM&Aや事業売却の動きが加速しています。M&Aや事業売却は、後継者問題、人手不足、生産性の向上などの課題を解決する切り札であると言えるでしょう。本稿では、具体的な売却事例を読み解くことで、中小企業の世界における事業売却や業界再編の潮流を読み解いてみましょう。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年6月28日
事業譲渡の事例から読み解く潮流《中小企業》
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