2018年12月3日 月曜日

事業承継の事例から読み解く潮流《飲食業界》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

競争が激しく、開業から3年で70%以上が廃業してしまうと言われる飲食業界。

動きの激しい飲食業界にあっては、経営されている方が「事業の成長に伴い現在の店を手放したい」「店の継続への意欲、健康などに問題を感じ引退したい」といった思いを抱えることも時おりあるでしょう。

経営者、開業を考えている方にとって飲食店の「居抜き(造作)譲渡」という言葉はおなじみかと思いますが、事業承継については考えてごらんになったことはありますでしょうか。

店舗を構成する賃借権利と厨房などの設備までの譲渡である造作譲渡と異なり、のれん(メニュー、味、ノウハウなど)や従業員も含めて譲渡するのが事業承継です。

店を手放すことを考える際にただ閉店してしまうのではなく、事業承継を行うことでのれんや従業員の雇用を守ることができ、店を長年愛してくれた顧客も通いなれた店を失わないですむのです。

ここでは事例を交えつつ、実際に事業承継を行う場合のポイントをご紹介します。

 

飲食業界における事業承継の動き

人材難下での事業承継

ここ数年で事業承継に見られる動きのなかで最大のキーワードは人材難です。

飲食業界全体で人手不足については切実な声があがっていますが、事業承継においても大きな影響を与えています。

子供の多い時代であれば、経営者が引退することになっても子のうちの誰かが後継者となってくれるケースが多かったのですが、なかなかそれも望めなくなってきました。

経営者が子の意思を尊重する潮流が強まったことや、時代が不透明感を増す中で子世代が経営に乗り出すリスクを取りたがらないといったことが理由です。

一人っ子が店を継ぎたくないとなった途端に後継者問題は深刻化します。

親族全体に範囲を広げても後継者を探すのはなかなか大変です。

同様に従業員の中から後継者を選ぶのも難しくなってきています。

店を承継する人物は店ののれんを守ったうえで経営の資質を持っている必要がありますが、人が少ない中で従業員に多くの資質を求めにくい状況になっているためです。

中小企業庁の「経営者のための事業承継マニュアル」によると、2012年時点で経営者の平均引退年齢は中規模事業者で68歳、小規模事業者で70歳となっています。

また、帝国データバンク社が発行する「後継者問題に対する企業の実態調査」によると、飲食店を含むサービス業の後継者の不在率は71.3%となっているようです。

事業承継の数も増加傾向にあります。飲食店に限った統計ではありませんが、東京都事業引継ぎ支援センターでは、事業承継の成約件数が24年度の3件から27年度には32件と増加しています。

今後数年で多くの飲食店経営者が平均引退年齢を迎える中で、店を継続させるための事業承継が増える流れは続いていくものと考えられます。

人材難の状況下では事業承継をできるだけ円滑に進めるために早めに準備を進める必要があります。

 

ビジネススピードへの対応

社会全体でビジネスがスピードアップしてきています。

この環境下で既存店からの独立や異業種から参入を考える場合に一から店を立ち上げる物件譲渡ではなく、従業員、既存売り上げ、店の雰囲気、仕入先といったものをそのまま引き継ぐことのできる事業譲渡による事業承継に注目が集まっています。

特に小規模の飲食店では顧客が店よりむしろ経営者(店主)につく傾向が強いことから、経営者が変わる事業承継は難しい点もあります。

しかし、承継を成功させれば元の経営者から見れば従業員の雇用やのれんを守ることもでき、承継者から見ればスタートからある程度の売り上げを確保できるというメリットがあります。

内装やメニュー検討の段階をスキップして元の経営者の築いたリソースをそのまま利用することで素早く経営を軌道に乗せた上で、その後に新しい特色を出していくという選択を取れるのが事業譲渡による事業承継です。

 

最近の飲食業界の事業承継事例

ここでは中小飲食店の事業承継事例として静岡県三島市の韓国料理店の例をご紹介します。

 

時期:2015年10月

 

韓国料理店「ムクゲ」では元の経営者が店を存続させたいという強い希望をもって三島商工会議所に事業承継の相談をしていました。

承継者は飲食店で働きながら料理を学んでおり、自分の店を持ちたいという希望を持ち商工会議所の主宰するセミナーなどに参加するなど創業の準備を進めていました。

このことから三島商工会議所主導でマッチングが行われ事業承継について合意しました。

承継のための引継ぎ期間は1か月半、旧店と新店の営業ブランクはわずか5日です。

常連客による一定の売り上げや、従業員もそのまま引き継ぐことができ、スピーディーで順調な事業立ち上げとなりました。

承継者も新規店開店でなく事業承継を選択したことの一番のメリットとして店のオープンにかかる期間の短さをあげています。

店の運営が順調に回るようになってからは新メニューを追加するなど、承継者が自分のカラーを徐々に出すことができるようになりました。

 

このケースでは元の経営者の店存続への強い思いと、承継者が雰囲気・味・サービスを徹底的に引き継ぐ姿勢を守った努力もあって承継が成功しています。

 

飲食店の事業承継を実施するうえでのポイント

紹介した事例も踏まえて、実際に事業承継を行うにあたってのポイントを見ていきましょう。

 

準備は早くから

事業承継を成功させるには準備をどれだけ丁寧に行ってもやりすぎということはありません。

準備期間はたっぷり必要です。

事業承継を行いたい理由が経営者の健康問題や、経営状態が思わしくないといったことである場合は十分な時間がとれないことも考えられます。

承継の決断あるいは準備はできるだけ余力のあるうちに行いたいところです。

早くから事業承継の準備を進めていれば、経済状況や周囲の環境変化にあわせて承継に適したタイミングを選ぶこともできます。

 

後継者の選定と伝達

現在の労働人口不足の環境下で店の経営状態は大変良いにもかかわらず、後継者がいないために閉店に追い込まれる店も多く出てしまっています。

閉店ではなく、あえて事業承継を選択するからには最も重要なのは承継後の事業の継続性です。

そのためには後継者の経営者としての資質もよく見極める必要があります。

飲食店である以上、調理やサービスの技術が重要なのはいうまでもありませんが、店が続くためには最低限の経営者としての資質も必須です。

後継者候補と話をする中で、数字への感覚、スピード感、店をつづける意欲があいまいな場合は注意が必要です。

現在では贅沢な悩みになりつつありますが、後継者候補が複数いる場合は、選定人物を明確にしておかなければなりません。

経営を引き継ぐ人物とそれを支えることになる人物についてはっきりと役割を伝えておく必要があります。

選定の際には明確な選定基準をそれぞれの候補者に示しておくことが後継者争いの防止につながります。

現経営者の突然の退任(死亡リスクなど)に備えて、後継の選定は早めに、明確にしておくことをお勧めします。

後継者との承継についての話し合いではきちんと譲渡の意思を伝える必要があります。

経営者側が「継がせるつもりでいた」が、後継者候補本人は話半分に聞いている状態では準備は進みません。

お互いの合意をしっかりとりましょう。

また、承継をしてもらう上で絶対に譲れない引継ぎ条件も明確にしておく必要があります。

 

後継者の教育

後継者が決まり次第教育を開始します。

新店でなく事業承継の場合はまず現在の店が持つ資産(のれん、顧客)を確実に引き継ぐことが成功の助けになります。

後継の教育においては「以心伝心」「阿吽の呼吸」「仕事は見て盗め」はNGです。

経営者の店に対する思いや顧客に向かい合う姿勢、そしてもちろん調理のノウハウからサービスの肝に至るまで、可能な限り言語化して後継者に伝えます。

明文化できればさらに望ましいです。

調理、サービス、仕入れ、会計、クレームの対応などの店の実務に関しては説明するだけでなく、一通り経験してもらうことが大切です。

事例にもありましたが引継ぎ期間に現経営者と後継者が同時に店に入って業務を行っていくことが有効です。

後継者の顔を顧客につなぐこともでき、事業承継後も既存顧客が安心して通ってくれることにつながります。

後継者は事業承継後に経営者となりますが、教育期間中にもある程度責任のある立場にいるのがよいでしょう。

現在の経営状態についてもきちんと引き継ぐべきです。

経営が変わるので帳簿を引き継ぐわけではありませんが、過去数年分の売り上げ、利益、客単価、仕入れ、季節や曜日による変動などの数値が引き継げれば後継者が店を続ける上での目安になり大きな力になります。

承継について金銭のやり取りが生じる場合の算定根拠の一つにもなりますので、数値の整理は必ず行ってください。

のれんと並んで店の最大の資産と言えるのが従業員です。

事業承継に伴って従業員が辞めてしまうことのないような気配りが必要になってきます。

現経営者が普段から従業員たちが今の店に対して感じている思いや、在職することのメリットをくみ上げておくことができれば、それを後継者に伝えることで後継者と従業員の間の関係構築をスムーズにする助けになります。

また、承継が確定した段階で従業員自身にも説明し理解を求めておくことが必要です。

 

デューデリジェンスの実施

事業を承継する側はデューデリジェンスを十分に実施することが大切です。

デューデリジェンスとは事業承継やM&Aにおいて、いわば承継される事業の身上調査です。

譲り受けることになる店舗や造作などの資産に属するものに目が行きがちですが、事業承継の場合は買掛金、設備のローン、リース契約といった負債や未回収の売掛金の回収の手間や従業員との雇用契約まで引き継ぐことになります。

このため現事業にどういった問題があるのかをしっかり調べておくことが求められるのです。

元の経営者にとってもこれらを明らかにしておくことが、後々のトラブル防止に役立ちます。

デューデリジェンスは細かい点までのチェックが必要ですので基本的には会計士や事業承継のコンサルタントといった専門家に依頼すべきアクションです。

 

確実な承継に向けて

第三者承継の場合はもちろん、親族間での承継であっても譲渡契約書は正しく整える必要があります。

承継事項に抜けが生じないようにし、トラブルを防止するために契約書の作成は弁護士に依頼するのが基本です。

事業承継に金銭のやり取りが生じなくとも、金銭以外の資産の移動が生じるケースがほぼ全てですので、資産移動が贈与とみなされ贈与税が発生します。

また、金銭を伴っての承継では金銭を得る側の所得となり、所得税が発生します。

こういった点も複雑なので税理士に相談するのがよいでしょう。

一般の店での事業承継の届けは元経営者、承継者それぞれが廃業届、開業届を出すだけで完了する場合もありますが、飲食店の場合は各種許認可という課題が存在します。

許認可が引き継ぎ可能かどうかは、承継事業が個人事業として行われているか、法人形態なのか、個人間の場合は相続なのか否かなどで異なり大変複雑です。

原則的には「許認可の売買はできない」と考えるとわかりやすくなります。

接客の形態や営業時間帯によっては風俗営業許可も必要ですが、風俗営業法の許認可基準は大変厳しく、違反した場合のペナルティーも大きいため専門家へ相談するのが無難です。

 

身内での承継が難しい場合はM&Aも検討を

後継が決まらず身内への事業承継が難しい場合はM&Aも考慮に値します。

M&Aというとグローバルな投資ファンドが企業を次々と飲み込んでいく、というようなイメージもあるかもしれませんが、非常に小規模な事業の売買でもM&Aと言えます。

小規模な事業の売買においては時おりニュースで話題になるような「敵対的買収」は成立しません。

株式が非公開であるためです。

身内での承継が無理だからと最初からM&Aの選択肢を排除して廃業に向かうのではなく、育ててきた店への思いまで受け止めてくれる譲り受け先を探して、互いが十分に納得した上での事業譲渡も検討されてはいかがでしょうか。

M&Aの事例が増えるに従い、仲介事業者も出てきています。

こういった事業者では法的な譲渡契約や資産移動の支援、許認可のアドバイスまでワンストップで提供しているところもありますので、相談してみるのもよいでしょう。

 

まとめ

後継者問題が悩ましい飲食店の事業承継ですが、承継にあたって考慮しなければならない事柄について見てきました。

のれんの維持を第一に考えるのなら、後継者選択の幅を狭めることなく広い視野での検討をおすすめします。

事業譲渡の形も様々なバリエーションがありますので、こちらも専門家に相談するなど幅広く検討することが成功につながります。

事業承継の事例から読み解く潮流《飲食業界》
競争が激しく、開業から3年で70%以上が廃業してしまうと言われる飲食業界。
動きの激しい飲食業界にあっては、経営されている方が「事業の成長に伴い現在の店を手放したい」「店の継続への意欲、健康などに問題を感じ引退したい」といった思いを抱えることも時おりあるでしょう。
経営者、開業を考えている方にとって飲食店の「居抜き(造作)譲渡」という言葉はおなじみかと思いますが、事業承継については考えてごらんになったことはありますでしょうか。
店舗を構成する賃借権利と厨房などの設備までの譲渡である造作譲渡と異なり、のれん(メニュー、味、ノウハウなど)や従業員も含めて譲渡するのが事業承継です。
店を手放すことを考える際にただ閉店してしまうのではなく、事業承継を行うことでのれんや従業員の雇用を守ることができ、店を長年愛してくれた顧客も通いなれた店を失わないですむのです。
ここでは事例を交えつつ、実際に事業承継を行う場合のポイントをご紹介します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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