2019年1月28日 月曜日

事業譲渡の事例から読み解く潮流《不動産管理会社》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

不動産管理業界は、2012年以降の低金利政策によるインフレを期待する動きと、2020年の東京五輪に向けた動きもあり、市場規模は42兆円を超えて拡大しています。業者の新規参入も多い業界ですが、少子高齢化と単身世帯の増加によって顧客の獲得競争が激化しており、少数の大手企業による寡占市場となっています。価格競争によって採算が取れなくなる中小企業も増加傾向にあり、不動産業界全体でM&Aが活発となっています。
本稿では事業譲渡の事例を基に、不動産管理業界の流れを読み解いていきます。

 

不動産管理会社業界における事業譲渡の動き


事業譲渡は、譲渡側企業が事業内容の一部または全部を売却する手法です。債務を切り離して譲渡する、不採算事業のみを売却するなど譲渡内容を柔軟に設定できる事が特徴となっています。
経営権を維持しながら事業を整理できるので、特定事業へ専念したい場合に向いており、中小企業が非中核事業を切り離す際に多く用いる手法です。管理体制に問題が生じている企業でも実行しやすい事から、不動産管理業界において事業譲渡は多く用いられています。

不動産管理会社は契約の恒久性から安定したビジネスでしたが、2001年に不動産管理規約の変更が行われてからは業者間の競争が増加しています。大手企業を中心に他社の管理物件を自社へ乗り換えさせる営業が行われ、契約先を取られる事で収入が減り、充分な管理サービスを提供できないというマイナスの循環に陥る中小企業が少なくないです。
2012年から実施されている低金利政策によって、中小企業でも資金の調達が行いやすくなり、小規模な企業がグループ化して地域におけるシェアを伸ばしているパターンも近年増加傾向にあります。

2020年以降は総世帯数の減少に伴って市場規模の縮小が進むという予測が強く、不動産管理業界では業界再編が進んでいます。業界内の最大手企業でも業界内シェアは1割未満であり、業者数の増加によるシェアの分散が全体的な経営難を招いています。大手企業へのシェア集中は今後さらに進むと見られており、事業譲渡、株式譲渡を用いて大手企業の傘下に入る中小企業が増加しています。

株式譲渡は譲受側企業が株式を取得する事で会社の所有権を移行する方式で、M&Aの中では手続きが簡単な事から頻繁に用いられる手法です。交渉によって取り決めた部分については従業員の雇用や取引先との関係を自動で引き継げるメリットがあります。しかし、譲渡側企業の経営リスクを請け負う可能性もあるので譲受側企業にとってはリスクの高い方法です。デューデリジェンスの過程で簿外債務や取引先との問題が発覚して事業譲渡に切り替えるパターンも存在します。

 

最近の不動産管理会社業界の事業譲渡事例


■イタンジがアセンシャスから「お部屋探しサービスNomad.」事業を譲受
2015年8月1日、インターネット不動産サービス「ヘヤジンプライム」の運営を行うイタンジ株式会社が、株式会社アセンシャスが運営する「お部屋探しサービスNomad.」事業を譲受しました。この事業譲渡によって双方の保有数を足した85000人の会員基盤、月間会員登録数6000人を見込むとされています。業界内No.1のシェア獲得とさらなるサービス改善を図っていくとしています。なお、サービスの統合は同年10月2日に実行されています。

■ビジネス・ワンホールディングスがビーエムジャパンから賃貸管理事業の一部を譲受
ビジネス・ワンホールディングス株式会社が福岡県にある子会社の株式会社ビジネス・ワン賃貸管理を通じて、福岡県で不動産事業を行う株式会社ピーエムジャパンの賃貸管理事業の一部を2014年3月20日に譲受しました。
譲受した賃貸管理戸数は1,743戸であり、譲受価額は18000千円となっています。この事業譲渡によってビジネス・ワンホールディングスの管理戸数は2,600戸を上回り、経営基盤の拡大が実現されています。

■ハイアス・アンド・カンパニーがアンビエントホールディングスからリフォーム事業などを譲受
ハイアス・アンド・カンパニー株式会社が、香川県で住宅および店舗等の設計・施工・リフォーム事業を行うアンビエントホールディングス及びハウス・イン・ハウスからR+house 事業、アーキテクチャル・デザイナーズ・マーケット事業、及びハウス・イン・ハウス事業の譲受を2018年1月19日の取締役会において同年2月1日に実行する事を決議しました。この事業譲受によって同社が推進していた事業の垂直統合がさらに加速し、グループシナジーが進むとされています。

 

不動産管理会社の事業譲渡を実施するうえでのポイント


事業譲渡を行う際に譲渡側企業が準備する事は多いですが、最初に自社の管理物件と従業員の状況をまとめる必要があります。譲受側企業にとって譲渡側企業の管理物件を得られる事と、宅地建物取引士や不動産鑑定士などの専門資格を持った人員を得られることは大きなメリットです。管理物件の状況には件数や入居率、収支などが含まれます。他社のリプレイス営業を避ける目的で管理費を大幅に安くしている場合、物件の獲得目的で相場を超す賃料を保証して赤字になっている場合は管理状況が悪いと見なされます。
入居率が低い物件に対して賃料の値下げや解約を提案・実施しているかどうかもポイントとなります。事業譲渡によって赤字物件が多く残ると、譲渡側企業のメリットが大きく薄れるので、交渉先を探し始める前に適切な経営管理を行っておくと交渉がスムーズに運びやすくなります。

事業内容が一致している場合、未開拓地域への進出は買収側の企業にとってプラス要素です。新規事業の提供を目的とする場合、対応する資格を持った社員と既存の取引先を獲得できる事は買収側にとって新規採用と教育、新規営業の時間とコストを省略できるメリットがあります。この場合は不採算事業でも将来的な収益を見込んで売却できるケースがあるので、自社の強みと事業状況は正確に纏めておくと手続きがスムーズに運びやすくなります。
自社の状況を基に譲渡する事業領域を検討し、目的に応じて自社に残す従業員を決定します。事業譲渡は他の方式に対して税額が高くなりやすく、最適なプラン設定には専門の仲介業者の協力が必要です。

譲渡によって経営者が引退する場合は、入居率の高さや立地の良さなど事業価値を高くするポイントを多く見出す事に加え、経営理念の承継や従業員の引継にも時間が掛かります。
企業規模や引継ぐ契約の数に左右されますが、事業譲渡には半年から1年程度の期間を要します。成立には取締役会の合意が必要となるほか、特定のケースにおいては株主総会の決議も必要となります。中小企業においては経営者が株式を保有している事が多く、株主の招集と決議が容易であることから事業譲渡が多く用いられます。
株主総会の決議において、事業譲渡に反対の株主は株式買取請求権を行使できます。しかし、全事業の譲渡と解散の決議を同時に行った場合は買取請求権の行使は出来なくなります。

事業譲渡で買い手となる企業は、未開拓地域への進出か事業領域の拡大を目的としている場合が殆どです。新規事業を提供できる場合、譲受側企業にとって新たな事業ノウハウと取引先を最初から確保できるのはメリットなので、不採算事業であっても需要が一致すれば成立しやすくなります
事業内容が同じ場合は管理件数の増加によるスケールメリットの強化が見込めるほか、事業地域の増加による宣伝広告の効率化を見込めます。

従業員を引き継ぐ場合は譲受側企業との経営理念の差も考慮する必要があります。事業内容的にシナジーが見込まれても、双方の意見が合わなければ想定した結果を得られない可能性が高くなります。また、事業譲渡では従業員との雇用や取引先との契約が自動で引き継がれない点にも注意が必要です。引継は譲渡後の企業で個別に行う必要があるので企業規模が大きいほど手続きが煩雑になりますが、中小企業においては少ないデメリットで実行することが可能です。逆に大企業においては株式譲渡や会社分割などが多く用いられます。

事業譲渡は債権や債務を切り離して譲渡する事も可能で、その場合は債権者への説明と同意の手続きが不要になります。双方の企業が債務を払う場合も手続きは省略できますが、企業同士の個別同意が必要になります。譲受側企業に全ての債務を引き継ぐ場合は債権者への支払いリスクが生じるので、債権者に対する通知と個人同意による承諾が必要となります。債権を移行する場合は自動では引き継がれないので、譲受側企業が引き継ぎたい取引先と個別に契約手続きを行う必要があります。

譲渡側企業は譲受側企業との間に特約がない場合、譲渡が成立した日から20年間は同一市町村および隣接市町村において同一の事業を行ってはならない競業避止義務があります。
特約を設ける場合は、期間を30年超に設定する事は出来ないです。理由としては譲渡側企業の営業する自由を過度に制限しないようにする目的があります。また、特約については市町村など地域の制限規定は無いです。

実行時の売却額に対して法人税と消費税が発生する事には注意が必要です。事業譲渡は株式譲渡や会社分割など他のM&A手法と比べて税負担が大きくなりやすいので、課税対象の把握や対応策の実施が重要となります。
法人税は売却益に掛かる税金であり、税率は資本金と年間所得によって変動します。法人税の税率は資本金1億円以下で年間所得800万円以下の場合15%、年間所得800万円超の場合は23.4%、資本金1億円超の場合は年間所得に関わらず23.4%です。
ただし、平成30年4月1日以降に開始した中小企業は最大23.2%となります。これに住民税、事業税、地方法人税を加算した30%程度を実効税率と呼称します。1億円に対して3000万円掛かるので、譲渡の際は法人税を考慮したうえで利益が出るかを想定しておく必要があります。

 

譲渡内容に課税資産が含まれている場合、譲受側企業は取得費用と別に課税資産に現行の消費税率を乗算した金額を譲渡側企業に払う必要があります。譲渡側企業は消費税申告時に受け取った額を国税庁に納める事で手続きが完了します。特に不動産事業は、もととなる取引額が大きくなりやすく、譲受側企業は消費税を考慮して事業計画を構築する必要があります。
課税資産の定義は、土地以外の有形固定資産、無形固定資産、棚卸資産、営業権が該当します。棚卸資産は売却目的で保有している資産の事であり、不動産業においては分譲目的の物件が主に相当します。
営業権は事業譲渡による増収の見込み額を評価した無形要素であり、公的な規定はありませんが多くの業界で採用されています。相場は営業キャッシュフローの3~5年分であり、何年分とするかは譲渡側企業の業績および将来性などから決定されます。
営業権は見込みで加算されるので、実際の資産評価額と簿価の差額が生じます。譲受側企業は営業権を毎年償却する事で節税できるメリットがあります。課税資産と非課税資産の法律上の定義は、消費税法第四条、消費税法第六条および別表第一で確認可能です。

 

まとめ

不動産管理業界は大手企業による寡占化が進んでおり、中小企業にとって厳しい状況が続いています。草創期の経営者が高齢化してきた事で後継者問題にも直面しており、対応策としてM&Aに注目が集まっています。
特に事業譲渡は事業のマイナス面を切り離して譲渡できるので、実行のハードルが低いメリットがあります。譲受側企業にとっても想定外の債務を防げるので決断がしやすく、シェアの拡大や経営基盤の安定を図って事業譲渡の買い手となるケースが存在しています。事業譲受によって管理件数が拡大し、業界大手となった事例もある事から大手へのシェア集中を伴った業界再編が進んでいると分析できます。また、複数事業の展開を行う中で不動産管理業も行っている会社であれば、不動産管理業を手放すことで他の事業に集中できるというメリットもあります。
事業譲渡は契約内容を自由に決定できることがメリットですが、具体的な内容の協議や手続きが複雑で時間が掛かりやすいデメリットがあります。企業規模が大きいほど、比例して手続きは複雑になるので、事業譲渡は中小企業が事業の一部を切り離したい場合により適した方法です。

 

事業譲渡の事例から読み解く潮流《不動産管理会社》
不動産管理業界は、2012年以降の低金利政策によるインフレを期待する動きと、2020年の東京五輪に向けた動きもあり、市場規模は42兆円を超えて拡大しています。業者の新規参入も多い業界ですが、少子高齢化と単身世帯の増加によって顧客の獲得競争が激化しており、少数の大手企業による寡占市場となっています。価格競争によって採算が取れなくなる中小企業も増加傾向にあり、不動産業界全体でM&Aが活発となっています。
本稿では事業譲渡の事例を基に、不動産管理業界の流れを読み解いていきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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