2019年7月29日 月曜日

事業譲渡の事例から読み解く潮流《製造業(メーカー)》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

日本はかつて「ものづくり大国」として、世界中に名が知られていました。熟練した職人や最先端の技術を上手く取り入れるスキル、繊細な作業にも真摯に取り組む姿勢が大きく関わっています。

現在、日本のものづくり産業は衰退しています。その原因は、低コストを可能にする新興国への進出、国内の労働人口の減少などがあったからです。

そんな中、後継者に経営をバトンタッチして、リタイアしようとする経営者もいますが、人手不足で後継者が見つからないこともあります。そのような場合、以前は廃業しようと考える経営者も多くいました。しかし、廃業するのではなく、「事業譲渡」をするという選択肢が、昨今注目を集めています。事業譲渡は、事業の集中と選択ができる、資金援助を受けられるなど、たくさんのメリットと可能性を秘めています。

この記事では、事例と絡めて、製造業の事業譲渡について解説していきます。

 

製造業(メーカー)における事業譲渡の動き

製造業はどのように発展し、現在はどのようなトレンドがあるのでしょうか。ここでは、製造業の現状と動向、製造業界が持つ課題をご紹介します。

 

製造業の現状と動向

戦後日本の製造業では、「高度成長期」に金属・機械部門を中心に大きな生産能力を持っており、90年代初頭までは「Japan as No1」などと称賛されていました。

しかし、日本経済を主導してきた金属・機械部門の製造業は、今日では中国を中心とする東アジア諸国が担う傾向にあります。これは、日本で確立されたノウハウを、人件費が低い中国を中心とした東アジアに任せて量産しようという動きによって、技術力のついた東南アジア各国が、独自の企画力でメーカーとして頭角を表してきたことが主な原因です。

また、現在は日本を含め世界的にモノ余りの時代になっています。モノそのものを提供するのではなく、付加価値を付けた新たなサービスとしての商品提供が必要になってきていますが、日本はそうした企画力や構想力が弱いという特徴があります。iPhoneに体現されるような、ハードウェアとソフトウェア組み合わせのような、新たなビジネスモデルの創出が期待されています。

 

製造業界が持つ課題

現在、製造業界がもつ課題は一体どのようなものでしょうか。ここでは主に「労働力不足」と「事業再編による、他業種の製造業界参入」という2つの課題を見ていくことにしましょう。

 

【労働力の不足】

日本は少子高齢化が進み、慢性的に人材不足が続いています。これは何も製造業に限った話ではありません。

当然、製造業に就く労働者も年々減りつつあります。さらに、製造業に抱くイメージは「きつい・汚い・危険」といういわゆる「3K」であり、そのようなイメージを抱かれている中小の製造業は人採用にも苦心しています。

 

また、足りない人数の対策として、機械化や自動化を進める企業も少なくありません。そのため、求められる人材にも変化が起き、自動化した機械の操作および、メンテナンスができる技術を持った人材が必要になってきています。しかし、そのような技術者も製造業を希望することは少なく、二重の意味で人手不足が深刻化しています。

 

【事業再編による、他業種の製造業界参入】

2018年5月16日に国会にて「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」が成立しました。経済産業省が日本経済の軌道と安定などを図るために法律を改正したものです。自社の株を使用して「株式対価M&A」の実施が容易になりました。これにより、買い手企業によって短期間で他業種への参入が可能となり、M&Aが頻繁に行われるようになりました。この結果、製造業を中核事業としてきた企業は、市場での立ち位置を失い始めています。

 

これらの課題の解決策となり得るのが、事業譲渡という手段です。事業譲渡を含むM&Aの件数は近年増えてきており、2018年度、日本国内で行われた事業譲渡を含むM&Aは金額・件数ともに過去最多を記録しました。2012年から数えると7年連続で増加していることになります。

 

最近の製造業(メーカー)の事業譲渡事例

製造業の現状や課題について理解が深まったところで、製造業の事業譲渡の例を3つご紹介します。それぞれ見ていくことにしましょう。

 

横浜テープ工業株式会社と株式会社三景

横浜テープ工業株式会社が株式会社三景へ事業譲渡した事例を紹介します。

 

▼事業譲渡の内容

2013年2月、「横浜テープ工業株式会社」が、世界にネットワークがある「伊藤忠グループ」と資本提携を結びました。同業種、同形態である「株式会社三景」への事業譲渡による相乗効果を期待して事業譲渡しました。

 

<譲渡側の会社情報>

横浜テープ工業株式会社

 

横浜テープ株式会社は、主に値札や選択ラベルなどの衣料用副資材の製造と販売を行っている会社です。1961年に、日本で始めてプリントシールの生産を始めたことで注目を浴びました。現在、日本と海外合わせて7か所でアパレル関係のモノづくりを行っています。

 

<受譲渡側の会社情報>

株式会社三景

 

1955年に創業された、服飾資材全般の生産と販売を行っている会社です。高い技術力やノウハウで国内トップメーカーに上り詰め、サービスと品質向上に力を入れています。現在は、伊藤忠商事の子会社として、アパレルや服飾資材の分野で海外展開を図っています。

 

<譲渡に至った経緯>

ファッションやアパレル業界では、国内だけでなく、アジア諸国を中心に、世界中で競争が激しくなっています。横浜テープ工業の会社規模を考えると、将来的に現状ではこの業界には生き残れないと判断し、事業譲渡という方法を利用することにしました。さらには、後継者不足や経営者の健康問題も抱えていたため、2011年頃から事業譲渡の検討、準備を進めていました。

 

<事業譲渡後の様子>

事業譲渡を行った横浜テープ工業は、4ヶ月かけて業務の引き継ぎをしてきました。また、働いている従業員も生き生きとしています。さらに、生産拠点を海外へ展開したことにより、販売先を広げることができました。また、ラベルなどの服飾副資材生産は海外では行っていなかったため、三景との事業譲渡により、製造から販売までの仕事を一貫してサービス提供可能になりました。

 

シャープと鴻海精密工業グループ

2016年に日本の大企業であるシャープが台湾の鴻海精密工業グループに事業譲渡を行いました。その内容をご紹介します。

 

▼事業譲渡の内容

創業100年を誇るシャープですが、近年はテレビ事業の業績不振があり赤字が続いた状況もあって、台湾の鴻海精密工業グループに事業譲渡されました。この事業譲渡の事例は、国内電機メーカー大手が外国(台湾)企業に事業譲渡されたという意味でも、大きく世に知られました。

 

<譲渡側の会社情報>

言わずと知れた、国内大手製造会社です。テレビを始めとした家電や、電子応用機器全般やスマートホームなど幅広い事業を展開しています。創業100年を超える、長い歴史を誇る会社です。

 

<受譲渡側の会社情報>

鴻海精密工業グループは、1974年に創設した電子機器などの受託製造で世界最大手の会社です。取引先は、誰もが知っている「米アップル」や「ソニー」、「ソフトバンク」などです。特許も全世界で3万件以上取得しています。従業員数は100万人越えとなっています。

 

<譲渡に至った経緯>

創業100年を超えるシャープでしたが、最近はテレビ事業の業績不振などもあり、赤字が続いていました。世界最大手の鴻海精密工業グループに譲渡されたことは、シャープにとっても経営再建できるチャンスという利益がある取引となりました。

 

<事業譲渡後の様子>

鴻海精密工業グループより合3888億円の出資が行われ、シャープは経営再建をすることになりました。鴻海精密工業グループの傘下のもと、経営再建を進め、業績はみごとに回復。現在では、東証一部再上場も果たしています。

 

シャープと東芝クライアントソリューション

鴻海精密工業グループの傘下となった、シャープに東芝の連結子会社である東芝クライアントソリューションが事業譲渡しました。

 

▼事業譲渡の内容

東芝は経営再建中で、事業の選択と集中をしていました。その中で、パソコン事業も事業譲渡しようという動きになりました。

 

<譲渡側の会社情報>

東芝クライアントソリューションは東芝の連結子会社でした。パソコン事業を手掛ける会社です。「ダイナブック」を作っている会社と言えばイメージしやすいのではないでしょうか。東芝はノートパソコンの先駆け会社として世界的な地位を取得していました。

 

<受譲渡側の会社情報>

鴻海精密工業グループの傘下のもと、経営再建を進めているシャープは、みごとにV字回復し、再度PC事業への参入機会をうかがっていました。

 

<事業譲渡後の様子>

事業譲渡後も「ダイナブック」は受け継がれ、「Dynabook」という社名に使用されました。一度撤退したパソコン事業を撤退したシャープですが、東芝のパソコン事業を通じて久しぶりにパソコン業界に参入し、今後の動きに注目が集まっています。

 

製造業(メーカー)の事業譲渡を実施するうえでのポイント

製造業が事業譲渡を実施する上で注意すべき点について、さまざまな側面から考えていきましょう。

 

技術力

企業が持つ独自の技術やノウハウ、その技術を持つ従業員は会社の大事な資産であり、事業譲渡に際しては大きなポイントとなります。加えて、製造業ではどの業種でも人材不足に悩んでいる現在、高い技術を持った従業員は買い手企業にとっても魅力ある存在です。

 

技術力を重視する会社に事業譲渡を検討しようと考えた場合、従業員のスキルをデータベース化しておくと良いでしょう。これまでの実績や、どのような分野を得意とするのかを入力しておきます。このような資料があれば、買い手側に対して、分かりやすく技術力をアピールすることが可能です。例え、売り手側に負債があったとしても、技術力に将来性を見出せれば、買いたいと手を挙げる企業が出てくる可能性が多いにあります。

 

取引先

製造業には業務フロー上、仕入先、下請け業者、卸売業者、小売業者、消費者など多くの取引先があるものです。事業譲渡を実施するにあたり、売り手側の取引先の存在も、買い手側からしてみると重要なチェックポイントとなります。

 

規模が小さい個人企業であっても、長年取引先と良好な関係を結んでいたり、取引先の数が多数あったりすれば、事業譲渡に際してもプラスの要因となります。

 

また、仕入先との長年のつながりがから、原材料や部品などを他社より安く仕入れられるという点もポイントが高くなります。同業者同士の事業譲渡ならば、大量仕入れに伴う仕入コストや調達コストの削減といったメリットを双方が享受できるため、コスト削減に役立ちます。

 

人材と同様、取引先のデータベースも分かりやすくリスト化しておくことをおすすめします。取引先の企業規模、自社との取引内容、取引年数、取引件数、取引額、仕切り価格などの項目を作成すると良いでしょう。

 

他分野への応用可能性

異業種からの新規参入を検討している大手企業のM&Aにおいて、中小企業の技術力が他分野に応用可能かどうか、そしてそのような構想を持っているかどうかも評価の対象となります。

 

製品を高い精度で製造する事に加え、購入する顧客のニーズをとらえ、どのような付加価値を付ければ新たな市場で売れるのか、自社でビジョンを持って企画ができれば大きなアピールポイントとなります。

 

まとめ

日本では少子化が進んでいるうえ、製造業へのネガティブなイメージから、人材不足が続いています。

 

そんな中、事業譲渡をうまく利用することで、経営を再建し、後継者不足を解消することが可能です。以前はM&Aという言葉が「乗っ取り」などの悪いイメージを持たれていましたが、現在ではそのようなイメージも払拭され、むしろ事業が拡大できたり、従業員の雇用を守れたりと、良いイメージが先行しつつあります。

廃業してしまえば当然収入はありませんが、事業譲渡した場合、譲渡益を得ることができ、その利益によって、新規事業や注力事業に再投資することができます。中小製造業の経営者は苦境に立たされていますが、れを機に、事業譲渡という選択肢を考えてみてはいかがでしょうか。

事業譲渡の事例から読み解く潮流《製造業(メーカー)》
事業譲渡は、事業の集中と選択ができる、資金援助を受けられるなど、たくさんのメリットと可能性を秘めています。本稿では、事例と絡めて、製造業の事業譲渡について解説していきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年7月29日
事業承継の事例から読み解く潮流《製造業(メーカー)》
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