2019年3月4日 月曜日

M&A戦略で経営をアップデートする

Written by 太田 諭哉

エグジットの手法としてのIPOとM&A

 ここ15年ほどで、外食産業企業のIPO(=新規上場)は珍しくなくなりました。当社でも、異業種でのIPOサポートの経験から、将来の事業拡大が具体的に見えている業態であるものの、資金が圧倒的に不足している、というお客様にはIPOのご提案します。ただし、IPOは市場からの資金調達ですから、経営ビジョン、企業の社会性に自覚が必要です。同時に、準備と実行に膨大な時間とコストがかかることを理解していだく必要があります。

 エグジット(=出口戦略)の手法として華やかに語られることが多いIPOですが、上場後は株主の厳しい目のもとで経営を続ける、ということも忘れてはいけません。経営者がIPOを経営のゴール、あるいはある種のステイタスのように捉えている状態では、かなりハードルが高い手法といえます。

 一方、M&Aは、主にIT業界で積極的に行われてきました。外食産業では、企業が不採算事業を売却する事業譲渡や大手への吸収合併のように、ネガディブな局面で使用されるワード、というマイナスのイメージが先行。資金調達の手段という意味ではIPOと同じはずなのですが、個人や家族経営が多い飲食業界では、なかなか理解が進みませんでした。

 しかし、ここ数年で状況は一変。外食産業においても事業拡大のため「売り手」と「買い手」がタッグを組む経営戦略として積極的に実行され始めています。そして、実現までの計画が立てやすく、創業者の利益をしっかり確保できるエグジット手法としての認知が広がり、飲食専門誌で何度も特集が組まれるほど注目が集まっています。大手企業の力を借りて経営課題を解決し、経営者が次のステージの『新しい夢』を目指していく、というこの流れはこれからの外食経営で常識になっていくと思います。



店舗の成長に伴い乖離する経営者の『心』と『身体』

 起業から10年も経てば、創業経営者の事業意欲にも濃淡が出てきます。店舗や事業の拡大一辺倒だった意識が「新業態やメニューの開発に注力したい」「店舗を支えてくれる人材の育成に興味が移ってきた」「現場を離れて本格的に企業として成長させていきたい」「家族とのと時間をしっかりとれる勤務状況をつくりたい」「膨らんできた借り入れの連帯保証が個人のキャパを超えてきた」などなど、さまざまな方向に向かっていきます。

 外食産業、とりわけ個人経営の飲食店において、創業経営者は、調理人やプロデューサーであるのはもちろん、経理・人事・広報とスーパーヒーローさながらの役割が求められます。経営する店舗数が増え、事業が拡大する段階を迎えると、その負担はさらに増し、店舗の仕事もそこそこに商業施設やデベロッパー、銀行などのステークホルダーとの打ち合わせに追われる日々…。そして、ふとした瞬間、創業の頃に思い描いていた社長像や自分の『夢』は、こんな感じだったっけ? という疑問が頭をよぎるようになります。

 会社の成長に伴って、経営者個人のやりたいことと、会社の方向性や目標にギャップを感じるのは、飲食店経営に限ったことではありません。この現状への疑問は、成長期にある会社の経営者に共通して訪れる『次のステージへの通過儀礼』のような悩みで、私はこの状況を『心と身体が離れたとき』という表現でお客様に説明しています。そして、このタイミングこそ、エグジットを考えるのに最適の時期だと考えています。

 エグジット。つまり、経営者が創業から投下した資金の回収を考える、というのは、自身がリスクをとって多店舗経営を進めている成長局面ではなかなか想像しにくいでしょう。しかし、『心と身体が離れたとき』をきっかけに、自身の状況や会社の経営課題を客観的に認識して、その状況をどう解消(整理といった方がしっくりくるかもしれません)していくかを立ち止まって考えてみることは、いい機会だと思います。

成長期に訪れる会社と個人とのギャップ

M&A戦略で大手企業の管理機能や経営ノウハウを獲得

 M&Aを選択して経営課題を解決するとはどういうことなのか、上に挙げた経営者の悩みを例に考えてみます。

 会社の管理や財務といった業務と現場の仕事を平行してこなしていくことが、個人のキャパを超えている、と感じている経営者は、管理機能が整った大手企業に会社を譲渡することで、会社の経営から離れ、「飲食のプロ」として現場の仕事や新しい業態の開発に注力できるようになります。また、海外進出したいと考えているが、なかなか計画が進まない、という会社は海外事業を積極的に行っている大手企業の傘下に加わることで、大手企業の海外拠点や進出ノウハウが活用できるようになるのはもちろん、現地の法律の調査や契約、雇用などの実務のサポートも受けることができるようになります。

 経営課題の改善に加えて、経営者個人も、多くの創業経営者が負っている借入の連帯保証を解除できること、株式の売却益としてまとまった現金を手にすることができる、などメリットは大きいです。同時に、従業員も大手企業の社員となりますから、休暇取得をはじめとする労働環境が改善し、社会的地位も向上して、住宅ローンなどの与信力が高まります。人手不足に悩む飲食業界おいて、この従業員の待遇改善は小さくない効果です。

 とはいえ、M&Aの決断に二の足を踏んでいる経営者が多いのも現実です。当社もたくさんご相談をいただきますが、「事業を成長させたい」という明確な目的があるとはいえ、大切に育んできた会社の株を譲渡する、という選択に最後まで抵抗を感じる方はいらっしゃいます。

 飲食店の創業者は、0から1を創ること(味や業態の開発)に長けたクリエイタータイプの方が多いですから、自身が築いた味やブランドにこだわりやプライドを持たれるのは当然です。しかし、事業の拡大期には1を100にも1000にもする別の能力が求められます。M&Aは、この2つの能力を効率的に得られるのはもちろん、実はブランドを守るためにも有効な手法なのです。

経営者の希望とM&Aコンサルティングの仕事

 当社がお客様とM&A戦略を考えるとき、まずは、具体的な期限と譲渡の条件や「◯億で譲渡したい」という希望を明確にしていきます。計画の段階で設定するゴールがぼんやりしていると、我々も実効力のある施作が考えられないからです。

 M&Aのコンサルティング業務は、マッチングする相手(買い手)を見つけることが主な仕事と思われがちです。しかし、実はそうではなく、「売り手目線」の立場から、お客様の希望を実現することこそが使命です。ですから、お客様の業態にポテンシャルを感じている場合は、ご希望のタイミングをずらしてでも、売却時の評価を極限までUPさせる方針をご提案しますし、その時点での事業評価が希望にとどいていないと判断した場合には、希望に達するため、「買い手」の評価ポイントに絞って事業を磨いていく施作をスタートさせます。

 M&Aのマッチングを急ぐことは、「売り手」にとってあまりメリットがありません。むしろ、性急に進めてしまうと「買い手」から条件の譲歩を迫られる可能性があります。その意味でも、時期や条件、進め方、そして何より、何を目的にM&Aを選択するのかをしっかり設定しておくことが大切です。

 明確なゴールを設定し、経営者がエグジットを意識されることで、その会社の事業計画は前年の実績を踏襲して作成していた『積み上げ式の計画』から、「○年後にいくらでエグジットしたいから利益はこれだけ必要」といった明確な目標値からの逆算の計画に自然と変化していきます。この『積み上げ式の事業計画』から『逆算の事業計画』へのアップデートが会社経営を一段階上のステージへと成長させます。

買い手は、何を評価して買収額を決めるのか

 先の項で、M&Aを考えるとき、目標値としてどれぐらいの金額で売却したいか、という譲渡希望額を設定することが重要だと説明しました。それでは「売り手」の希望に対し「買い手」は何を評価し、どのように買収額を決めるのでしょうか。

 「買い手」も成長戦略としてM&Aを活用するわけですから、当然、順調に利益の出ている優良な業態や企業をバイアウトしたいと考えています。そして、買収のメリットに対して投下資金をどのぐらいの期間で回収できるかを試算して、M&Aを決定します。その際「売り手」選びの指標となるのは、利益と成長性のバランス。M&Aは、1店舗で10億の利益が出るような店が対象のように考えがちですが、実は、利益の出る店を確実に増やしていけるか、という成長性の方が評価される場合が多いです。つまり、店舗利益 x 店舗数にその業態の成長性(伸びしろ)を加味して「売り手」を評価するわけです。

 買収額は償却前利益の5倍が相場なので、例えば、計画通り(またはそれ以上のスピードで)出店できている店舗のトータルの営業利益が4億円の会社は、20億円の評価を得られる可能性があります。経営する店が利益率の高い業態であれば、さらに評価はプラスされますし、簡単に真似のできない業態や圧倒的なブランド力で他社の参入障壁を高められている場合もプラスアルファの評価を得られます。一方で利益率が高く、参入障壁の高い業態であっても、オペレーションが独特で、店舗をスピーディーに展開することが困難な業態の場合は思った評価を得られないこともあります。

 専門的な目利きでも評価の振り幅が大きく、同業にしか本質的な価値が伝わりにくいIT業界などに比べ、店舗利益 x 店舗数というシンプルな計算で客観的な評価ができる外食産業は「買い手」にとって魅力的に映っています。世界的にブームとなっているラーメンが、海外の市場を狙っていける業態として「買い手」の注目を集めているのは、M&Aのプロの目から見ても納得できる傾向です。

買い手が評価するポイント

「売るための業態を作る」最新のM&A手法

 現在、外食産業では、中小の店舗が大手企業の経営力やノウハウを欲して動き、大企業やファンドが優れた業態や優秀なプロデューサーを積極的に発掘しようと動いています。厳しい市況を背景に「売り手」と「買い手」がともにM&A戦略を積極的に活用しようと模索し、その動きは、ますます加速しているのです。

 実は、他業種のM&Aはさらに進んでいて、例えば、IT業界では、特定の大手企業に売却することを想定して、新規事業の開発や起業をする、という手法が生まれています。つまり、『売るための事業をつくる』のです。これからは、飲食業界でもこの考え方が確実に広がっていくはずです。だからといって、職人的な事業へのこだわりが必要なくなるというワケではありません。ビジネス一辺倒のお店が、広くお客様の共感を得ることはないからです。これからの飲食事業において、「売れる業態」と「欲しがられる業態」を昇華して創造できる、飲食店経営者のクリエイティブの存在感がますます大きくなるのは間違いありません。

 世界的な『日本食ブーム』に伴って、日本の『食』ビジネスも従来のドメスティックな事業の枠を遥かに超えて、スケール感を増しています。すでにインバウンド消費への対応や海外進出、フランチャイズをはじめとした業態の海外輸出を新しい成長分野として捉えている経営者も多いかもしれません。そんな感度の高い経営者の方には、ぜひ、もう少し先の未来を視野にM&Aを含めた成長戦略を考えていただきたいです。

 最近『海底撈火鍋』を展開する中国の外食産業企業が海外で上場し、その株式時価総額が1兆円になろうとしています。年間約30兆円といわれる国内の外食産業市場では、まだこの規模の事業者は現れていませんが、日本の外食産業にポテンシャルと可能性感じている企業は世界中に増え続けています。将来、日本の『食』をコンセプトにした、外食産業におけるGAFAのような企業が現れるのも夢物語ではないはずです。

 外食産業にも成長戦略としてM&Aを活用し、企業をバイアウトして成長させる大手企業が増えてきたのは先に述べたとおりです。そして、世界マーケットを目指す大手企業の成長の源となる優良な業態を生み出す経営者の中から、近い将来、何度も起業と売却を繰り返して成功する『シリアルアントレプレナー(=連続起業家)』が生まれてくると思います。外食産業の未来には、まだまだワクワクする夢があふれています。

【 外食産業のM&A事例 】

明確な目標を定めて立案したロードマップ

事例 [1] 主要業態:『つけめんTETSU』小宮 一哲社長(当時)

 株式会社YUNARIの小宮一哲社長(当時)は、2005年に『つけめんTETSU』を創業され、3号店を出店されたタイミングで相談にいらっしゃいました。その際「会社を大きくしたいので、40歳までにIPOやM&Aに耐えられる会社づくりを支援してほしい」とかなり明確なご依頼をいただいたことを覚えています。

 小宮社長は当時32歳。IPOの希望を叶えるためには、遅くとも37歳までに上場準備を完了していなければ間に合いません…。我々は、小宮社長のアツい想いに応えるべく、ご依頼から5年間、IPOに向けた組織づくりに注力してサポートしました。

 紆余曲折を経験しながらも、組織の強化は進みましたが「40歳までに」という明確な期限と計画の進捗を熟考した結果、計画の途中でIPOを断念し、M&A戦略に転換しました。断念、と書くとネガティブな選択をしたように伝わってしまうかもしれませんが、そうではありません。

 実は、小宮社長からはIPOの希望と同時に「15億円なら売却してもよい」という明確な譲渡希望額をお聞きしていました。会社の譲渡価格は償却前利益の5倍が相場となりますから、40歳という設定期限に間に合うよう、3億円の利益を確保できる事業体制を構築していくM&A戦略を立案していったのです。その後、株式会社クリエイト・レストランツ・ホールディングスさんとのM&Aが無事成約し、小宮社長は希望通りの条件で株式を譲渡することができました。

 自身のエグジットについて、具体的な目標や期限、金額を明確に設定できていることは、とても重要なことなのです。

豊富な実績を持つパートナーと新戦略を推進

『らーめん せたが屋』M&A事例

事例 [2] 主要業態:『らーめん せたが屋』前島 司社長

 『らーめん せたが屋』の前島司社長は、順調に事業が拡大していく中、困難を増す人材の確保や海外を含めたさらなる出店計画を自社の経営資源のみで行っていくことに限界を感じていらっしゃいました。とくに、海外展開の難しさは、身をもって経験されていましたから、新たな海外戦略には『実績のある大手企業のノウハウ』が必要との判断からM&A戦略を立案しました。

 成功している経営者の方は、プラスマイナスを問わず、自社の状況を客観的に分析することに長けています。そして、経営課題を解決する策として、異業種にも積極的にアンテナを向け、新しい手法へのリテラシーも高いです。自身の会社に不足している部分を大手企業の経営力で補完するという、前島社長のクレバな提携のアイデアは、当時の外食産業ではかなり斬新でした。

 株式会社吉野家ホールディンングさんをパートナーに選んだポイントは、豊富な海外展開の実績とノウハウ。この提携により、自社ブランドに大手の資金力とノウハウが加わり、前島社長は、海外事業に注力できるようになりました。さらに、連携して事業を進める中で、管理機能が強化され、社長ご本人はもちろん、従業員の就労環境が改善。結果的に人材確保の問題が解決する、といううれしい副産物もありました。

 他業種では、大手の力を上手に活用する事例が多くありますが、これから、外食産業でも目的を特化したM&A戦略を執る会社は増えてくると思います。

現場と経営を分離する新しい飲食店運営の姿

『めん徳二代目つじ田』『金子半之助』M&A事例

事例 [3] 主要業態:『めん徳二代目つじ田』辻田 雄大社長
事例 [3] 主要業態:『金子半之助』金子 真也社長

 『めん徳二代目つじ田』を国内外に精力的に出店し、濃厚豚骨魚介つけ麺のパイオニアとして、つけ麺ファンの支持を集めていた辻田雄大社長は、拡大する事業規模が自身の経営者としてのキャパシティを超えつつあると感じておられました。ちょうどその時、『つけめんTETSU』のM&A事例を知り、小宮社長のご紹介で当社に相談にいらっしゃいました。

 ご相談の時点では、売却をご提案できる財務状況ではなかったため、一年がかりで数字を整えていただき、改めてM&A戦略を立案させていただきました。それは、人気天丼専門店『金子半之助』を経営されていた金子真也社長を加え、二つの大ヒット業態をまとめて投資ファンドに譲渡するという計画です。

 実は、金子社長は辻田社長の幼なじみで、拡大する事業と現場の仕事にジレンマを感じ、エグジットを考え始めておられました。すぐに、新しいM&A戦略にのっとって、店舗別の月次収支管理の強化と、各グループが複数有していた会社すべての損益管理を実行。さらに組織再編を行って、グループ損益の管理体制を構築しました。

 世界的にブームを巻き起こしているラーメンと、和食の代名詞・天ぷらという魅力的な業態をまとめ、売上げの規模を大きくするこの売却戦略が奏を功し、総額でご希望額の120%超という好条件で投資ファンド、株式会社アドバンテッジ・パートナーズさんへ売却することができました。

 事業意欲旺盛なお二人は、ファンド運営の新会社にファウンダーとして残り、会長として新たな業態や商品開発の指揮を執りながら、さらなる事業拡大を目指しておられます。

M&A戦略で経営をアップデートする
最近、『海底撈火鍋』を展開する中国の外食産業企業が海外で上場し、その株式時価総額が1兆円になろうとしています。日本の外食産業にも成長戦略としてM&Aを活用し、企業をバイアウトして成長させる大手企業が増えてきました。年間約30兆円といわれる国内市場では、まだ1兆円規模の事業者は現れていませんが、日本の外食産業にポテンシャルを感じている企業は世界中に増え続けています。将来、日本の『食』をコンセプトにした、外食産業におけるGAFAのような企業が現れるのも夢物語ではありません。
Writer
太田 諭哉
1975年埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。主に株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。店舗や会社を成長させ、好条件で大手企業と提携するSCALE型M&Aを提唱し、飲食店を中心にM&Aによる成長支援を行う株式会社スパイラルコンサルティングを設立
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