2019年4月6日 土曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《物流会社》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

近年は日本国内全体で事業売却の実施件数が増加しています。物流業界は事業体系の再編が進んでいることもあり、大手企業だけではなく中小企業による事業売却が活発に行われています。本稿では事業売却の事例を基に物流業界の近況と今後の展望を分析します。これから事業売却を検討する経営者向けのポイントも合わせて紹介します。

 

物流会社における事業売却の動き


物流業界では2020年の東京五輪や各地での震災被害の復興による建設ニーズの増加とWeb通販の普及による宅配便業へのニーズ増加が重なり、全体的な業務量が急増しています。

一方で新規参入業者による価格競争が激化し、宅配手数料収入の減少によって事業規模は縮小を続けています。大手企業を中心に3PL事業の拡大を図る取り組みが推進されており、経営資源の集約を目的としてM&Aを実施する企業が増加しています。

 

大手企業同士のM&Aによって物流業に要求される業務水準が高度化していることに伴い、従業員の人数や物流網の規模が大幅に限られる中小企業では事業の維持に必要なコストを負担しきれないケースが増えてきています。特に運送業は従業員1人が担当できる業務量が限定されており、輸送量の増加に対応する人手の不足は物流業界全体の問題となっています。

中小企業間でも人手不足の解消や後継者問題の解決を目的とした事業売却が活発に実施されており、物流業界全体の再編が進められています。

 

最近の物流会社の事業売却事例

物流業務の高度化に伴って事業の維持に必要なコストも増大しており、物流業をアウトソーシングする企業も近年増加傾向にあります。大手企業の場合は物流事業を子会社へ分離したうえで売却するケースが一般的です。理由としては相手企業が譲受する事業内容の把握を行いやすくすることと、買収に伴う費用を抑えることが主な理由とされます。

ここでは業績の改善やコア事業への専念を目的とし、適切に効果が発揮された事例を紹介します。

 

両備ホールディングスがタカラ物流システムから水宅配事業を譲受

両備ホールディングス株式会社はタカラ物流システム株式会社から水宅配事業を譲受し、2016年3月1日から事業の運営を開始することを発表しました。同社は岡山県内において水宅配事業を運営している実績を持ち、当譲受によって同社の経営拠点と同じ中国地方で採取される希少性の高い天然水を取り扱うことで地域の発展に寄与し、事業規模の拡大に取り組んでいくとしています。

タカラ物流システムが主力事業としている宝グループ内での物流事業が好調であり、水販売事業を売却することで近年のドライバー不足をはじめとした環境の変化に対応する目的があったとされています。

 

・両備ホールディングスについて

両備ホールディングス株式会社は岡山県に主要な事業拠点を持ち、両備グループの物流事業およびレジャー関連事業を中心的に担当する企業です。同社内にグループ企業として両備トランスポートが併設されており、倉庫保管から運送、物流システムの提供までを一貫して受託することによってサプライチェーンマネジメントの提供を推進しています。

 

・タカラ物流システムについて

タカラ物流システム株式会社は宝グループの物流子会社として酒類、食品の物流事業を中心に実施している企業です。グループ会社以外の荷物の運送、倉庫保管、流通加工事業、通販事業などにも総合的に取り組んでおり、製造過程に携わる会社として経営力の強化を推進しています。

 

アシックスが物流子会社アシックス物流を丸紅ロジスティクスへ譲渡

株式会社アシックスは日本国内の物流子会社であるアシックス物流株式会社の全株式を丸紅株式会社の子会社である丸紅ロジスティクス株式会社に譲渡し、物流業務を外部委託することを2015年3月3日に発表しました。株式の譲渡は同年10月に実行され、当譲渡に伴ってアシックス物流は吸収合併され、解散しています。

アシックスが保有し、アシックス物流が使用していた物流施設は譲渡後も引き続き使用されます。東日本の基幹センターであるつくば配送センターは丸紅の関連会社が取得し、丸紅ロジスティクスが賃借したものをアシックス物流が引き続き使用します。

当案件により、物流関連資産をオフバランス化して物流コストの変動費化を実現できるとしています。

 

・丸紅ロジスティクスについて

丸紅ロジスティクス株式会社は2004年創立であり、国際物流事業を展開する丸紅物流が3PL事業を展開するロジパートナーズと経営統合することで2015年に発足した企業です。

企業運営における普遍的な3つの要素と、国際物流事業で培った独自のグローバルネットワーク、流通システム、デジタル技術等をかけ合わせることによって取引先のグローバルサプライチェーンにおける課題を総合的に解決する取り組みを推進しています。

 

キョクヨー秋津冷蔵がフリゴへ大阪事業所を譲渡

株式会社極洋の連結子会社であるキョクヨー秋津冷蔵が大阪事業所を会社分割によって子会社化し、同子会社の株式を株式会社フリゴへ譲渡することを2018年10月23日に発表しました。キョクヨー秋津冷蔵は極洋グループの物流事業を中心的に担う企業であり、ロジスティクス部門の創設や城南島事業所の開設などグループ内の物流事業の強化に努めています。

フリゴは近畿圏を中心に産地型、港湾型、都市型と多様なニーズに対応出来る倉庫を展開しており、展開地域のニーズに対応した低温物流機能を保有しています。

大阪事業所の譲渡によって両社の事業ノウハウが融合し、物流事業の強化が推進できるとしています。

 

・フリゴについて

株式会社フリゴは近畿圏における倉庫管理業および配送サービスの提供を主な事業としており、大阪府、和歌山県、東京都に6か所の物流センターを展開しています。

低温物流に強みを持ち、化学薬品、電子機器、食品などを取引先のニーズに応じて冷凍、非凍結の超低温保管、チルド、常温保管に対応した事業設備を活用した高品質な倉庫保管サービスを提供している企業です。

 

物流会社の事業売却を実施するうえでのポイント


近年は物流会社による事業売却が活発であり、譲渡側企業の意向に沿った買収希望案件も見つかりやすいと言えます。

ただし、事業売却の実施には譲受側企業の同意が不可欠です。短期間での成立を必要とする場合は書類の正確性を重視した上で素早く進めるのが得意なM&A業者を選ぶことが大事であり、売却額を重視する場合は成立時のメリットを数多く提示できることが要求されます。事業売却は複雑な作業ですが、重要なポイントを抑えたうえで進めていくことによって成約率を大幅に上げられます。

 

事業価値の向上

物流会社の事業売却では成立後の収益効果やコスト削減効果の大きさが特に重要視されます。譲渡側企業は所属する従業員の人数や年齢層、輸送車両の台数や内訳および整備状況、事業拠点の数や立地、扱っている貨物の種類などを正確にデータ化し、相手企業の状況と見比べて需要と供給が一致している買収希望案件を探し出す必要があります。

物流業界では業務量の増加に対して新規就業者数が少なく、まとまった数の従業員を引き継げるのは大きなメリットです。引継時点で業務経験を積んでいる従業員は最小限の技能講習のみで実務を行えるので、新規採用に比べて時間とコストを大幅に削減できます。

トラック運送業や宅配便業に用いる大型トラックは新規導入するコストが高く、乗用年数が長くなってくると整備コストも積み重なります。事業の拡大を図る譲受側企業にとっては引き継げる車両が多いほど良い案件であり、譲渡側企業は高い資金力を持つ相手と交渉を行える可能性が高くなります。

 

実施するタイミング

事業売却は譲渡側企業と譲受側企業の経営状況に余裕があるタイミングに合わせて実行するのが一般的ですが、物流会社の場合は取引先の経営状況も合わせて考慮する必要があるので実施タイミングの見極めが困難です。

近年は物流システムの品質が急速に向上していることに伴い、より効率的な物流サービスを保有している企業へ委託先を変更する企業が増加しています。事業売却の交渉に費やす1年程度の間に主要な取引先から契約を打ち切られる可能性も無いとは言えず、譲渡側企業の取引先が変動した場合は企業価値や今後の事業運営に大きな影響が出てきます。譲受側企業の取引先に変動があった場合は事業売却を断られるリスクが高く、ある程度交渉が進んでからのトラブル発生は双方にとって時間とコストの大幅な浪費に繋がります。

売却交渉の期間中もサービス品質の維持と向上に努める、売却前後で事業体制が大きく変動しないように調整するなど取引先の信用を維持する取り組みは必須です。成立した後の経営も考慮し、1~2年は同じ事業体制を維持できるタイミングで事業売却を実施できることが望ましいです。

 

M&A業者の選び方

物流会社の事業売却では成立時のシナジー効果が特に重要であり、最適な相手企業を探し出すには可能な限り多方面から買収希望案件をリサーチする必要があります。

特に幅広い顧客ネットワークを保有しているM&A専門業者への相談は有効な手段と言えます。変化の早い物流業界の現状に詳しく、物流会社の案件を多く保有しているほど信頼性は高い傾向にあります。

ただし、M&A専門業者への依頼は手数料が発生します。近年は完全成功報酬制であるところも多いですが、業者によっては相談料や着手金、月間報酬や基本合意時の中間報酬などが必要な場合もあります。相談料や着手金は事業売却の結果に関わらず、払った分だけ支出になります。M&A専門業者の技量は事業売却における重要なポイントですが、成立までに費やせるコストを考慮して手続きを進める必要があります。

 

税金システムの把握

物流会社のほとんどは中小企業であり、事業売却には株式譲渡を用いることが一般的です。

株式譲渡は譲渡側企業の株式を譲受側企業が買い取って経営権を取得する方法ですが、譲渡益には所得税が発生します。中小企業の場合は経営者が自社株式を保有しているケースが多く、経営者個人が譲受側企業と取引する形になるのでBtoB取引である株式譲渡と違って法人税は掛からないという特徴があります。

所得税の対象となるのは総収入金額から株式の取得費用やアドバイザリー費用など必要経費を差し引いた譲渡所得であり、税率は20.315%です。譲渡側企業の経営者個人に売却費用が全額支払われるので、事業売却をきっかけにリタイアを考えているか新事業の開始を検討している場合に適した方法です。ただし、株式譲渡によって経営者個人が獲得した金額が20万円を超えた場合は確定申告を実施する必要があります。株式の取得費用の算出は困難であるケースも多く、他の所得とは合算せずに計算する必要があるなど複雑な要素が多く、状況に応じてM&A業者に相談することを推奨します。

なお、事業譲渡を用いる場合は企業間での取引となり、取得費用は企業に対して支払われるので所得税に加えて法人税と消費税が発生します。

 

相場の把握

物流会社は従業員の雇用や輸送車両の引継ぎで売却価額が高くなりやすく、譲渡する内容に応じた相場を理解しておくことが重要になります。相場と大きく離れた金額を提示していると売却交渉を断られやすいので、相手企業へのアプローチに先がけてM&A専門業者へ相談しておくことを推奨します。

相場の算出にはDCF法、時価純資産法、類似会社比較法のいずれかが用いられることが多いですが、ここでは時価純資産法について説明します。

時価純資産法では会社の賃借対照表をもとに資産と負債を時価換算し、資産から負債を減算した金額である純資産に営業権を加えた金額を企業価値とします。

純資産法における営業権は対象企業の過去2~5年分の税引き後利益を平均化し、2~5を乗算して算出します。企業価値には含まれない無形要素を数値化したものであり、譲渡側企業にとっては企業価値に上乗せした売却金額を獲得できるメリットがあります。

ただし、過去の実績である純資産のみをベースにするので、将来性の高い事業を売却する場合には他の方式を用いた方が企業価値高くなる場合があります。

 

まとめ

近年の物流業界では業務量の増加と就業者数の減少が重なり、大手企業間でも物流業務のアウトソーシングや事業提携を実施するケースが増加しています。大手企業同士の連携に追従する形で中小企業間でも経営の改善を目的とした事業売却の実施件数が増加しており、事業所の集約による業界再編が進んでいます。今後も同様の流れが続く可能性は充分に高く、これから事業売却を検討する物流会社の経営者は状況に応じて柔軟に対応できるように準備を進めておくことが重要と言えます。

事業売却の事例から読み解く潮流《物流会社》
近年は日本国内全体で事業売却の実施件数が増加しています。物流業界は事業体系の再編が進んでいることもあり、大手企業だけではなく中小企業による事業売却が活発に行われています。本稿では事業売却の事例を基に物流業界の近況と今後の展望を分析します。これから事業売却を検討する経営者向けのポイントも合わせて紹介します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年4月6日
事業譲渡の事例から読み解く潮流《物流会社》
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