2019年6月18日 火曜日

事業譲渡の事例から読み解く潮流《IT企業》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

IT企業のビジネス機会が拡大している一方で、競争環境は益々激化しています。

技術力はあるものの、資金面の弱さからサービスの優位性を維持できない場合も増えています。事業を買うことで、素早く事業展開をしていきたいと考える企業もいます。そんな環境下で、IT企業においても、長期的な成長のための手段として事業譲渡が活用されています。M&Aの活用は、買収側企業にとっても、売却側企業にとってもwin-winな取り組みです。

買収企業にとっての事業譲渡のメリットは事業の取得だけに留まりません。恒常的な人材不足に悩まされる中、有望な人材が獲得できることもメリットです。IT技術者の人件費は高騰を続け、成長した技術者のリテンション(人材の維持)も困難になっている中、事業にかかわる技術者を獲得できることは、買い手企業の新たな成長のきっかけにつながります。

売却側の企業にとっても事業譲渡のメリットは多くあります。事業の継続的な成長を望むのであれば、買収側の企業の資本や技術者を活用することで、事業を大きく伸ばせるかもしれません。IT事業の運営に経験があり、資本力のある会社であれば、安心して経営を渡せるでしょう。事業の存続は、当然、その事業にかかわる従業員の雇用にもつながります。

選択と集中といって、獲得した売却益を次の事業に投資するなど、コア事業にリソースを集中させることもできます。

 

とはいえ、事業譲渡による選択と集中を行いたくても、何から手を付ければよいかわからない企業も多いのではないでしょうか。本稿では、IT企業の事業譲渡の事例も交えて、検討の際のポイントについて解説します。

 

IT企業における事業譲渡の動き

まずは直近のIT企業における事業譲渡の動向を整理していきましょう。

 

最新技術の獲得

最新技術を獲得することを目的としたM&Aが増えています。IT企業にとって『技術』は、競合他社と差別化を図るためのコアコンピタンスとなることが多いです。最新技術の獲得は、永遠の課題ともいえるでしょう。技術の積み上げには時間がかかります。当然、自社開発のみでは間に合わないケースもあるでしょう。

その中で、素早く技術を獲得できる手法として買収に注目が集まっています。自社が持っている技術との親和性が高い技術であれば、なおさらM&Aによる獲得の相性がいいでしょう。

最新技術には、ビッグデータ、クラウド、AI、IOTなどが挙げられます。ビッグデータは、スマートフォンやインターネットを介して獲得した膨大な情報を指します。顧客の位置情報、行動の履歴など、昨今ではあらゆるものをデータとして蓄積し、サービスの品質向上に活用するようになりました。クラウドは、インターネットを通じて、サービスを利用する技術を指します。クラウド技術によって物理的なサーバーがなくてもウェブ上のサーバーを使ってシステムを利用することができるようになりました。GmailやHotmailもSaaS(Software as a Service)と呼ばれるクラウド技術を使って展開されているサービスです。AIは、人間の脳が行っている知的生産活動をコンピューターが代替します。自動車の自動運転もAIが活用されています。IoTはあらゆる製品をインターネットでつなぐことを指します。IoTはビッグデータの活用を推進しています。

 

著作権の獲得

ソフトウェアの著作権の獲得も、事業譲渡の契機となっています。 ソフトウェアのメンテナンスやバージョンアップが困難になった企業もいます。過去のソフトウェアをお金にかえることで新規事業への投資に使うこともできます。買い手企業は素早く収益源を獲得することができます。

事業の構築には時間を要する中、いち早くソフトウェアの事業を獲得できることは企業の旨みと言えるでしょう。

 

優秀な技術者の獲得

事業そのものを獲得するだけでなく、優秀な技術者を獲得することもM&Aの目的になっています。

IT業界は常に人材不足に悩まされています。ITの技術者の育成は時間を要します。技術が差別化要素にとなるIT業界において、技術者を獲得できなければ成長は見込めません。人材が足りないために、人件費は高騰を続けています。満足のいく給与や待遇を提供できなければ、優秀な技術者も退職していまいます。

M&Aにより、事業だけでなく、その事業を取り巻くチームを獲得できれば、会社全体の技術力の向上にもつながります

 

事業の選択と集中

事業譲渡を通して、事業の選択と集中を行う企業も多くいます。複数事業を行うIT企業が伸ばしていきたいコア事業を選択し、その事業に経営リソースを集中させるケースが増えています。事業譲渡により得た売却益は他の事業への投資に使うことができます。

また、経営陣や有望な人材が使う時間も、コア事業に集中させることが可能です。不採算な事業、自社では成長させることが難しい事業があれば、事業譲渡を活用することで、事業ポートフォリオ全体の利益率が改善します。

一方で、たとえ利益のでていない事業であっても、シナジー効果を狙い、その事業を獲得したい買収候補企業は存在するかもしれません。

 

最近のIT企業の事業譲渡事例

具体的なIT企業の事業譲渡例を見ていきましょう。

 

アルムからデータセクションへの顧客行動分析AIツール「FollowUP」の事業譲渡

2018年8月、アルムは顧客行動分析AIツール「FollowUP」を、データセクションに2億5000万円で事業譲渡しました。

アルムは、著作権保護に関するソフトウェア開発を行う企業です。動画配信ソリューションの提供、動画配信プラットフォームの提供、医療関係者向けのコミュニケーションアプリの提供、介護・看護領域のアプリの提供等を行ってきました。事業譲渡を行った「FollowUP」は、高度な画像認識技術により、店舗内の入店者数、退店者数を自動カウントする店舗分析ツールです。

譲渡先のデータセクションは、AIの技術を駆使した画像解析エンジンの開発などを行う企業です。ソーシャルメディアの分析事業も展開しています。

アルムは事業の選択と集中を行った結果として、「FollowUP」との事業シナジーを持つデータセクションへ事業譲渡を決めました。データセクションはAIのソリューションにおけるプロダクトポートフォリオの拡大を実現しています。

 

ティアックオンキョーソリューションズからフリービットへの介護施設向け介護支援システム事業の譲渡

2018年5月、ティアックオンキョーソリューションズはフリービットへ介護施設向け介護支援システム事業を3憶6,300万円で譲渡しました。

ティアックオンキョーソリューションズは、システム開発事業を行う企業です。複数のシステム開発事業を進める中で介護施設用のパッケージソフトの提供も行っていました。

フリービットは、インターネット領域でインフラ、コンサルティング、ソリューション提供を行う企業です。ヘルステックの事業領域でも事業を展開しています。

ティアックオンキョーソリューションズは展開する複数の事業の中でも事業間シナジーの薄い介護施設向け介護支援システム事業を手放し、選択と集中を進めました。フリービットは、既存のヘルステック事業領域と親和性の高い事業を獲得することで、成長の加速を狙っています。

 

IT企業の事業譲渡を実施するうえでのポイント

事業譲渡を進めていくうえでのポイントを整理してみましょう。

 

事業譲渡の目的

事業譲渡の目的が明確なほど、事業譲渡は進めやすくなります

買い手企業と複雑で幅広い条件について交渉を行うため、事業譲渡の目的が曖昧では円滑に取引を進められないでしょう。

売却益を得ることに目的がある場合と従業員の雇用を守ることが目的の場合では、交渉の進め方も異なります。売却益に目的がある場合は、価格交渉は丁寧に進めたほうがいいでしょう。従業員の雇用を守ることが目的にある場合は、雇用条件の交渉については妥協せずに進めたほうがいいでしょう。

事業譲渡は準備に多くの労力を必要とします。効率的に進めるためにも、目的を明確に準備にかかるリソース配分もしっかりと行いましょう。

 

従業員のスキル

従業員のスキルは買収側が特に気にする要素です。優秀な技術者が多くいる企業は、企業価値の評価も上がりやすくなります

IT企業といっても事業内容は様々で、必要なエンジニアの数、種類も異なります。買い手企業もIT企業であれば、どんな企業でも欲しいわけではなく、買収先の事業がどの程度の技術を抱えているのかを精査しています。

魅力的な事業として評価を受けるためにも、事業譲渡の際には従業員のスキル向上には積極的に取り組むといいでしょう。

 

製品・サービスの将来性、成長性、独自性

製品・サービスの特徴についてはまとめて説明できるようにしておきましょう。

自社サービスの独自性は買い手企業への重要な訴求ポイントです。差別化にあたる要素があれば、事業価値もあがります。

一方で、どんなに優れた技術を持っていても、キャッシュを生み出さないこともあります。市場の規模、成長性、将来性などの市場性も重要なポイントです。市場性に乏しい事業を買い手企業は買いたがりません。

 

リスク要素の撤廃

顕在化している事業上のリスクはできる限り解決しておきましょう。セキュリティ管理、労務関係のトラブル、顧客とのトラブルなど、顕在化している問題は事業価値を下げかねません。課題が多すぎる場合は承継自体が難しくなることもあります。

 

事業価値の算定

事業価値の算定は最も重要な交渉プロセスです。事業価値の算定方法は複数ありますが、その中でも有名な方法の一つが、「DCF法(Discounted Cash Flow Method)」です。DCF法は、事業の現在価値とその事業が生み出す将来のキャッシュ・フローを考慮して売却価格を算出します。

事業価値の算定ができなければ、買い手企業から安い金額を提示されても、適正な評価かどうかわからず、安易に提示額を受け入れてしまうでしょう。買い手企業との価格交渉で損をしてしまわないためにも、自社でも事業価値を算定しましょう

 

専門家の選定

会計、法務、税務、労務等、幅広い分野の専門知識が事業譲渡には必要です。M&Aを買い手と売り手の両社間だけで行うのは不可能でしょう。M&Aに慣れた専門家にサポートを得て、効率的に進めるべきです

M&Aの際にかかわる専門家には、税理士・会計事務所、銀行、証券会社、弁護士事務所、ファイナンシャルプランナー、M&A仲介会社などがいます。

では、どのように専門家を選べばいいのでしょうか。複数の業者に問い合わせを行い、いい業者を選定するようにしましょう。価格ももちろん大事ですが、いいアドバイザーを見つけることで、より高い売却益を得ることができるかもしれません。なるべくM&Aの実績が豊富な仲介業者を選ぶことをおすすめします。過去の取引実績から、IT企業の事業譲渡の実績がないか、調べておきましょう

 

事業譲渡のタイミング

事業譲渡には時間と労力を有します。希望したタイミングで都合よく事業譲渡ができるとは限りません。

事業譲渡には、早くても半年~1年程度の時間を要します。譲渡スキームの検討、バリューアップ、売却交渉などの時間を考慮すれば、検討開始から売却完了までに、2~3年程度の時間を要することもあります。

現在、IT業界のM&Aは活発になっていますが、リーマンショックのような不況に陥ることも考えられます。不況が来れば、理想的な買い手企業を探すことが困難になるでしょう。そのため、できる限り事業所との準備は早めに進めておくことが望ましいのです。

 

まとめ

IT企業は堅調な成長を続けています。技術の進化に伴い、幅広い業界において、IT技術の活用が進んでいます。AI、IoT、ビッグデータ、クラウドといった先端技術は多様な業界の変革を進めていくでしょう。人工知能を活用した自動化はあらゆるモビリティに導入せれていくことでしょう。また、様々な製品がインターネットで繋がり、製品の稼働データは蓄積され、さらなる改善に役立つようになります。売上等の財務データは、すでにあらゆる企業の経営判断に使われていますが、今後はSNSの情報、顧客のGPS情報、メールでの会話など、幅広い情報を活用することが当たり前になっていくでしょう。

そんな中で、事業の再編を考えるIT企業も増えてきています。IT企業のビジネスの機会は拡大していますが、その分、競争環境は激化しているのです。長期的な成長手段として事業譲渡を活用する企業も増えていくでしょう。

事業譲渡は、買収側、売却側の双方にメリットがある手法です。事業の選択と集中に悩まれている方は、事業譲渡を検討してみてはいかがでしょうか。

事業譲渡の事例から読み解く潮流《IT企業》
IT企業において、長期的な成長のための手段として事業譲渡が活用されています。本稿では、事業譲渡によって売り手・買い手がそれぞれ得られるメリットについてまとめた上で、実際の事例をもとにしてどのような効果があったかを解説しています。また、事業譲渡を進めるにあたって重要なポイントもご紹介します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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