2019年6月17日 月曜日

事業承継の事例から読み解く潮流《IT企業》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

IT企業は堅調な成長を続けています。AI(人工知能)、IoT(Internet of Things)などの技術進化に伴い、幅広いビジネスにおいて、IT技術を駆使した変革が進んでいます。一方で、業界が成長を続ける中で、事業の再編を余儀なくされている企業も存在しています。

長期的な会社の成長を考えて、とられる手法の一つが事業承継です。

IT事業の承継の検討をしているけれど、どのようにすすめるべきか、迷われている経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで本稿では、IT企業の事業承継の事例をみていくとともに、検討する際のポイントについて解説します。

 

IT企業における事業承継の動き

IT企業の事業承継の動きは活性化しています。まずは事業承継の動きについてみていきましょう。

 

最新技術の獲得

最新技術をもつ企業に対するM&Aが拡大しています。ビッグデータ、クラウド、AI、IOTなど、幅広い技術に注目が集まっています。

ビッグデータとは、インターネットなどを通して得られる大量の情報を管理し、分析を行う技術を指します。顧客の位置情報、行動履歴、閲覧履歴、SNSでの会話など、膨大なデータを取得し、製品・サービスの向上に役立てる動きがあります。

クラウドは、インターネットを経由して、ウェブ上にあるサービスを利用する技術を指します。インターネットを通じてユーザーは、必要な時にサービスを利用します。コンピューター上にデータやシステムをダウンロードする必要はありません。有名なGmailもソフトウェアをダウンロードせずにウェブ上で使用できるクラウドメールサービスです。クラウド上のサーバーを利用できるサービスも普及しています。従来は初期投資もスペースもとっていたサーバーですが、スペースをとることなく、導入できるようになっています。

AIは、人工知能を指します。人間が行っている知的な生産活動をコンピューターが代替します。機械学習といって、システムに情報を学習させる技術が用いられています。自動車の自動運転もAIを活用した技術です。

IoTはInternet of Thingsの略で、あらゆる製品をインターネットと接続し、サービスを向上させる技術を指します。IoTの普及により、あらゆる製品の稼働情報を集めることができるようになりました。IoTによって収集したデータはビッグデータとして活用することができます。

 

技術獲得を狙いとするM&Aの増加

IT企業の大きな差別化要素として『技術』が挙げられます。IT業界は技術開発からプロダクト化するまでのスピード感が速い領域です。技術の開発競争に負け、競争力を落とす企業も存在します。最新技術を獲得するためには自社のみで開発を進めるのではなく、技術獲得を目的にM&Aを活用するケースがあります

 

技術の融合によるシナジー効果

技術の組み合わせによるシナジー効果を狙いとする企業も増えています。自社にはない技術を持つ事業と一緒になることで新たな製品・サービスの構築を目指します。ITは幅広い領域をアップデートする潜在能力を秘めています。顧客ニーズの多様化に合わせて製品・サービスの多様化も更に進んでいくでしょう。技術力を向上し、差別化に耐えるサービスを提供することは全ての企業の課題となっています。

 

多重下請構造の是正

IT企業には、製品開発をより小さい企業にアウトソースする多重下請構造が存在します。下層にいる企業ほど、利益は圧縮される構造となっています。下請け企業が低利益体質から脱却すべく、大手企業との資本業務提携に踏み切る場合があります

 

著作権の獲得

著作権とは、著作物の複製、使用などを独占する権利を指します。IT業界においてもソフトウェアの著作権の獲得を目指して事業の承継が行われるケースがあります。新規のソフトウェアから少し古いソフトウェアまでが対象となります。

古いソフトウェアのメンテナンスやバージョンアップが難しい場合に、ソフトウェアを著作権ごと、大手企業に承継させる場合があります。買い手は著作権を用いた新しい収益源を得ることができます。

 

最近のIT企業の事業承継事例

具体的な事業承継の事例をみていきましょう。

 

Labitによる「すごい時間割」の、リクルートホールディングスの完全子会社ジョブダイレクトへの事業承継

2014年4月、「すごい時間割」を運営するLabitが「すごい時間割」をリクルートホールディングスの完全子会社であるジョブダイレクトに事業承継する旨を発表しました。本件の譲渡額は非公開です。

「すごい時間割」は、スマートフォンを通して時間割を共有できる無料アプリです。多くの大学生からの支持を受け、2014年時点では累計約20万人のユーザー数を誇りました。

ジョブダイレクトは、求人サイト「ジョブダイレクト」の運営、営業サポート事業を提供する企業です。

Labit代表の鶴田氏は新卒の大学生向けのサービスを運営するリクルートグループとのシナジーを加味して、ジョブダイレクトに事業譲渡することを決定しました。鶴田氏は譲渡後も、Game8、ブクマなど、売却資金も活用しながら次々に新規事業を展開しています。2017年にはメルカリに参画しました。事業承継を活用して、新しいステージに挑戦している例といえるでしょう。

 

ブイキューブによる電子黒板と協働学習支援システムの開発・販売事業のエルモへの事業承継

2018年9月、ブイキューブがエルモに、電子黒板と協働学習支援システムの開発・販売事業を承継しました。事業の売却価格は、8億円です。

ブイキューブは、Web・テレビ会議、ビジネスチャットなどのテレワークを支援する事業を手掛けるIT企業です。エルモは、eラーニングなど教育ICT機器を販売する企業です。

ブイキューブは、電子黒板事業の発展のために、国内外で教育ICT事業を展開する基盤が必要だと考え、エルモへの譲渡を決めました。エルモは電子黒板事業を教育ICT事業の成長の柱になる事業ととらえています。

事業を発展させるために、自社よりも事業を成長させてくれる会社へ事業承継した事例といえるでしょう。

 

IT企業の事業承継を実施するうえでのポイント

事業をできるだけ良い条件で承継するためにはどのようなことが必要なのでしょうか。IT企業を事業承継する際のポイントをまとめてみましょう。

 

事業承継の目的を明確にする

具体的な交渉に入る前に事業承継の目的を明確にしておきましょう。

事業承継の目的は企業によって様々です。事業の継続を願う経営者もいれば、売却価格にこだわる経営者もいるでしょう。事業承継では買い手企業と複雑で多岐にわたる条件について交渉を行うため、事業承継の目的が不明確だと、交渉を円滑に進めることができません

売却益を得ることに重点を置くのであれば、価格交渉は丁寧に進めるべきです。事業の魅力を伝えるための資料もしっかりと用意し、デューデリジェンスを受けるまでにできる限りのバリューアップを行いましょう。

一方で、従業員の雇用を守ることが目的なのであれば、従業員の雇用条件など、労務関係の交渉に注力して進めた方がいいでしょう。売却価格にこだわりすぎて、交渉自体が破綻しないように気を付けましょう。

事業承継は準備に多くの労力が必要になります。労力も限りがある中で、何に注力すべきかを明確に進めた方が効率的です。目的の明確化は、効率的に事業承継を進めるためのリソース配分に役立ちます。

 

従業員のスキルを向上させる

よりよい買収価格を得るために従業員のスキル向上に努めましょう。従業員の技術スキルはIT企業の差別化要素です

IT企業といっても事業内容は様々で、保有している技術も様々です。買い手企業もどのような技術を保有しているか、何人の技術者を確保しているかについて、精査しています。魅力的な事業として高い評価を獲得するためにも、自社で教育制度を整えるなどして、従業員のスキル向上に積極的に取り組みましょう。

また、事業の売却をきっかけに従業員の離職が進まないように気を付けましょう。従業員のスキルが上がっても離職されては、意味がありません。

 

製品・サービスの独自性を作りこむ

他社が持たない機能を持つなど、差別化にあたる要素を磨きこみましょう。

独自性が高いほど、買収の魅力度もあがります。独自性のあるサービスは、買収側企業の既存事業とのシナジーも考えやすいでしょう。

 

製品・サービスの市場性をアピールする

自社製品・サービスの成長性、将来性についてまとめておきましょう。どんなに優れた技術を持っていても、市場の成長性、将来性に乏しい事業にいい値段はつきません。市場リスクを伴う事業を買い手企業は嫌がります。

 

リスク要因を解消する

顕在化している事業上の課題、リスクはできる限り解決しておきましょう。労務関係のトラブル、セキュリティ管理の甘さ、顧客とのトラブルなど、すでに明らかになっている問題はできる限り、解決しておくことが重要です。

リスク要因が多いと、売却価格にも悪影響を耐えます。不確実なリスクを多く抱える企業は交渉自体が破綻になる可能性もあります。

 

事業価値を算定する

自社の事業の適正価格を算定しましょう。事業価値の算定は事業承継の交渉の中でも特に重要な内容です。

事業価値の算定方法は複数ありますが、算定される事業価格は算定する人によっても結果が変わってしまいます。有名な方法に「DCF法(Discounted Cash Flow Method)」というものがあります。このDCF法は、現在の事業価値の評価とその事業が将来にわたって生み出すキャッシュを考慮して事業価値を算出します。過去に生み出したキャッシュだけを元に算出するのであれば、すでに起こっている事実なので、参照する数値は人によって変わらないでしょう。

一方で、将来生み出すキャッシュは、将来の市場の成長性や競争環境をどのように見立てるかによって変わってしまいます。そのため、事業価値の算定は人によって評価が異なるのです。

事業価値の算定を買収企業に任せてしまっては、安い金額で買いたたかれてしまうでしょう。自社でも、独立した判断基準をもって自社の事業価値を算定することで、円滑な交渉を行えるようになります。算定には高い専門性が求められるので、公認会計士やM&Aアドバイザリーなどの専門家に依頼するようにしましょう

買収側のロジックだけに合わせてしまっては、本来計上されるべき価値が過小評価される、といった事態が起こり得えます。売却価格交渉で思わぬ損をしないためにも、多様な観点から事業価値を公正に評価しましょう。

 

専門家を選定する

M&Aを買い手企業と売り手企業の両社間だけで行うのは困難です。事業承継では法務、税務、労務等、幅広い分野の専門知識が必要になります。専門性を持たない人が普段の業務を行いながら、M&Aの手続きを進めるのは現実的ではありません。売却先が適切なパートナーといえるのかなど、客観的な評価が必要になることもあるでしょう。

M&Aにかかわる専門家としては、税理士・会計事務所、銀行、証券会社、弁護士事務所、ファイナンシャルプランナー、M&A仲介会社などが挙げられます。相談先を選ぶ際には必ず最初に複数の業者に相談をするようにしましょう

M&Aのアドバイザリー業務は属人性の高い仕事です。サポートについてくれる担当者の力量によっても、結果が変わってしまいます。IT業界への知見を持った優れた専門家に依頼するようにしましょう

アドバイザリーにかかる価格ももちろん重要な要素ですが、高い売却益を得ることを考えれば、アドバイス料は必要投資と考えることもできます。なるべくIT業界のM&Aの実績が豊富なアドバイザーを選びましょう。過去の取引実績から、IT企業のM&Aの実績があるか、調べておくことをおすすめします。

 

まとめ

IT業界の成長機会は未だに幅広く存在しています。AI(人工知能)、IoT(Internet of Things)の活用事例は今後も幅広い分野で広がっていくことでしょう。インターネットを介して、製品・サービスの稼働データはクラウド上に蓄積され、さらなる品質の改善に役立っていくと思われます。売上等の財務データは、過去にもあらゆる企業で経営判断に活用されてきました。今後は顧客のSNSの情報、顧客のGPS情報、メールでの会話など、企業が活用するデータの幅も増えていくことが期待されます。

それらの技術の進化の一方で、IT業界の競争環境も激化が進みます。新たな成長の手段として事業承継を行う企業も増加していくでしょう。事業承継は、買収側、売却側の双方にメリットがある枠組みです。前向きに検討をしてみてはいかがでしょうか。

事業承継の事例から読み解く潮流《IT企業》
IT企業が長期的な成長を目的に事業承継を行う例が増えています。本稿では、そういったIT企業の事業承継の事例をまとめました。あわせて、最近の潮流についても取り上げています。IT企業の事業承継についてどのように進めるべきか迷っている経営者の方に向けて、検討する際のポイントについても詳しく解説しています。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年6月17日
IT企業の事業譲渡を検討する際のチェック項目
2019年6月17日
事業譲渡の事例から読み解く潮流《IT企業》
WEBからお問い合わせ
当社はお客様の事を最優先で考える成果報酬型エージェントです。
匿名をご希望されるお客様には、会社情報など一切公開せずにお問い合わせ頂く事が可能です。

お問い合わせ内容

氏名

電話番号

メールアドレス

メールアドレス(確認)

業種

会社名

お問い合わせ内容