2019年6月26日 水曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《IT企業》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

どんな業界でも人材不足が発生している現代において、特に顕著なのがIT業界と言われています。ITの業界は世界的に成長が見込まれている産業ですが、少子高齢化に加え、IT人材の教育面でも日本は出遅れているのが現状です。

この記事では、昨今のIT企業の事業売却の動き、またその具体事例から、売却する際のポイントや売却事例を見ていきましょう。

 

IT企業における事業売却の動き


少子高齢化が進んでいることが起因し、慢性的な人材不足となっている現代。2007年には団塊の世代が全員定年を迎え、2019年以降、新入社員より退職者の数が上回る状態が続いていきます。だからこそIT技術で人材の不足を補おうと、どの企業も人工知能や新技術の導入を図っていますが、そのIT化投資を推進するIT人材自体が不足している現状です。

経済産業省の「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」では、2030年には約60万人のIT技術者が不足するという推計が出されています。そのためにIT業界では人材確保が急務となっています。資本体力のある企業では、2030年問題を見越して企業自体を買収することで、IT人材を一気に確保しておき、自社リソースとして囲い込もうという動きも見えています。

2030年の前に、団塊の世代が全員「後期高齢者(75歳以上)」となる2025年問題もすぐ先です。退職後も経験値を持って社会に参画できていた世代も、体力的に本当のリタイアメントが実施されると、残されているのは出生数自体が少ない若い世代だけです。

人材確保が熾烈さを極める今、若手のIT人材を事業買収によって囲い込んでおきたい企業が増えています。

 

最近のIT企業の事業売却事例

近年のIT企業の具体的な買収事例を見てみましょう。

同分野での相乗効果を狙った買収、売り手にとって将来性のない事業も、買い手にとっては価値のあった例、個人で作成した小規模サービスが大手企業にシナジー効果もたらした例、3つの事例をご紹介します。

 

クラウドワークスによるサイタの買収

2017年1月、株式会社クラウドワークスは習い事マッチングサイト「サイタ」をコーチ・ユナイテッド株式会社から約10億円で買収しました。「サイタ」は2011年よりスタート、楽器・語学・資格などの講師と生徒を結びつけるマッチングサイトでしたが、運営するコーチ・ユナイテッド株式会社自体が2013年にクックパッドに子会社として傘下入りしていました。クックパッドはレシピサイトとして分野のトップを走っていた中、お家騒動などが続き株価も落ちていた時期の買収です。

習い事やレシピなどの「スキルシェアサイト」の領域では、同じくクラウドアウトソーシング事業を展開するランサーズが「pook」というサービスを提供しているほか、メルカリも「teacha(ティーチャ)」という新サービスを試みていました。競合の潮流の中、クラウドワークスも「サイタ」を譲受し、シェアリングエコノミー領域でさらなる事業拡大を目指したのです。

クラウドソーシングで培ってきたマッチングのノウハウを活かしながら、スキルシェアの分野も取り込み利用者を拡大させる、親和性を活かしたM&Aとなりました。

 

ノジマによるニフティの買収

2017年1月、株式会社ノジマはニフティ株式会社の個人向けインターネット接続事業を250億円で買収しました。ニフティ株式会社は富士通の子会社として一時は富士通の顔でもあり、会員数は134万人でした。しかしスマホ全盛時代において、固定回線を利用しての個人ネット接続事業は大きな成長はないと見込み売却に踏み切った模様です。

一方、確実に拡大が見込まれる「IoT=物のインターネット」分野において、ノジマがニフティを買収したことは家電量販店としては奇策と注目を浴びました。例えば冷蔵庫のビールが切れれば自動的に注文がなされるなどの、家電のIoT化を見越し、ノジマはただの小売店からサービス分野での新たな利益モデルを構築すると見られています。

富士通はニフティの他に、2016年にはカーナビシステム会社をデンソーへ売却、2017年にはパソコン事業をレノボへ売却しています。富士通としては事業を棚卸し企業向けサービス事業への転換を図るため、個人向け事業を売却して事業の選択と集中を進めるためのM&Aとなりました。富士通にとっては将来性が見込めない個人向けネット接続事業も、家電を個人に販売しているノジマにとっては、サービスの拡大と充実化といった魅力を有していたのです。

 

株式会社ポピンズホールディングスによるスマートシッター株式会社の買収

2017年2月、株式会社ポピンズホールディングスは、グリー株式会社の子会社であったベビーシッターサービスを展開するスマートシッター株式会社を買収しました。

スマートシッターはベビーシッター業界初の企業サポート型マッチングサービスです。保育士の資格を持ったシッターの採用を強化し、スマートフォンやパソコンから簡単にベビーシッターの予約や連絡ができるというシステムの利便性に特長があります。株式会社ポピンズホールディングスは全国162ヶ所にわたる保育・教育施設の運営を通じ、幅広く子育て支援サービスを展開する、日本を代表する教育ベビーシッターサービスの企業です。

今回の買収によって、潜在保育士の復職を支援するとともに、スマートシッターのITの技術とポピンズホールディングスのノウハウを組み合わせ、多様なベビーシッターサービスのメニューを広げ、シナジー効果の創出を企図しました。

 

毎日新聞社による「俳句てふてふ」の買収

中小企業の事例をひとつご紹介します。  2018年6月、毎日新聞社は俳句投稿アプリの「てふてふ」を買収しました。当時19歳であった伊藤和真氏が大学在学中に起こしたスタートアップ企業である株式会社PoliPoliの製品が「てふてふ」でした。

毎日新聞社としては、自社で俳句コンテンツを長年提供している中、新聞離れで獲得が難しい若者層をアプリサービスによって取り込めるシナジー効果が見込まれます。PoliPoli社側では限られた人材が他事業に集中していた中、てふてふを成長させられない悩みを抱えていました。

このマッチングによって、買収後も伊藤氏はアドバイザーという立場について事業展開をサポートし、開発は学生コミュニティのGeekSalonが行っています。

GeekSalonは大学生限定のプログラミングを学ぶコミュニティですが、SESとしての機能を有しています。プログラミングを学んだ学生が実際の事業開発に携わるという機会を提供し、毎日新聞社としては若手IT人材を早期に取り込める機会ともなるでしょう。事業の成長に必要なリソースを割けない時や、スタートアップが一定のステージに達した際の売却として身近であり、多くの中小IT企業にとって参考となる事例と言えます。

 

IT企業の事業売却を実施するうえでのポイント


IT企業を売却するうえでのポイントは、人材スキルと商品の独自性を見極める事です。また良い仲介業者を選択する事の重要性、仲介業者の種類にも着目してみましょう。

人材のスキルと商品の独自性

IT事業は技術のアップデートが激しいことが価値を見極める難しさとなっており、巨額に化ける理由でもあります。人材も日々最先端技術を学びアップデートしている層が生き延びることになります。近年の例で言えば各企業がネイティブアプリの開発に着目し多額の制作費を用意していても、米国発の最新技術に長けた人材が日本に少ないといった現状がありました。

技術力のある優秀な若手人材はそれだけで価値がありますが、その技術がブームを迎えた時に会社を最大の価値で売ってイグジットしたいものです。Windows、Linuxに加え、iOSやAndroid市場といった新しいプラットフォームが確実に成長しています。オーナーの得意分野、その技術に長けた人材は、いつ売れば最も価値を出すのか、市場を見極めることが大切です。また人材という有形財産の他、商品の独自性、成長性でもタイミングを図りましょう。

上に挙げた「てふてふ」は個人が開発したサービスながら、俳句というニッチな分野であったため競合が少なく独自性があったといえるでしょう。中小企業であっても、商品のアイデアやネットワーク技術の運営ノウハウといった無形資産の価値を買い手が認めれば、まとまった金額の現金入手が可能です。

 

シナジー効果を考える

シナジー効果とは、2社以上で統合運営することによってそれぞれが単独運営だった状態よりも価値が大きくなることを指します。人材のスキルと商品の独自性で、事業の強みを明確化した後は、売却先とどんなシナジー効果を生むことができるかという観点でマッチング企業を検討しましょう。

シナジー効果の種類にはブランド力を取り入れた事で購買層が増加する「売上シナジー」や、営業拠点の統廃合で経費を削減できる「コストシナジー」、技術・ノウハウの複合による「研究開発シナジー」などがあります。

クラウドワークスとサイタは、同様のシェアリングサービスとして統合することで、クロスセリングという「売上シナジー」で双方価値を高めました。「俳句てふてふ」の例で言えば、毎日新聞社はIT分野の研究開発シナジーを得て、売り手のPoliPoliは資本の増加という「財務シナジー」を得たのです。富士通からは成長が見込めないと思われていた個人ネット回線は、個人へ家電を販売するノジマにとっては欲しい価値でした。

IT事業における「強み」は、どこかの事業の「弱み」を解決する、その分析が的確に行われた時、企業価値を最大に引き上げて売却することが出来ます。IT事業の売却を考えている方は、親和性を持つのはどのような企業か、シナジー効果を見極めましょう。

 

事業売却の仲介業者の力を借りる

事業売却は仲介会社を通して行われることが多いですが、IT業界には横の繋がりや独自のコミュニティがあり、仲介会社を通さずに自分たちで行うことが多い業界でもあります。しかし事業売却には、基本合意書を始め、多くの書類を揃える必要があります。特に経理関係は過去直近3期分の決算書や、部門別損益一覧、申告書一覧等、透明性のある開示が求められます。

高く売却するにはあなたの事業価値を正しく見極めることが重要ですが、IT業界の無形財産には事業ノウハウや将来性といった、感覚的な要素が含まれるため、素人が判定することは困難です。また売却・買収側で、計算結果が異なるケースも多いものです。しかし、社員数や取引先に応じて相場となる価値は必ず存在します。仲介業者に相談することで、あなたの事業の適正な価値を見極めることが出来ます

いくつか仲介業者の例をご紹介しておきましょう。

 

仲介業者には兼業と専業がある

M&A仲介業者にはM&Aを専業として営んでいる会社と、もともとの会計や経営コンサルタントから派生し、M&Aを兼業で行っている会社があります。専業にしている会社は、M&A仲介だけで食べていける実力ある会社といえますが、兼業の場合本業のネットワークを活用して広がりが期待できます。

一見、専門業者のほうが良いように感じますが、IT企業の事業買収においては、兼業会社がおすすめです。もはやITと無関係のビジネスはない時代、グループ会社や経営コンサルタントの実績と広がりがある仲介業者のほうが、多方面とのマッチング、他業者のノウハウを知っている点で強みとなるのです。

 

まとめ

IT企業の事業売却事例から潮流を読み解いてみました。IT人材の不足は、もはやIT業界の問題ではなくあらゆる業種での課題となりました。売却する事で、買い手はIT人材を囲い込む事が出来、人材本人たちは派遣との違いを解消して能力を発揮できる環境に移行出来ます。

個人初で小規模からスタートできるIT企業だからこそ、その技術と人材が最高値の時期を見計らって売却を成功させたいものです。

事業売却の事例から読み解く潮流《IT企業》
人材不足が発生している現代において、特に顕著なのがIT業界と言われています。その解決策として事業売却が活発に行われているのをご存知でしょうか?本稿では、昨今のIT企業の事業売却の動き、またその具体事例から、売却する際のポイントや売却事例を見ていきましょう。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年6月26日
IT企業のM&Aを実施する前に考えておきたいこと
2019年6月26日
M&Aの事例から読み解く潮流《IT企業》
WEBからお問い合わせ
当社はお客様の事を最優先で考える成果報酬型エージェントです。
匿名をご希望されるお客様には、会社情報など一切公開せずにお問い合わせ頂く事が可能です。

お問い合わせ内容

電話番号

メールアドレス

メールアドレス(確認)

業種

お問い合わせ内容