2019年7月28日 日曜日

通訳・翻訳会社の事業譲渡を検討する際のチェック項目

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

中小企業の多い業界の一つが、通訳・翻訳業界でしょう。

経営者の方々は、少ないながらも従業員たちの生活を抱えながら、後継者不足やAIテクノロジーの変化・対応に日々向き合い、全力で取り組んでいます。

ここでは、そんな通訳・翻訳会社が生き残るための一つの経営手法としての「事業譲渡」と、事業譲渡における評価ポイントについて解説していきます。

 

通訳・翻訳会社の事業譲渡を検討してみる理由は?

近年、機械化、AI化による技術革新への取り組みに乗り遅れた中小企業が、将来的な事業展望を苦慮した結果、大手の傘下に入るケースが業種を問わず増えています。

また、経営者の高齢化に伴って、後継者が不在な場合も、企業としてどのように存続していくかを考えざるを得ない会社が増えています。

この現象は、通訳・翻訳会社においても同様です。

グローバル化とAI化が進む昨今、簡単な英語なら通訳の必要がない世界で、専門職としての通訳・翻訳会社の役割や事業存続の在り方はどうあるべきなのでしょうか。

 

通訳・翻訳業界の現状と展望

日本における通訳・翻訳業界の市場規模は、2017年度で2,500億円前後と言われています。

それを担うのは、2,000社以上の中堅、中小企業です。

日本では、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、訪日外国人4,000万人、消費額8兆円を目指すという観光ビジョンが経済産業省から発表されています。

「翻訳」というカテゴリーの中で、最も市場規模が大きいのは、契約書や、マニュアル、特許明細などを各国語に翻訳する産業翻訳です。

企業は、そうした翻訳を翻訳専門会社に依頼します。

産業翻訳を依頼されるのは、翻訳会社の中でも大手企業がほとんどです。

しかし、最近になってニューラル翻訳(人間が翻訳した文章を学習する翻訳で、自然な文章になる特徴がある)など翻訳精度が増している機械翻訳を利用する企業も増えています。

 

翻訳業界の中で、最も需要があるのが英語です。

また、アジア諸国の経済成長に伴って中国語や韓国語をはじめとするアジア圏の言語の需要が高まりつつあります。

AIなど機械翻訳の性能が向上している今、人間による翻訳が必要なくなるのではないかと危惧している方もいるかもしれません。

しかし、翻訳者のプロの需要はなくならないというのが大方の意見です。

米国労働統計局では、AIの発達で今後10年以内になくなる仕事の予測を立てていますが、翻訳業界はそれに含まれることなく、かえって翻訳業界の成長が見込まれています。

機械翻訳で対応できるような単純な翻訳ニーズは少なくなるかもしれませんが、行間を読んで適切な表現をすることが求められるような内容の文章では、人の手による翻訳に勝るものはありません。

 

ちなみに、翻訳会社の業務は、社内に何人もの翻訳者を在籍させている会社は多くありません。実際のところは、翻訳業務を外部委託するケースが多いのです。つまり、翻訳会社は翻訳仲介会社と言えるような経営がメジャーです。

翻訳仲介会社は、翻訳業務を受注し、それを外部の翻訳者に発注します。

翻訳者の翻訳内容をチェックする業務は翻訳会社が行っています。

翻訳者たちとの関係性と、最終チェックでのクオリティ担保が翻訳会社が提供している一つの価値と言えるでしょう。

 

通訳・翻訳会社の事業譲渡という選択

取引先による選別、競争激化、機械翻訳の発達、翻訳業務のオフショア化(コスト削減のために、自社の業務を海外の新興国や発展途上国に委託すること)などにより、中堅、中小の通訳・翻訳会社の経営環境は益々厳しくなっており、業務を継続させるためには、何らかの打開策が必要です。

既に解説した通り、通訳・翻訳会社でも後継者難に悩み、自動翻訳への取り組みに乗り遅れた中堅・中小の通訳・翻訳会社が大手翻訳会社の傘下に入るケースが増加しています。

その一方で、製薬、医療、金融、法律、特許など専門性が高い分野を得意とし、顧客と長年良い関係を築いてきた通訳・翻訳会社では、大手翻訳会社からの買収ニーズが高くなっています。

つまり、今は完全な売り手市場にあるのです。

こうした環境の下、いくつかの通訳・翻訳会社では、大手の傘下に入る、同業他社の買収などにより、規模の拡大を目指すケースが増えています。

また、異業種からのM&Aによる参入もあり、これは今後も活発化すると考えられています。

 

事業譲渡とは

大手の傘下に入ると言っても、M&Aには色々な手法があります。事業譲渡もその一つです。

事業譲渡とは、会社の事業を第三者に譲渡(売却)することを意味しています。

譲渡の対象となる事業とは、有形、無形の財産・債務、人材、事業組織、ノウハウ、ブランド、取引先との関係などを含むあらゆる財産を示します。

事業譲渡は、契約によって、個別の財産・負債・権利関係等を移転させる手続きなので、会社が経営している全ての事業を譲渡することも、一部の事業のみを譲渡することも可能です。

また、買い手にとっては、契約の範囲により、帳簿外にある債務(簿外債務、偶発債務)を切り離すことができるのも大きな特長です。

 

通訳・翻訳会社の事業譲渡事例

ここ数年の通訳・翻訳会社の事業譲渡、株式譲渡事例を見てみましょう。

 

・グロザスがニフティに株式譲渡される

グロザスは、日本製デジタルコンテンツの翻訳事業を主体とした会社です。その全株式が2016年ニフティに譲渡されました。

ニフティはインターネットサービスプロバイダを主力事業とする電気通信事業者です。

グロザスの事業を更に推進するために、ニフティがクラウド事業と一体運営するのが適切であるとの判断からニフティが事業を継続することになりました。

 

・アイタス、国際事務センターが翻訳センターに売却される

アイタスは、マニュアル制作を主軸として翻訳サービスを提供する会社です。

2013年、アイタスは、国内最大級の産業翻訳サービス会社である翻訳センターに売却されました。

このM&Aの目的は人材確保を図ることでした。

これにより、アイタスのノウハウを活用した更なる事業拡大が期待されています。

 

・パソナグループが国際交流センターを子会社化する

国際交流センターは、通訳・翻訳を中心に外国語資料作成、外国語に精通した人材の派遣など外国語総合サービスを提供している企業です。

各種外国語に精通したスタッフ一万人の登録があり、大手の顧客と長期的な信頼関係を築いています。

一方のパソナグループは中国や米国へも進出している大手人材派遣会社です。

企業のグローバル化により、専門資料の翻訳や国際会議での通訳などネイティブレベルの語学力を有する外国語業務のニーズが急増していることから、このM&Aにより、パソナは専門性を更に高め、対応できる体制を整えました。

 

このように、大手の傘下入りや同業他社の買収により、会社の存続を目指すケースが増えてきています

また、パソナの例に見られるように人材派遣会社が翻訳会社を買収して、業界に参入する例もあります。

今後は、異業種からのますますの参入が予想されます。さらに、経営者の高齢化による事業継承問題を解決する手法としての事業譲渡も活発化しています。

 

通訳・翻訳会社を事業譲渡するメリット

通訳・翻訳会社を事業譲渡するメリットには以下のようなものがあります。

 

売り手のメリット

・経営者の個人的問題の解消

高齢化や健康問題を抱える経営者が、後継者問題に悩まされることなくハッピーリタイアできます。

或いは事業譲渡によって得た創業者資金により、別事業を興すことも可能です。

これまで背負っていた、借入金の個人保証や担保が解消されます。

また、同様に負債も解消されます。

 

・従来の人脈やノウハウを引き継げる

大きな企業の傘下に入ることで、様々なメリットがあります。

特に大きなメリットは、長年勤務してくれている従業員の雇用を守れることです。

また、信頼関係がある取引先とのつながりや、事業のノウハウを持ち越せることは、今後のビジネスチャンスでも大きな利点となります。

事業譲渡により、経営の選択や集中ができます。

ノンコア事業を売却したり、子会社を整理売却したり、事業やグループ会社の再編を図ることができます。

更に、先行きへの不安感が払拭され、業績不振の解消が可能になります。

それにより業績の再生ができる可能性が出てきます。

 

買い手のメリット

・事業の拡大

新規サービスの拡充、クロスセリングの採用が可能になります。

クロスセリングとは、顧客が希望するサービスに関連するものをおすすめし、購入してもらうことです。売上単価を増やすために行われている営業手法です。

その他にも、買収により新規事業が獲得でき、周辺分野への進出を図ることもできます。

さらに、これまでとは異なる商売圏を持つことで販売網を拡大することができます。

売却側の顧客を引き継ぐこともできます。

売却側と買収側、双方の相乗効果で、事業多角化が図れます。

 

・専門知識や経験が豊富な従業員を取得できる

経験豊富な従業員を含めて事業譲渡を受けることで、専門性の強化がはかれるようになります。

最近、高需要となっている中国語、韓国語、ベトナム語、タイ語といった言語の通訳・翻訳を得意とする企業を買収できれば、他社との差別化が図れます。

しかし、通訳・翻訳者には、自動翻訳機以上のスキルが求められています。

機械で事足りるようなサービスしか提供できなければ、自動翻訳機に取って替わられてしまうからです。

 

・経営基盤の安定化

通訳・翻訳会社の競争が激化している今、事業譲渡によって、販売網の拡大、事業展開などを短期間に少ない予算で達成することができます。

それが買い手企業の経営基盤の安定化につながります。

買い手と売り手企業の重複する業務を見直すことでコスト削減、コストパフォーマンスが向上します。

 

このように、通訳・翻訳会社の事業譲渡にはメリットがあります。

高精度な機械化が進んだり、経営者が高齢化したり、といったネガティブな状況も、事業譲渡をすることにより、会社の軌道をポジティブな方向に向かわせることができる可能性があるでしょう。

 

通訳・翻訳会社を事業譲渡する際のチェック項目

では、実際、会社を事業譲渡する際には、どんなことに注意したらいいのか、チェック項目を考えてみたいと思います。

 

譲渡の目的

譲渡の目的の一つは、経営者の高齢化による後継者不在問題の解決です。

また、AIをはじめとする機械翻訳導入に乗り遅れた会社が、大手の傘下に入ることによってその問題をクリアできる点です。

業績の不振や、先行きの不安も事業譲渡によって解消することができます。

翻訳を外部の翻訳者に発注している中小の翻訳会社では、正社員の数は少ないので、事業譲渡するにも、大企業と違い、様々な手続きが容易に進みます。

 

譲渡先

通訳・翻訳会社の中で、売上高が10億円を超えるような大手企業は、市場全体の約5%と算出されています。

中小の通訳・翻訳会社が事業譲渡するのは、上記で見てきたように、ニフティやパソナ、翻訳センターなど大手の企業が受け皿となっています。

翻訳会社に事業譲渡する例ももちろんありますが、異業種の大企業が通訳・翻訳事業を強化させたいという目的で中小の翻訳会社を買い取るケースもそこには見えます。

今後も、自動翻訳を取り入れた大手企業や、異業種の大手翻訳会社は譲渡先として優先的にチェックしておくと良いでしょう。

 

事業価値

事業価値とは、対象会社の事業そのものの価値を言います。

会社の価値の大半は利益を生み出す活動である事業に起因しています。

こうした事業が持つ価値が事業価値と呼ばれています。

棚卸資産や事業用の固定資産などの価値に加え、取引先との信用やブランドのような目に見えない資産、将来の超過収益力などの価値も含まれます。

事業譲渡に際しては、交渉条件で最も重きを置かれるのが事業価値です。

買い手側との価格交渉で損をしないためにも、色々な側面から最大の事業価値を見極める必要があります

 

譲渡タイミング

譲渡のタイミングを見極めることは大切です。

相場価格よりも低い価格で事業譲渡せざるを得なくなったり、後継者獲得のチャンスを逃してしまったりするリスクがあるからです。

事業譲渡のタイミングは、業界の景況、M&Aの動向をしっかりと調査する必要があります。

 

まとめ

通訳・翻訳という仕事においては、語学力だけでなく、取り扱う分野に関する知識が要求されます。

例えば、法律を知らない人が、法律文書を正確に翻訳することはできませんし、システムに関する技術知識のない人にIT文書の翻訳はできません。

また、観光での通訳の場合は、語学力だけでなく、日本の文化や歴史、地理に関する知識も必要とされています。

今後、日本のグローバル化が進むにつれて、人間が行う通訳・翻訳業務は専門性に対するニーズも高くなっていくでしょう。

異業種の翻訳企業への事業譲渡や、大手企業への事業譲渡は、時代の変化に対応するために検討してもいい経営手法の一つです。

そして、事業と従業員たちの価値を見極めることが、事業譲渡の成功と従業員たちの生活への責任と言えます。

事業譲渡で価値を見極めるのに迷われている方は、事業譲渡の専門家へ一度相談してみると思わぬ発見があると思います。

通訳・翻訳会社の事業譲渡を検討する際のチェック項目
通訳・翻訳会社の事業譲渡において、必ずチェックしておくべき項目について詳しくまとめました。中小企業が多く、厳しい経営状況であることも多い通訳・翻訳会社。生き残りのために、事業譲渡を選択する企業も少なくありません。事業譲渡を検討する際に確認しておくべき部分を紹介します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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