2019年7月31日 水曜日

通訳・翻訳会社のM&Aを実施する前に考えておきたいこと

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

通訳・翻訳会社のM&Aを実施するに当たり、前もって知っておきたい情報があります。

機械翻訳の進むAI時代の通訳・翻訳会社の価値、それぞれの企業がM&Aをする理由、実施のタイミングや仲介会社の必要性など、実施前に押さえておきたい基本を今一度確認しましょう。

そして、自社の事業価値を最大にして事業売却をするために考えておきたいことは何かを明らかにしていきます。

 

通訳・翻訳会社のM&A

創業年数を重んじる日本でも、昨今のスピードあるビジネスの中でM&Aはすでに一般的な経営戦略となりつつあります。

通訳・翻訳会社も例外ではなく、昨今では統合が目立ちます。

通訳・翻訳は映像翻訳、出版翻訳など、分野の専門性があるほど翻訳に必要なクオリティとスキルが高くなるため、一定の業界に特化している小さな会社が多いのが現状です。

通訳・翻訳会社で大手と言われる会社は外務省でも頻繁に使われる株式会社サイマル他、片手で数えるほどしかなく、その他は専門に特化した中小会社がひしめき合っている業界です。

経費削減のため事務所自体を海外に移すなどのオフショア化も進んでいます。

そしてこの業界は完全な売り手市場であり、買収したくともその情報網にアクセスできるかがまずキーとなります。

 

そもそも通訳・翻訳とは

AIによる自動翻訳が現実的な商品として流通し始めている現代において、そもそも通訳・翻訳会社とは何か、基本に立ち返ってみましょう。

「通訳」とは、異なった音声言語を話す人たちの間で、音声言語交換のサポートをする事です。

ビジネスの場では商談通訳、会議通訳、エスコート通訳などがあり、逐次通訳、同時通訳、ウィスパリング通訳など現場に合ったスキルが必要とされます。

それらの人材を抱えて通訳サービスを提供するのが通訳会社です。

 

「翻訳」とは異なった書記言語を異なった書記言語へ書き換える事です。

AI等による機械翻訳、自動翻訳に対し「人力翻訳」と呼ぶ場合もあります。

IT系のマニュアル翻訳でも、機械翻訳の後に人力翻訳による訂正と改定がまだまだ必要であり、文化的背景を汲んで解釈が求められる文学や芸術分野では、依然として人力翻訳が求められます。

それらの能力を有した人材を抱え、サービスを提供するのが翻訳会社です。

 

通訳と翻訳は扱うものが「音声言語」と「書記言語」で明確に違う職能であり、英語でも通訳者はinterpreter、翻訳者はtranslatorと呼ばれます。

通訳では臨機応変なスピードが重視されますが、翻訳はより的確な表現を考え推敲するため、時間をかけて納品する点も異なります。

 

通訳・翻訳会社のM&Aを行う理由は?

AIによる機械翻訳は飛躍的に伸びるであろう事から、今後通訳・翻訳業界自体の構造は大きく変動すると見られています。

また2020年のオリンピック以降のインバウンド・アウトバウンド需要、国境の希薄化によるビジネスの多言語化、オフショア化も進んでいます。

その時代に通訳・翻訳会社のM&Aを行う理由とは何でしょう。

メジャーな理由を見ていきましょう。

 

買収側がM&Aを行う理由

まずは買収側がM&Aを行う理由をご紹介します。

 

スケールメリットの拡大

中小規模がひしめく中、スケールメリットの拡大は重要な生き残り戦略となります。

前述したように専門分野に特化した通訳・翻訳会社が多いため、闇雲に売買をしても顧客の獲得に繋がりません。

企業文書などを訳す「産業翻訳」、字幕翻訳に強い「映像翻訳」系、書籍文芸に強い「出版翻訳」など、それぞれの同分野で合併し、基盤を大きくするM&Aが望ましいでしょう。

もしくは多種分野に対応している大手通訳会社に吸収される事で、人材とスキルを引き継ぐという拡大方もあります。

 

異業種とのシナジー効果

海外展開を目指す企業が、語学に長けた人材を確保し、現地での交渉を有利に進めるため通訳・翻訳会社を買収する例があります。

あるいは人材派遣業などが、インバウンド観光需要に対応するため通訳会社を買収する例もあります。

通訳・翻訳会社のM&Aは完全に売り手市場であり、1つの売りに対し50社以上の買い取り希望が集まった実例もあります。

外国語を習得した人材を一から集めるよりはるかに優秀な集団を取り込めるのですから、異業種にとっても魅力的な事業買収となります。

 

売却側がM&Aを行う理由

 

次に、売却側がM&Aを行う理由を見ていきましょう。

 

後継者不在の解消

多くの通訳・翻訳会社が昭和、平成初期のグローバルビジネス急成長時代、人力翻訳しかなかった時代に創業された中小企業であり、令和の今、後継者引退に伴うM&Aが多いのもこの業界の特徴です。

国内のみならず国家間をまたいだ長年の取引先との継続、語学力に長けたスタッフの雇用安定のために、高齢の経営者による事業売却が増えています。

 

IT技術不足の解消

中小の通訳・翻訳会社は個人事業を含めると2000から3000とも言われています。

規模の小さい会社で慢性的に遅れているのがIT技術の取り入れです。

機械翻訳には現在ルールベース型、統計ベース型の2種類があります。

一般的にイメージされる機械翻訳であるルールベース型は、機械に文法のルールを教えるために、かつてはかなりの手間をかけて人力で作られていました。

統計ベース型はインターネットの進歩により飛躍的に伸びた方法で、文法ルールだけでなく、文章ごとの原文と訳文も機械が自動的に学習します。

文章全体の微妙なニュアンスも学習することで、より精度が高まりました。

日本語と英語のように文法が大きく異なる言語ではまだまだ精度が低く、機械翻訳はビジネスでは使えないと言われていますが、ヨーロッパ諸国の似通った言語では精度が高い翻訳が可能になりつつあります。

初期のおおまかな翻訳を機械にまかせ、最後の修正を人間が手掛ける事で時間と人件費を大幅に削減する訳し方がすでに日本でも普及しています。

大手の通訳・翻訳会社は早期に取り込んでいるこの機械翻訳とIT化に、中小の多くが取り残されています。

そこで大手の傘下に入り、IT技術と合体する事を目的にM&Aを行うニーズもあります。

 

通訳・翻訳会社のM&Aを行うタイミングは?

 

M&Aを行うには市場のタイミングも非常に重要です。

通訳・翻訳の分野では業界再編が進んでおり、大手により中小が吸収されつつあります。

機械翻訳の精度は2~3年のスパンで飛躍的に向上し、私達が思いも寄らない新たな通訳・翻訳サービス商品が市場に登場するでしょう。

この業界再編の流れを読むのが遅いと、後から参入したくとも余地がなくなってしまいます。

観光通訳や会議ほどの精度が求められない分野では、語学の専門家よりも、観光や歴史の専門家が通訳アプリで変換した方が詳しい案内ができる時代が到来するでしょう。

人力の通訳者・翻訳者として生き残る人は国際会議対応レベルのハイレベル人材のみとなり、精鋭人材の奪い合いになると考えられています。

現在でも、国際会議では各国の通訳者は母国語への変換が求められますが、日本語通訳者だけが例外的に日本語以外への変換も認められています。

それは日本語⇔多言語のハイレベルな通訳者が世界中で不足しているためで、その方々のギャランティーは世界でもトップクラスです。

こういった希少な人材を抱えている企業は希少価値を上げる事になります。

中級レベルの通訳・翻訳がAIに変わる時代だからこそ、高度人材の価値を最大限に活かし、通訳・翻訳会社のM&Aのタイミングを見極めるべきです。

 

通訳・翻訳会社のM&Aを実施するのは誰か?

どんな企業が通訳・翻訳のM&Aを実施しているのでしょうか。

実際の事例から、具体的なイメージを掴んでみましょう。

競合しているよりは、同じ専門分野に特化した中小企業同士で合併するケース、また大手上場の人材派遣会社が、実績ある老舗の翻訳会社を買収したケース、2つをご紹介します。

 

同業者同士の株式譲渡

売り手は技術翻訳を専門とする中小企業でした。

企業の中で発生する様々な文書、例えばプレスリリースや企業案内、特許申請書類や製品マニュアルなどの翻訳を手掛けていました。

技術翻訳は翻訳市場の中では訳9割という、最大の市場を占めている分野でもあります。

ビジネスのグローバル化で多種の書類に翻訳が必要になり、今後もニーズは増えていく分野です。

この会社は大手薬品会社との実績が長く、売上高は1億円と業界の中では老舗として確立していましたが、後継者の不在を解消するために売却を考えていました。

小規模会社ながら技術力と顧客ネットワークが高く評価され、公開からすぐに数社から買収の申し出がありました。

最終的な買い手は売上高数十億円の同業の技術・産業翻訳の会社でした。

事業拡大を目指しでの買収です。

売り手の持つ取引先数、人材の能力に魅力を感じ、スキームとしては株式壌土でM&Aを実施しました。

デューデリジェンスの調査上でも問題なく、しっかりとした実績があったため両社は最初のトップ会談から意気投合し、希望を上回る金額を提示、一か月半という異例の早さでM&Aが成立しました。

このM&Aによって売り手としては創業者の引退後も従業員の雇用を守れ、買い手としては1から翻訳スタッフを育てる事なく、スキルとノウハウを持つ人材を一気に獲得できました。

またデフレ不況下、翻訳単価の大幅な下落により取引先の拡大が必須であったところ、他社と競合しているよりは同業社を買収した事で新たな取引先が確保できたのです。

 

人材派遣会社によるM&A

近年増えてきているのが異業種である人材派遣会社による通訳・翻訳会社の買収です。

少子高齢化で全ての業界において慢性的な人材不足が叫ばれる中、人材派遣会社はあらゆる分野の人材を取り込み、事業拡大を目指しています。

売り手は通訳・翻訳の多種分野を専門とする大手で、特に専門性の高い特許申請や金融、製薬の翻訳分野に優良顧客を持ち、売上高も10億円で業界での実績も十分でした。

しかし経営者が高齢となり、健康面での不安もあり譲渡を考えていました。

買い手は一部上場企業であり、売上高2000億円の人材会社です。

より高度な人材サービスの提供を目指しており、専門分野に特化した外国語人材を欲していました。

専門性の高い人材を取り込む事により、自社グループ内のスキルアップ達成が可能と判断し、株式譲渡M&Aに至りました。

この実施により、売り手の経営者は譲渡後すぐに引退、療養の時間を十分に取る事ができ、健康的に余生を満喫しています。

買い手の人材派遣会社は優良スタッフを取り込む事により企業価値を上げました。

 

通訳・翻訳会社のM&Aの相談先は?

M&Aを実施するには基本合意書を始め、多くの書類を揃えることが一仕事となります。

特に経理関係の書類は過去直近3期分の決算書や、部門別損益一覧、申告書一覧等、透明性のある開示が求められます。

そういったサポートを並走してくれるのがM&A仲介会社です。

買い手側としても、完全に売り手市場である通訳・翻訳会社の売却情報を、いち早く掴むには仲介会社を通して情報を入手するのが近道です。

情報入手や書類を揃えるだけでなく、仲介会社を通した方が良い理由として、企業価値の見極めが挙げられます。

まれに、横の繋がりのある若い業界(特にIT業界)など独自の情報網がある場合、仲介業者を使わず、自分たちでM&Aを実施する例もあります。

しかし、最終的な売買価格が相場と違っていては、多大な損失をしかねません。

よほどの確証や事情がない限り、専門家を入れずに事業価値を判断することはおすすめできません。

M&A仲介会社はその市場価値を見極めるデューデリジェンス(Due Diligence)のプロとして存在し、事業の実態・内容を事前に調査してくれます。

通訳・翻訳会社の企業価値には、事業ノウハウや将来性といった感覚的な要素も含まれるため、素人が判定することは困難です。

また、売り手側、買い手側の算出で、計算結果が異なるケースも多いのです。

そういった時、感覚的な無形財産だけでなく社員数や取引先に応じ相場の価値をしっかりと示し、事業価値を証明してくれるのも仲介会社です。

仲介業者に相談することで、事業の適正な価値を見極め、M&Aを成功へと導いてください。

 

まとめ

通訳・翻訳は、人材スキルや経営ノウハウ以上に、機械翻訳の技術革新がどう影響するか、見極めるか事が非常に重要な業界です。

10年後では市場やサービスが大きく変わる事が予想されるため、ここ数年が通訳・翻訳会社のM&Aのピークとなるでしょう。

従業員の方々のスキルが最重要で適切に評価されるべき時代に、感覚で人材価値と事業価値を判断するより、仲介会社を上手に利用し、優秀な人材が今後も活躍できるM&Aが展開されることを心からお勧めします。

通訳・翻訳会社のM&Aを実施する前に考えておきたいこと
通訳・翻訳会社のM&Aを実施するに当たり、前もって知っておきたい情報があります。
機械翻訳の進むAI時代の通訳・翻訳会社の価値、それぞれの企業がM&Aをする理由、実施のタイミングや仲介会社の必要性など、実施前に押さえておきたい基本を今一度確認しましょう。
今回は、通訳・翻訳会社のM&Aを実施する前に知っておきたいことをご紹介していきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年7月31日
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