2019年7月27日 土曜日

通訳・翻訳会社の事業売却のポイントとは?

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

日本翻訳連盟の調査では、2017年の通訳・翻訳の市場規模は約2561億円であり、産業として決して小さくない市場です。

調査に回答した企業の内、年商3億円未満の企業が大半を占めており、売上高で見ても5000万円未満の企業が半数、10億円以上の企業の比率は5%未満と、中小規模が多い業界です。

個人事業を含めると2000社から3000社とも言われている中小会社がひしめきあって競合しているのが通訳・翻訳業界と言えるでしょう。

昨今のスピードあるビジネスの中で事業売却はすでに一般的な経営戦略となりつつあります。

この記事では通訳・翻訳会社の事業売却をする際のポイントとは何か、見込める次のステージや目的、注意点を見てみましょう

 

通訳・翻訳会社の事業売却で次のステージへ

事業売却では会社の全てを譲渡するのではなく一部の事業を売却する訳ですから、売却後本来集中したかった事業へ人員リソースと資金を回すことができます。

売却することで経営者が好きな分野、今取り組みたい事業に集中することで会社そのものを発展させ、新たなステージへ踏み切れます。

 

しかし多くの通訳・翻訳会社は専門分野に特化した中小企業のため、1会社=1事業であることも多いでしょう。

一般企業の書類を訳す「産業翻訳」、字幕などを手掛ける「映像翻訳」、書籍文芸に特化した「出版翻訳」など、分野に特化したほうが専門のスタッフを抱えスキルも向上するため、ほとんどの中小翻訳会社は1事業に特化しています。

同じ専門分野の翻訳会社に会社自体を売却するか、多種分野を手掛ける大手翻訳会社の傘下に入るか、または異業種に買い取ってもらうか。

いずれにしても、事業を売却することで次のステージへ進むことができます。

 

資金繰りや連帯保証といった業務から解放され、新たな起業アイディアが自然と浮かぶようになることも多いでしょう。

家庭と経営のライフワークバランスを実現することができた、あるいは売却後も引き続き活躍でき、買い手企業のリソースを活用して事業の成長実現へ参画できることもあります。

事業をたたむよりも、売却はよほど事業の発展に繋がり、前向きなステージへ踏み出すことができるのです。

 

通訳・翻訳会社を事業売却する目的にはこんなものがあります

それぞれの会社に、売却する目的と理由があります。

下記の代表的な3つの例、後継者不在の解消、従業員の雇用の確保、IT技術不足の解消を詳しく見てみましょう。

 

後継者不在の解消

多くの通訳・翻訳会社が昭和、平成初期の高度成長期、人力翻訳しかなかった時代に創業された中小企業であり、昨今経営者の高齢化に伴う事業売却が多いのもこの業界の特徴です。

まだ引退するほどの年齢でもないが、健康面で不安があり、後継者の目途も立たないため早期リタイアとして事業売却に踏み切る経営者もいます。

ある事例では、病気を理由に会社売却した経営者が、売却成立後すぐに引退し、療養の時間を十分にとってセカンドライフを満喫されている例があります。

しかし人生100年時代、体調に問題が無ければまだまだ働きたい経営者も多いでしょう。

その場合も事業売却した上で代表取締役や顧問として続役し、ゆるやかなペースで自分の事業の成長に引き続き関わる契約交渉も可能です。

 

後継者不足はどの業界でも問題となっていますが、通訳・翻訳者の育成に必要な期間は「約5年」、「5年~10年」と答える経営者が5割以上です。

以前は長男が継承することも多かった日本企業ですが、変化の激しい現代では血筋より実務能力で人選するのが主流です。経営ビジョンや心構えの資質ある人材と出会えていたら、5年と言わず早期に後継者育成を始めることも経営者の仕事でしょう。

その時間が間に合わない場合は、売却という方法も考慮に入れるべきでしょう。

以前は自分で立ち上げた事業を売却するのは恥ずかしい、と言った考えもありましたが、買い手が付くというのは素晴らしいことです。

今までの経営が評価された成功の証なのですから、買い手企業を後継者と見なし幸せな発展を託す交渉を試みてみましょう。

 

従業員の雇用の確保

前述した翻訳連盟による2017年の通訳・翻訳会社への調査では、売上高の増減の集計で前年度より売上が上がったと答えた企業が減った企業を上回りましたが、内情を詳しく見ると従業員の待遇面では変化が起きています。

従業員である翻訳者達からの回答では経験年数3年未満の割合が減少しており、新たに業界に入る新人翻訳者が減少していることを意味しています。

少子高齢化でどの業界でも新入社員の割合は低いとはいえ、通訳・翻訳業界で活躍しているのは40代~50代、全体の23%の最多比率で、最も人件費がかかる層です。

 

また一ヶ月の平均労働日数について「21~25日」「7~9時間」が3分の1の最多である一方、20日以下と回答した割合が50%に増加、翻訳者の労働日数は減少していることが明らかになっています。

また労働時間「5時間未満」が前回の17%から25%に増加しており、翻訳者のワークスタイルの変化が見られます。

会社としては売上高が上がっていても、一人一人の従業員の雇用の安定は崩れているのです。

 

そんな中、デフレ不況下で翻訳単価の大幅な下落が起こっており、出版翻訳でも印税率の減少があり、先行きが見えないといった経営上の不安が常に付きまといます。

通訳・翻訳単価が落ちているなら取引先の拡大が必須であるところ、人員と資金に限りがあり手が回らない場合、同業他者や大手に買い取ってもらうことで解消できます。

経営者にとって社員の生活を支えることは第一の使命でもある中、売却によって従業員の雇用を確保できることは安心です。

 

IT技術不足の解消

前述した翻訳単価の下落の一因が、人工知能を活用した機械翻訳と言われています。機械翻訳にはかなりの手間をかけて人力で作られていたルールベース型から始まり、微妙なニュアンスも訳せる統計ベース型へと進化してきましたが、近年機械がビッグデータから自動的に学習するディープラーニングの登場で、飛躍的に技術が高まってきました。

IT技術は2~3年のスパンで急激な技術革新が起こるため、10年後には思いもよらない通訳・翻訳サービスが市場に登場していることでしょう。

 

名古屋大学の中岩浩巳教授は「自動翻訳を使っての作業効率化は欧米ではスタンダードになった」と言っています。

まだ日本でスタンダードになっていないのは、先進国である欧米言語では文法が類似しているため機械翻訳の精度が高いのに対し、日本語と英語など、文法が明らかに違う言語ではまだ精度が低いためです。

それでも「いずれは自動翻訳を活用しなければ生き残れなくなり」、「その流れはもう止めることができない」というのが同教授の結論です。

 

日本でも近年は機械翻訳にかけた訳文を最後に人間がチェックするポストエディットという仕事が新に生まれています。

当然その単価は一から人間が翻訳するよりも低くなります。

ですが悲観的になるばかりでなく、機械化されるからこそ最後は人間のニュアンスなどの推敲に集中できるという新たな役割が待っています。

 

こういった自動翻訳の技術を新たに取り入れ業務をIT化するのに、最も遅れをとっているのが中小の通訳・翻訳会社です。

そこで大手の傘下に入り、IT技術と合体することを目的に売却を行うのも目的のひとつです。

 

通訳・翻訳会社の事業売却を行う上での注意点

通訳・翻訳会社の事業売却を行う上で、注意すべき点がいくつかあります。

事業売却では売り手・買い手・従業員の三方が契約を結び直すことになります。

スタッフにとって事業売却が、自身の幸福やキャリアアップに繋がるか、どれだけ納得して契約を結び直してもらうかが、成約の鍵となるでしょう。

売却価格に直結する大事な項目、社員のスキルと人数、取引先の数や規模、実績について詳しく見てみましょう。

 

従業員のスキルと人数

売却事業の価格には、当然従業員のスキルと人数が関わってきます。

最近では、買い手企業はまず従業員の雇用を確保することから始めるケースが多いです。

むしろ雇用をどれだけ確保できるかで売買の是非を決める傾向があります。

魅力のある事業の中核を担っている従業員を取り込めるかどうかで、事業の質や継続性が変わるため、買い手にとっては当然の懸念要素と言えます。

 

しかし売却して事業主が変われば、従業員は改めて買い手会社と労働契約を結び直す必要があり、その際に従業員が流出するリスクがあります。

事業売却に不満を持つ従業員がその事業の中核を担う人材だった場合、離職してしまえば事業の価値自体が大きく下がってしまいます。

 

流出せず引き継げたとしても、新たな企業同士の融合で異なる経営理念やルールにぶつかり、これまでの労働環境とのギャップで困惑する社員が続出すると、その後の離職が発生することもあります。

最初に換算していた従業員数よりも、引き続き活躍できる人数に齟齬が起きると、買い手企業にとっても痛手となります。

 

売却の見通しが立たない段階での社員への公表は避けるべきですが、十分な説明を怠るとベテラン従業員の離職や主要な取引先から契約を打ち切られる等のリスクが発生します。

事業売却を行うことによる影響や成立した時の会社の展望などは、従業員や取引先に充分に説明をすることが必要でしょう。

 

また、語学力だけでなく、従業員が他社で活躍できる社会人スキルを備えているかも大切です。

会社に属して就業内容が固定されているインハウス通訳者・翻訳者は、慣れに注意です。

国際会議場のブースに入って同時通訳を行っていただけの人材が、事業譲渡後、建築現場での通訳のほうが多くなるような場合、特殊な国際感覚より、社会人としてのヒューマンスキルも重要になります。

語学力に問題はないが社会人マナーが合わないという理由で、通訳者の変更を依頼されることもあります。

通訳という仕事は専門職ではありますが、サービス業であることを認識した働き方を日頃から従業員にも教育しておきましょう。

何人の優秀なスタッフを引き渡せるかが、売却価格に大きく反映します。

 

取引先の数と規模

価値のある取引先や顧客を持っていることは、イコール売却価値を高めます

特になかなか取引ができない大会社ときちんと基本契約を締結している場合、高評価です。

その取引先を引き継げるだけでも、買い手としては旨味となります。

そもそも事業買収の目的が、その取引先の獲得であることも珍しくありません。

 

事業譲渡をした場合、従業員や取引先は契約先が全て買い手会社に変わります。

契約書なども、全て買い手名義に変更しないとビジネスを続けることができないので、全ての契約の巻き直しになります。

取引先が100社にも上る大企業の場合、これはかなりのコストです。しかし取引先が沢山あっても、取引基本契約をしっかりと締結している取引先が10~20社程度の場合は、それほど煩雑な手続きはではなくなります。

 

もしくは、株式譲渡の場合、株主が変わるだけですので、取引先と契約を巻き直す必要は無いので株式譲渡というスキームで売却を選ぶ経営者も多いです。

規模の大きな会社との取引は、単に取引金額の大きさだけでなく、回収できない債権などの信用不安が少ないなど、帳簿に表れない部分でも高評価が及びます。

きちんとした取引基本契約を結んでいる取引先の数と規模を、事前によく洗い出しておきましょう。

 

小規模でも確かな実績

ある実例で、売上1億円のA社が売却を成功させた例があります。

A社は産業翻訳を専門とする会社で、大手薬品会社との実績が長く続いており、小規模ながら老舗として地位を確率していました。

会計書類も透明性があり実績が申し分ないため、公開からすぐに数社から買取希望の申し込みがあったほどです。

最終的な買い手は売上10億円の同業社でした。

この売却によって売り手としては引退後も従業員の雇用を守れ、買い手としては1から翻訳スタッフを新たに育成する手間なく、スキルとノウハウを持つ人材を一気に獲得できました。

また翻訳単価の下落により取引先の拡大が必須であったところ、新たな取引先が確保できたのです。

 

最初のトップ会談から両経営者は意気投合し、買い手企業はA社の希望より高額な買取額を提示、約1ヵ月半という異例の速さで売買が成立しました。

小規模会社でも人材の技術力と大手取引先の実績があれば、幸せなマッチングが成立する良い例です。実績と数字は何よりも信頼を作ります。

 

まとめ

通訳・翻訳会社の事業売却のポイントを見てきました。

機械翻訳の技術革新で10年後には市場やサービスが大きく変わることが予想されるため、ここ数年が通訳・翻訳事業売買のピークとなるでしょう。

従業員のスキルや取引先との契約を棚卸し、事業の価値を早めに洗い出してみましょう。

優秀な外国語人材が今後も活躍できる事業売却が展開されることが望まれます。

自社スキルの棚卸しや事業価値の判定に時間がかかる場合は、M&Aの専門家に相談してみることを心からお勧めします。

通訳・翻訳会社の事業売却のポイントとは?
通訳・翻訳会社の事業売却を検討している場合に、重要となるポイントはどういった点なのでしょうか。昨今のスピードあるビジネスの中で、事業売却はすでに一般的な経営戦略となりつつあります。本稿では、通訳・翻訳会社の事業売却をする際のポイントとは何か、見込める次のステージや目的、注意点をについて解説します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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