2019年7月24日 水曜日

M&Aの事例から読み解く潮流《通訳・翻訳会社》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

昨今では、人工知能を搭載した自動翻訳機が世に出て話題になっています。なんと74言語に対応した個人向け音声翻訳機を、一般消費者が比較的安価で手にできるのです。

このように、翻訳の機械化が進む中で、これまで人間が行ってきた通訳・翻訳業は今後どのような道を辿っていけば良いのでしょうか。

機械化に乗り遅れた中小の通訳・翻訳会社は現在、事業を存続させるための一つの選択肢としてM&Aを検討し始めています。各社ともそれぞれ生き残りを懸け、同業者と合併したり、大手傘下に入ったりしつつあります。この記事では通訳・翻訳会社が置かれた現状と、業界におけるM&Aの事例についてご紹介していきます。

通訳・翻訳会社におけるM&Aの動き

まずは世の中のM&Aの事例の中から、通訳・翻訳会社の成功例にスポットライトを当て、M&Aの現状について解説します

日本国内の市場は、人口減少が原因で縮小しているという現状もあり、中小企業を中心に生き残りを懸けて、M&Aを救済策の一つとして検討しています。通訳・翻訳業界も同様に、事業を存続させるためにM&Aを考える会社が増加しつつあります。

M&Aは目的が会社ごと、業界ごとに違うので、理解するには業界と対象企業の実態を把握しておく必要があります。

通訳・翻訳会社とは

そもそも、通訳会社と翻訳会社はどのように違うのでしょうか。

【通訳会社】

言語上のサポートを提供することを目的とし、異なる言語を使う人間同士が円滑に意思疎通を図れるように口頭で手助けするものです。

提供するサービスは多岐に渡り、国際会議の場で行う「会議通訳」、報道番組やニュースでの「放送通訳」、ビジネスの場で提供する「ビジネス通訳」などが代表的なものです。

【翻訳会社】

ある言語で表現されたものを他の言語に変換して文書で伝えることを仕事とします。「産業翻訳」や「出版翻訳」、「映像翻訳」などがあります。

M&Aとは

M&Aとは、簡単に説明すると、「ビジネスの売買」、「複数のビジネスを合併」するための手法です。「Mergers=合併」&「Acquisitions=買収」の頭文字からきています。

買収側は新規事業の実施や事業規模を広げる目的を持っています。売却側は自社の生き残りや、コア事業への集中、資金調達や事業承継などを目的としてM&Aを考えています。

通訳・翻訳会社でのM&Aの現状

現在、通訳・翻訳会社では規模の拡大を目的として、大手の傘下入りや同業他社の買収をするケースが増えてきています。その背景には、中小の通訳・翻訳会社が生き残るために、規模の拡大が急務となっている点が挙げられます。通訳・翻訳業界の市場規模は2300億円前後と言われ、2000社以上がひしめいています。そのほとんどは中小企業です。

翻訳業務のオフショア化(コスト削減を目的とし、海外の企業に自社の業務の一部を委託・移管すること)、機械翻訳の発達、競争激化、取引先による選別などにより、中小の通訳・翻訳会社の経営環境は厳しさを増しています。

異業種からのM&Aによる参入も目立ち始めており、人材派遣会社が、グローバル化により、国際会議の通訳業などでネイティブ並みの実力を持つ人材を獲得したいがため、通訳・翻訳会社を買収しこの業界に参入した事例もあります。

通訳・翻訳会社のM&Aの目的とは

通訳・翻訳会社がM&Aを選択する目的や背景には、どのような理由が考えられるのでしょうか。

事業の拡大

M&Aを行う理由として、事業の拡大を挙げる事ができます。中小企業であるなら生き残りを懸け、M&Aをすることは選択肢の一つと言えるでしょう。先ほど述べた通り、通訳・翻訳会社には中小規模の2000社以上が存在しています。

しかし、何がなんでもM&Aを行えば良いというものでもありません。中小の通訳・翻訳会社は業務が専門化しています。同じ分野の業務を遂行している会社を買収する、様々な分野に精通する大手の会社に売却する、異業種の企業に買収される、などM&Aには色々なパターンがあります。会社の専門性が活かされるM&Aを行う事が大切です。

新たなスキル・ノウハウの獲得

M&Aを行う目的として、スキルやノウハウの獲得を挙げることができます。

中小の通訳・翻訳会社は、扱う分野が専門化しており、その特定の分野でのスキルやノウハウを豊富に持っていることが多いです。特定の分野に強い通訳・翻訳会社のニーズは高まっています。特に法律や、医療、製薬、工業、金融のような分野との取引実績がある会社はとても需要があります。

さらに近年、英語だけではなく、アジア圏の言語の通訳・翻訳のニーズが高まっています。様々な言語に対応できる人材を獲得するには各社苦労しています。欲しい事業分野や言語に強い会社をM&Aで買収できれば、語学力や専門知識を持つ人材を探す手間が省けます。

中堅・中小規模の通訳・翻訳会社では、AIを使った自動翻訳機の開発はコスト的に難しいのですが、環境の整った大手に買収されることで、その技術を利用することができるようになります。M&Aで新たなスキル・ノウハウを獲得することで、同業他社の通訳・翻訳会社と差別化を図ることができます。

異業種の新事業への進出

異業種の会社がM&Aで通訳・翻訳会社を取り込むことで、人材確保を行い、ゼロから会社を立ち上げるよりもスムーズに事業を立ち上げることができます。人材派遣業などの異業種の会社が、M&Aを機に通訳・翻訳業界へ参入することもあれば、海外進出を目指す会社が、言語的な問題を解決し、現地での交渉を優位にするためにM&Aを行うこともあります。自動翻訳の技術がこれからもより発展すれば、異業種企業が通訳・翻訳業界へ参入しやすくなっていく事が予想されます。

事業承継の問題をM&Aで解決

通訳・翻訳会社が経営者の後継者不在問題を解決し、事業を承継するためにM&Aを行うケースは増えています。これは通訳・翻訳会社に限ったことではありません。中小企業は経営者の高齢化が顕著になっており、経営者引退に伴う事業承継を行いたいが、後継者が不足しているという現状が多くあります。これを解決する策としてM&Aが用いられています。

最近の通訳・翻訳会社のM&A事例

近年、様々な会社が通訳・翻訳業界のM&Aを実施しています。ここからは通訳・翻訳業界のM&Aの成功事例を2つご紹介します。それぞれの目的や意義を確認していきましょう。

翻訳センターがアイエスエスを買収

2013年に翻訳センターがアイエスエスをM&Aで買収しました。

翻訳センターは産業翻訳を基軸に成長し続けている会社です。1986年に医薬分野の専門翻訳会社として立ち上げられました。語学教育、コンベンション、人材サービス、通訳など事業領域を拡大しています。経営ビジョンに「すべての企業を世界につなぐ言葉のコンシェルジュ」を掲げています。

アイエスエスは人材サービス、コンベンション、通訳の総合語学サービスを提供する会社です。1965年に創業されました。日本初の同時通訳者養成校を1966年に立ち上げ、国際舞台の第一線で活躍する数多くの語学スペシャリスト、プロ通訳者・翻訳者を輩出しています。

このM&Aの目的は事業領域の拡大です。翻訳事業と翻訳者の育成面での相乗効果が目的です。

ロゼッタがインターメディアを買収

2018年、ロゼッタがインターメディアをM&Aで買収しました。

ロゼッタは専門分野に特化した企業研修事業、通訳事業、受託翻訳サービスを行っている会社です。人工知能とインターネットを駆使した高精度の翻訳が業務の核です。2025年には人間に代わって機械での自動翻訳を完成させ、「我が国を言語的ハンディキャップの呪縛から解放する」を解決させることをミッションとしています。

インターメディアは受託翻訳サービスをメインとした業務を行う会社です。1986年に設立しました。医薬系分野の高品質な翻訳を強みとしています。ソフトウェア開発やwebサイト構築、グラフィックツールの制作やDTP、Webサイト構築、ソフトウェア開発まで業務を拡張し、精力的に事業を展開しています。

M&Aによって相乗効果が生まれ、両社のさらなる事業発展と事業拡大を見込めると判断され、ロゼッタが株式を取得しました。その結果、両社の事業発展が期待されています。

翻訳会社は、専門性の高さが企業の価値の一つです。したがって、専門性の強化を図る目的としてM&Aを採用する必要性が語られています。

通訳・翻訳会社のM&Aを実施するうえでのポイント

M&Aは闇雲に行うものではありません。買収すれば必ず成功するわけではないのです。通訳・翻訳業界でM&Aでの買収を成功させるための抑えるべきポイントを3つご紹介します。

  • 経験が豊かな通訳者、翻訳者を抱えているか
  • 受注が定期的にある得意先が存在するか
  • 多言語の通訳や翻訳に対応できるか

それぞれのポイントを詳しく見ていきましょう。

経験が豊かな通訳者、翻訳者を抱えているか

M&Aで大事な1つ目のポイントは、経験豊富な通訳者・翻訳者を抱えているかどうかという事です。訳者に求められる能力が高いので、業界全体を見渡しても人手不足に悩まされています。

最近の自動翻訳機の性能向上により、訳者には、機械以上の技術が求められるようになってきました。そこで、M&Aによってレベルの高い訳者を獲得できれば、人材不足を改善できます。一般的に、10年以上のキャリアを持つ訳者は、M&Aをしてもすぐに実地での活躍が期待できると言われています。

ちなみに、中堅・中小企業が多い通訳・翻訳業界では、社内に通訳者・翻訳者を正社員として登用している会社は多くありません。通訳・翻訳会社は、業務を顧客から受注し、それを登録している外部の翻訳者や通訳に発注するのが常です。つまり、通訳・翻訳会社は顧客との仲介会社と言えます。翻訳内容のチェックは、翻訳会社が行いますが、それ以外の業務は基本的に外部委託です。登録している通訳・翻訳者のレベルが物を言います。

会社としてM&Aに臨む際には、正社員が少ない会社では、様々な契約や手続きが容易に進みます。これも、通訳・翻訳業界でM&Aが活発化している要因の一つでもあります。

受注が定期的にある得意先が存在するか

M&Aを検討する際の2つめのポイントは、売り手側企業に定期的に仕事を依頼している得意先があるかを確認することです。定期的に仕事を受注している企業を買収できれば、M&A後も安定した売上が見込めます。売り手側企業の顧客の規模、取引開始時、受注件数、受注内容、受注金額等を把握することが大切です。

得意先をそっくりそのまま引き継げれば、買い手側企業にとても大きなメリットが期待できます。

多言語の通訳や翻訳に対応できるか

M&Aを成功させる3つ目のポイントは、売却側企業のケイパビリティを確認しておくことです。

通訳・翻訳業界は、2020年の東京五輪や、年々増加するインバウンド効果の影響を大きく受ける業界です。日本国内でも最近は、公共機関で、英語、中国語、韓国語のアナウンスや表示板を多く見聞きします。東京五輪では、それだけでなく、世界各国の言語に通じた通訳の存在が求められるでしょう。

最近では、ビジネスの世界でも、英語、中国語、韓国語に加え、カンボジア語、タイ語なども多くの需要があります。アジア圏言語を得意とする会社を買収することは、買収側に未来につながる、満足いくM&Aになる可能性があります。

まとめ

スマホや音声自動翻訳機を個人が持つことにより、一般人でも日常会話レベルの外国語は手元の操作で事足りるようになりました。また、大手翻訳会社でも自動翻訳の技術を積極的に採り入れており、通訳・翻訳の機械化が急速に進んでいます。ただ、通訳・翻訳は、言語だけできれば済むものではありません。

例えば、通訳になる国家試験では、語学力だけではなく日本の歴史や文化、地理についての知識も要求されます。翻訳においても、専門分野の内容に精通していなければ、それを外国語化することはできません。機械化が進む中でも、こうした能力を持つベテランの通訳・翻訳者のニーズがなくなることはありません。

語学力と専門分野能力の両方を兼ね備えた訳者を抱えた企業は、M&Aに際しても優位な立場に立つことができます通訳・翻訳者の力量が会社の価値を決め、M&Aのアピールポイントになっていくでしょう。

M&Aの事例から読み解く潮流《通訳・翻訳会社》
通訳・翻訳会社は現在、事業を存続させるための一つの選択肢としてM&Aを検討し始めています。本稿では、通訳・翻訳会社が置かれた現状と、業界におけるM&Aの事例についてご紹介していきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年7月24日
事業譲渡の事例から読み解く潮流《通訳・翻訳会社》
2019年7月24日
通訳・翻訳会社の事業売却のポイントとは?
WEBからお問い合わせ
当社はお客様の事を最優先で考える成果報酬型エージェントです。
匿名をご希望されるお客様には、会社情報など一切公開せずにお問い合わせ頂く事が可能です。

お問い合わせ内容

氏名

電話番号

メールアドレス

メールアドレス(確認)

業種

会社名

お問い合わせ内容