2019年1月29日 火曜日
事業承継の事例から読み解く潮流《保険代理店》
Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)
事業承継をどうすればいいのか…そんな悩みを抱えている保険代理店の経営者の方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。悩みの背景は、従業員がほとんど高齢であったり、親族に仕事への理解が得られなかったりと、様々かと思います。
そんな中、事業承継の問題を解決する手段として注目されているのが、M&Aを用いた事業承継です。M&Aと聞くと難しそうで、知識がないと対応できないのでは?と不安になるかもしれません。でも実は、頼れるM&Aの専門家がいたり、いくつかのポイントを押さえれば実はM&Aは身近な手段だったりします。今回はそんな保険代理店の事業承継とM&Aにスポットを当ててご紹介します。
Contents
保険代理店における事業承継の動き
まず初めに、保険代理店における事業承継の動きについてみていきたいと思います。そもそも事業承継とはどういった事を指しており、M&Aとの違いは何なのでしょうか。2つの言葉の意味を明確にした上で、保険代理店業界における事業承継M&Aの動向に迫っていきます。
事業承継とM&Aの違い
似ているようで少し意味合いが異なるのが『事業承継』と『M&A』です。それぞれの言葉の違いを具体的に説明できるという方は意外と少ないのではないでしょうか。保険代理店業界における事業承継の現状を理解する上でも大切なポイントなので、まずは2つの言葉の意味を見ていきましょう。
①事業継承とは
事業承継とは、信頼のおける相手に会社を引き継ぐ事を指します。
事業承継の方法には大きく以下の3つの方法があります。
1つ目の方法は、親族内承継です。読んで字のごとく、自分の子供や兄弟などに事業承継を行う事です。
身内という事もあり、早い時期から事業承継に向けた準備や教育が可能ですし、身内への引継ぎという事もあって周囲からの反発が起きにくいというメリットもあります。古くから親しまれている親族への事業承継ですが、近年では職業選択の多様化が一般的になっていることや、少子高齢化の影響もあって親族内承継の件数は年々減少傾向にあります。
2つ目の方法は、親族外への承継です。会社内で成績の良い従業員や役員へ事業承継する事を指します。
自社の社員への承継なので、会社の文化やルール、これから会社を経営していく上でのビジョンも改めて教育せずとも承継者に備わっているメリットがあります。ただ企業を買い取るためにはそれなりの資金が必要となります。そのため場合によっては社員が事業承継を断るケースもあります。
3つ目の方法が、これから詳しくご紹介するM&Aによる事業承継です。
身内でも社内でも事業承継が難しい場合、M&Aでの売却か廃業するかを経営者は選択する必要があります。経営者自身や多くの従業員にとって最良の選択肢を考えていく上で、M&Aという選択肢は近年特に注目されており、実際にM&Aによる事業承継を実施する保険代理店も増えています。
②M&Aとは
M&Aとは「Mergers & Acquisitions」を略した言葉で、直訳すると「合併と買収」という意味です。つまり企業同士で合併する行為や、企業を売買する行為を指しています。
M&Aの広義の意味としては、上述した企業の合併と買収だけでなく、提携までを含める場合もあり、複数の会社が一つの共通した目標に向けて協力する事を指します。またM&Aは主に以下の方法があります。
・株式譲渡
・合併
・事業譲渡
・株式移転、交換
・会社分割
これらの方法を用いた企業間のM&Aは、双方の企業納得のもとに適切に行われれば、売り手企業・買い手企業共に大きなメリットをもたらします。例えば事業領域の拡大、経営基盤の更なる強化、後継者問題の解決に対してもM&Aは有効な手段です。M&Aは企業の存続と更なる発展をサポートするダイナミックな手段であると言えます。
事業承継においてM&Aが用いられる背景
それではなぜ、事業承継にM&Aが多く用いられるようになってきているのでしょうか。既に上述していますが、そこにはいくつかの社会問題も影響しています。それは職業選択の多様性が社会的にも認められている事や、少子高齢化の影響が保険代理店業界でも深刻なためです。実際に後継者の問題を抱えている保険代理店の経営者は多く、具体的には以下のような課題が挙がっていました。
・子供がいないためどの様に事業を承継するか困っている
・子供が事業を承継する事に前向きではない
・社内に経営者として適任な人物が居ない
今後、少子高齢化が更に進行することで、このような悩みはより一層深刻になると考えられます。そうした現状を反映するかのように、M&Aによる事業承継の件数は年々伸びています。
事業承継M&Aの動向
事業承継のためのM&Aの件数は毎年増加傾向です。2018年にはなんと3000件に達しています。少子高齢化などの影響もあるので、今後さらに事業承継のためのM&Aの件数は増えていく事が考えられます。
もともとM&Aは会社を売り払うというネガティブなイメージが強いものでした。しかし近年ではM&Aは企業同士がより前向きにお互いのビジョンに向かっていくための一つの選択肢として、幅広く受け入れられるようになっています。現在ではベンチャー企業やスタートアップ企業など中小規模の企業でも経営戦略として選択肢にM&Aを含めるようになっています。
最近の保険代理店の事業承継事例
続いては実際の保険代理店の事業承継M&Aの事例をご紹介したいと思います。
売り手側と買い手側のそれぞれの事情や狙いに注目してみていきましょう。
【企業情報:売り手側】
社名:A社
業種:保険代理店
年商:約5000万円
従業員数:5名
所在地:神奈川県
【企業情報:買い手側】
社名:B社
業種:保険コンサルティング業、保険代理店
年商:約12億円
従業員数:50名
所在地:東京都
【売り手側(A社)の背景と狙い】
A社は、20年以上前に保険代理店として社長が独立して立ち上げた企業で、専業代理店として運営を続けてきた会社です。近年は大手保険会社主導によって、保険代理店同士の統廃合や合併が急速に進んでいました。その影響で事務量が増大したり、手数料収入が減少したりと、A社の様な小規模な代理店には非常に苦しい環境が続いていました。
A社の社長も還暦を迎え、自社の将来について真剣に考えていかなければならないと感じていました。現状を踏まえると自社の様な小規模な保険代理店では生き残っていくのは厳しいのではないか、という不安もありました。
親族や社内での事業承継も検討しましたが、自社の生き残りを本気で考えた場合、より規模の大きな安心して自社を任せられる企業に会社を譲渡しようと、M&Aを決断しました。
【買い手側(B社)の背景と狙い】
B社は中小企業を対象とした保険コンサルティング事業や保険代理店業務を行う会社です。B社はお客様視点に立った丁寧な対応を心がけた保険コンサルティングを最大の特徴としており、ここ数年業績を着実に伸ばしてきています。
より企業の規模を拡大して、さらなる顧客の獲得や顧客満足度の向上を図りたいと考えており、M&Aによる保険代理店企業の買収に興味を持っていました。A社のビジョンや職員のマインドに共感した事が、A社をM&Aの相手に選ぶ決め手となりました。
保険代理店のM&Aを実施するうえでのポイント
最後にお伝えしたいのは、保険代理店のM&Aを実施する上でのいくつかの大切なポイントです。
M&Aはすぐに実行できるものではなく、一連のアクションにはそれなりの時間と手間を要します。そのため、誰しもがなるべくスムーズかつ満足のいく結果に終わらせたいと思うはずです。
以下に、M&Aを行う上で重要視すべき5つのポイントをまとめました。実際にM&Aを行う前の検討項目として、考えてみて頂けたら幸いです。
①社員の資格の保有状況をよく確認する
保険代理店において、お客様に保険商品を販売するという基本的な業務を行う為には、資格の取得が必須です。生命保険、損害保険の商品を取り扱っている保険代理店であれば、「➀生命保険募集人資格」・「②損害保険募集人資格」の2つの資格試験への合格が求められます。
「➀生命保険募集人資格」・「②損害保険募集人資格」共に複数の試験で構成されており、より専門的で幅広い保険商品の販売を行う為には、複数の試験への合格が望ましいです。M&Aの対象に考えている企業の社員の資格保有状況はまず確認しておくべき事項と言えます。これから販売に力を入れていきたい保険商品の販売資格が、相手企業の社員にあるのかは特によくチェックしておきましょう。
②スムーズに資格取得できる環境が整備されているかチェックする
保険商品をお客様に一つでも多く販売したい。そんな熱い思いがあったとしても、資格を保有していなければお客様に保険商品の販売はできません。そこで大切になってくるのが、企業側の環境整備です。
例えば資格取得のための援助金制度や勉強会といった学習面でのサポートがあるかどうかです。これから新たに保険商品をお客様に販売していこうとするスタッフが、スムーズに資格を取得できるか否かは今後の事業の発展に大きく影響します。資格取得に向けた環境整備が出来ており、社員の教育や勉学へのマインドが高い企業であれば、M&A実施後にも高いパフォーマンスが期待できるでしょう。
③保険商品の販売形態をよく考える
近年では保険のネット販売もよく目にする様になりましたし、街を歩いていても「ほけんの窓口」に代表される店舗型の保険代理店も増えているのが分かります。一昔前の保険の営業担当者が訪問販売していた頃に比べると、保険の販売手段は多様化しており、消費者側のニーズに合わせて保険の販売形態も広がっています。
実際にM&Aを考える際も、対象の企業がどの様な保険の販売形態を強みにしているのかをよく考えるようにしましょう。自社の強みとしている販売形態をさらに強化したいのか、それとも新たな方法を取り入れて、新規の顧客を呼び込みたいのか、慎重に判断したいところです。
④M&Aの専門家を起用する
M&AにはM&A仲介会社やM&Aアドバイザリーと呼ばれる専門家がいます。彼らはM&Aの一連の業務を一貫してサポートしてくれる心強い存在です。M&Aを実際に考える際は、M&A仲介会社やM&Aアドバイザリーといった専門家にサポートしてもらうのが一般的で、M&Aを考えている企業だけの力でM&Aを自力で行う事はほとんどありません。
特に中小規模の保険代理店でM&Aを考える場合であれば、本来業務の事も考えるとM&Aの専門家を起用するのは必須条件とも言えます。M&A仲介会社やM&Aアドバイザリーを起用する際のポイントとしては、一口にM&Aといってもその種類や業界など様々である事と同様に、M&Aのプロフェッショナルと言っても、得意としている分野がそれぞれにあります。よく見定めて最適なパートナーを見つけましょう。
⑤相手企業の考えをよく理解する
M&Aに限らずビジネス全般で言える事ですが、相手の企業の戦略やビジョンなど、何を考え動いているのかを理解しようとする姿勢はM&Aでも大変重要です。買い手側と売り手側、それぞれの考えに不一致が多いようでは、M&Aもうまくいきません。相手の主張をよく聞いて、時には歩み寄ろうとする事も大切となってきます。
M&Aは企業の売買が成立したらそこで終わりというものではありません。その後も事業運営は続いていきますし、更なる発展を経営者は願っているはずです。M&Aの交渉段階にて、お互いの企業の考えについて綿密にすり合わせを行うようにしましょう。
まとめ
保険代理店業界における事業承継の動きや事例、M&Aを活用する際のポイントについてみてきましたが、いかがでしたでしょうか。
保険代理店業界でも生き残りをかけたシェアの奪い合いは激しくなっており、少子高齢化などの影響も色濃く受けているのが分かって頂けたかと思います。そんな中でM&Aという手段は状況を打開する1つの手段として、高い注目を集めています。
本記事が実際にM&Aを考えている保険代理店の経営者の方の参考になりましたら幸いです。