2019年6月25日 火曜日

人材サービス業のM&Aを実施する前に考えておきたいこと

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

人材サービス業のM&Aを実施する前に考えておきたいこと

近年は、多くの業界で組織再編が進められており、事業拡大を目的としたM&Aが増加しています。とくに、人材サービス業はM&Aが活発な業界のひとつで、新聞やニュースで取り上げられるような大規模案件も多く実施されています。この記事では、人材サービス業が置かれている現状を分析したうえで、M&Aを実施する経営者が何を目的としているか、どういった企業がM&Aを実施しているかについて解説していきます。

 

人材サービス業のM&A

人材サービス業は、求人企業のニーズに応じた人材を派遣、もしくは紹介する事業のことです。人材派遣、人材紹介、再就職支援の3業種から形成されている業界で、国内景気の回復に伴って市場規模が拡大傾向にあります。

とくに、市場規模が大きい人材派遣業は、資本系と独立系に分けられています。労働者派遣法が改正されたことでグループ企業間での派遣が規制されてからは、独立系企業が他社の系列企業である資本系企業を買収する事例が増加しているといわれています。

法規制が実施された2015年9月以降は、新規参入が活発だった業界であり、事業者の多くが中小企業という特徴があります。人材が揃っていれば少ない設備投資で安定した収益を得られる事業なので、中小企業でも一定の資金力を付けやすく、M&Aを実施しやすい環境が整っている業界なのです。

また、さまざまな業種から需要があるので、会社ごとに異なるノウハウを蓄積しやすく、事業拠点も各地に分散させていることから、M&Aによるシナジー効果が期待しやすいです。

 

人材サービス業界への新規就業者は増加傾向にありますが、優れたスキルを持つ人材ほど大手企業を選択する傾向が強く、人材不足に悩む中小企業は多いといわれています。M&Aを実施することで人材を確保するとともに、会社のネームバリューを強化して新卒を多く確保しようとする中小企業は増加傾向にあるのです。

2008年のリーマンショック以降から、人材派遣に関する規制や制度見直しが厳しくなっているので、事業体制のチェックが行き届かない企業は、人材派遣の利用を控える傾向にあります。需要が停滞している状況では大手企業が信頼を集めやすく、中小企業は取引先の維持や確保が困難となっているのです。

市場規模は成長傾向にありますが、多数の中小企業に人材が分散していることや、少子化による先行不安などから業界再編が進められています。大手派遣業者の間でも、事業領域の拡大やシェア獲得に向けてM&Aを実施する流れが活発化しています。

 

人材サービス業のM&Aを行う理由は?

人材サービス業を行うM&Aの理由について、深掘りしていきます。まずは、売却側企業の理由について見ていきましょう。

 

売却益の獲得

人材サービス業のM&Aで、会社または事業を売却することで現金を獲得できます。M&Aによって得られる金額は、譲渡する事業資産に応じて変動します。従業員を引き継ぐケースが多い人材派遣業、人材紹介業のM&Aでは、売却金額が高額になりやすい傾向があります。

売却側企業が獲得した資金は、債務の返済や事業拡大などに用いられるほか、経営者が退職する場合は役員報酬という名目で獲得することも可能です。また、事業資産を第三者へ譲渡することで、経営者の個人保証や担保を外せることもあります。

 

後継者問題の解決

人材サービス業は、大手企業による影響力が強い業種です。新規就業者が大手企業へ集中しやすく、多くの中小企業が後継者不在で廃業を検討しているといわれています。

近年は、経営者の平均年齢が高くなっていることに加え、経営者の子息に対する職業選択の自由を重視し、従業員や役員が株式譲渡にかかるコストを支払えないために、後継者不在に悩む中小企業が増加しています。

M&Aは、相手企業を探すところから引継ぎまでをスムーズに完了できた場合、1年ほどかかることが多いです。しかし、人材サービス業はM&Aで引き継ぐ際に調べる必要がある項目が多いので、経営者の年齢や会社の財務状況には、余裕を持って確認しておかなくてはいけません。

後継者問題を解決する手段として、M&Aで会社売却、あるいは事業譲渡を行う中小企業が近年増加しています。他社へ人材サービス業を引き継ぐことで、取引先へのサービスを継続できるほか、従業員へ引き続き業務を提供することができます。

 

従業員の引継ぎ

人材派遣、人材紹介会社には中小企業が多く、後継者不在や人員不足による業績低下などで、廃業を検討するケースが少なからずあります。廃業した場合は、従業員の雇用を解消しなくてはいけませんが、M&Aで他社へ事業を引き継ぐことで、従業員の雇用を存続することができます

 

大手企業の傘下に入る

中小規模の人材サービス業者が、M&Aを実施して大手企業のグループ企業となった場合、経営資源を共有することで、財務状況を安定させることができます。さらに、強力なネームバリューや効率化された事業体系を獲得できるので、事業を効率的に拡大することができます。

経営状況が安定している中小企業が、継続的に業績を伸ばすために、大手企業の傘下に入るM&Aの事例も近年増加してきています。とくに、人材サービス業界は全体的に人手不足で、中小企業が大手事業者への株式譲渡や事業譲渡を検討しやすい環境にあるのです。

 

資産要件への対応

人材派遣事業を行うのに必要な条件のひとつに、「資産要件を満たしている」という条件があります。具体的な条件は、下記の3つです。

  • 資産総額から負債総額を控除した額が、2,000万円に事業所数を乗じた額以上
  • 基準資産額が、負債総額の1/7以上
  • 事業資金として自己名義の現金預金が、1500万円に事業所数を乗じた額以上

M&Aで、大手事業者へ会社を売却することで資産要件を満たしていれば、無理な借入や増資を行わずに事業を存続することができるのです。次に、買取側企業の理由について見ていきましょう。

 

人材の確保

人材サービス業は、さまざまな職種の企業へ人材を派遣する必要があり、対応できる職種が多いほど収益を確保しやすくなります。事業領域を拡大するほど必要な人員も増加していくので、大手事業者が事業規模のさらなる拡大を図って、海外の同業他社を買収したり、獲得したい事業ノウハウを持っている企業を買収したりするケースは増加しています。

近年は、IT事業への人材派遣、紹介需要が高騰しているので、IT企業を買収することで短期間で人材を揃える、といったケースも想定されます。また、大手事業者が派遣先企業を買収して、人材獲得と社員教育の効率化を実現する事例も存在するのです。

 

従業員増加による対応力強化

人材サービス会社を買収した場合、一定以上の業務スキルを持った従業員を複数人引き継ぐことができます。従業員の人数が増えることで、単純に多くの案件に対応できるようになるだけでなく、買収側企業が展開していない業務スキルを獲得することもできます。新たなノウハウを得られない場合でも、人数の確保がネックとなっていた案件へ対応できるようになり、獲得できる案件の増加が見込めます。

 

事業ノウハウの獲得、共有

買収側企業と異なる業種に人材派遣、紹介を実施している企業をM&Aで獲得することで、相手企業の持つ事業ノウハウを直接獲得することができます

人材サービス業者が対応する業種を新たに増やす場合は、社員教育や案件獲得などに多大な費用と時間が必要です。M&Aによって他社を買収することで、ノウハウの獲得に必要な時間やコストを削減することができます。

新たな分野に進出する以外にも、同じ強みを持つ企業を買収することで特定の事業に特化し、安定した需要を獲得するという手法もあります。中小企業が買い手となる場合、幅広く展開するよりも狭い分野で高い評価を得る方向性でM&Aを実施するケースが多いのです。

 

スケールメリットの拡大

M&Aによって他社を買収した場合は、事業規模が拡大するので、スケールメリットを拡大する事ができます。事業規模が拡大することで、多くのメリットを得られる可能性があります。

人材サービス業を運営する大手企業の多くは、M&Aによって多様な事業に対応範囲を広げており、営業拠点を全国的に展開しています。グループ企業を増やすことで、買収側企業の年間固定費を大きく変えずに事業規模を拡大できるというメリットがあります。結果として、1件あたりのコストを下げて収益を上げることが可能になるのです。

 

人材サービス業のM&Aを行うタイミングは?

近年は人材サービス業のM&Aが増加傾向にあり、売却先や買収対象となる案件が見つかりやすい状況です。

人材サービス業は取引先企業の業績や、派遣・請負に関する法規制に経営状況が左右されやすいです。M&Aを実施する際は売却側、買収側企業双方の取引先を把握、法規制を順守しているか、といったチェック作業に時間を割く必要があります。

M&A仲介業者を活用して手続きを進めた場合、経営者同士のトップ面談から引継ぎ完了までに1年ほどかかることが多いです。

また、事業譲渡を用いる場合は雇用契約を引き継ぐ過程で時間がかかりやすいので、売却側企業の経営者は、年齢や経営状況に余裕がある間にM&Aを実施することをおすすめします

現在は業界再編が進められているので、M&Aを行うのに適したタイミングでしょう。しかし、具体的な実施時期は、M&A仲介業者へ相談してから決めることをおすすめします。

 

人材サービス業のM&Aを実施するのは誰か?

人材派遣業や人材紹介業のM&Aは、国内の大手事業者同士による統合や海外企業を対象とした、大規模なM&Aが近年活発に実施されています。2008年に起こったリーマンショックで、人材サービス業者は売上げが落ち込みましたが、スケールメリットを重視したM&Aを重ねて、業績を回復させた事業者が多く存在しています。

大手事業者が活発に経営資源の集約を図るなかで、中小企業が買い手となるM&Aも増加傾向にあります。人材サービス業は常に一定の需要がある事業であり、新規参入に必要なコストも低いことから中小企業が多いです。シェアを奪い合う状況から抜け出す目的で、他社を買収して事業規模を拡大する中小企業や、大手企業に会社を売却して、グループ企業に入ることを目的としたM&Aを実施する中小企業は、近年増えてきています。

また、人材派遣会社や人材紹介会社の経営者は、中小企業をメインとして高齢化が進んでおり、親族や社員に事業を引き継げる人物がいない場合に、M&Aを実施する企業が増加しています。

 

人材サービス業のM&Aの相談先は?

人材派遣、人材紹介会社に対するM&A需要は売却、買収ともに高いです。経営者の目的に沿った相手企業と、M&Aを実施するにはM&A仲介業者のサポートを受け、できるだけ広範囲のネットワークから希望条件に合った相手企業を探すことをおすすめします。

M&A仲介業者は、M&Aを実施する際に不可欠な売却先、買収対象を相談元の経営者へ紹介する専門業者です。M&Aに必要な書類業務や、事業価値の算定などもサポート対象としている業者が多く、交渉過程では経営者同士の間に入って、M&Aをスムーズに進めていく役割を担っています。

M&A仲介業者のサポートを受ける場合、着手金、月間報酬、中間報酬、成功報酬といった各種費用が発生します。月間報酬は、M&Aが成約したときに還付する業者もいますが、着手金は結果に関わらず支払う必要があります。業者によって報酬規程は異なるので、コストを抑えたいなら完全成功報酬制である業者を選ぶようにしましょう。

M&Aが成立したときの報酬は、取引金額の数%ほどのケースが多いですが、取引金額をどう定義するかは業者によって異なります。譲渡金額を取引金額と定義した場合に、報酬がもっとも抑えられます。

買収を行う場合は、資金確保を目的として金融機関へ相談することもあるかもしれませんが、金融機関からM&Aに関するアドバイスを受ける場合は、高額な手数料が必要になる場合が多いです。とくに、外資系の銀行である場合は、大手企業へ仲介を行ってくれる可能性はあります。小規模なM&Aである場合は、売却金額に対して手数量が割高になる可能性が高いので注意するようにしましょう。

 

まとめ

人材派遣や人材紹介会社は、他業種の景気や法規制などによって業績が変動しやすく、M&Aを実施するタイミングが難しい業種です。しかし、幅広い業種から需要がある事業特性上、M&Aによるシナジー効果を形成しやすく、買収側企業と売却側企業の需要と供給が、一致しやすい業種でもあります。M&Aを実施するときに注意が必要なポイントも多いので、M&A仲介業者のサポートを受けて慎重に進めていきましょう。

人材サービス業のM&Aを実施する前に考えておきたいこと
人材サービス業はM&Aが活発な業界のひとつで、大規模案件も多く実施されています。本稿では。人材サービス業が置かれている現状を分析したうえで、M&Aを実施する経営者が何を目的としているか、どういった企業がM&Aを実施しているかについて解説していきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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