2019年6月24日 月曜日

事業譲渡の事例から読み解く潮流《人材サービス業》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

この記事では、人材サービス業界におけるM&A動向や、事業譲渡が実施されている背景を解説して、人材サービス業者による事業譲渡の事例を紹介していきます。事業譲渡を検討する経営者の方が知っておきたいポイントに関しても解説していきます。

 

人材サービス業における事業譲渡の動き

まずは、人材サービス業界の近況やM&A、事業譲渡に関する動向と、事業譲渡の仕組みを解説していきます。

 

事業譲渡とは

事業譲渡とは、会社が持つ事業を他社へ譲渡することです。企業間取引であることが特徴で、事業資産の全部、もしくは一部を譲渡することができます。

事業譲渡でノンコア事業を売却してコア事業へ専念できるようにしたり、コア事業を売却して新事業を始める資金にしたりする方法が行えます。ただし、売却側企業の経営者が譲渡した事業を再度実施することは制限されているので注意が必要です。

また、事業譲渡では全事業を売却した場合でも、売却側企業の法人格は残るという特徴があります。現在の事業を譲渡した後、再度法人格を取得しなくても異なる事業を始められるのです。

 

人材サービス業界の近況

人材サービス業者の9割以上は中小企業であるとされており、近年における労働者人口の減少や労働者派遣法の規制強化など、事業運営が困難になる事業者が増加しています

1986年に派遣法が施行されて以降、参入規制の緩和が繰り返されたことで総事業者数が大きく増加してきましたが、リーマンショックが起こった2008年以降は減少してきています。人材サービス業者は、他業種の市場動向や法律関係による影響を受けやすく、2008年以降は従業員や資金不足が原因で多くの中小企業が廃業しています。近年は多方面で業界再編が進んでいる影響から、派遣事業を中心として人材サービス業界の市場規模は拡大傾向にあります。

 

M&A動向

近年は多くの業種で人材不足が問題となっており、人材派遣や人材紹介会社に対するニーズは増加傾向にあります。しかし、人材サービス業界でも人手不足は共通の問題であり、M&Aを実施して人材確保を図る企業が近年増加しています。

人材サービス業界では、大手事業者によるM&Aが特に注目を集めやすいですが、後継者問題や人手不足の解決を目的とした中小企業によるM&Aも活発に実施されています

人材派遣業や人材紹介業は、資産要件を満たしていれば低コストで開業可能であり、設備投資も抑えやすいので、中小企業でもM&Aを実施する資金を調達しやすいという特徴があります。2015年の派遣法改正で既存業者への資産要件が厳しくなったことから、中小規模の派遣業者が資産要件を満たす目的で事業譲渡、M&Aを実施するという事例も近年増えています。

人材サービス業はあらゆる業種と関連があることも特徴で、事業譲渡によって他社の従業員や事業ノウハウを獲得できるので、多くのメリットがあります。近年は、M&Aによる買収、売却事例が増加しており、中小規模の人材サービス業者が事業譲渡を実施するのに適した環境なのです。

また、人材派遣や人材紹介会社の経営者の多くが、事業承継の時期を迎えています。親族や会社内に事業を引き継げる人物が居ない場合に廃業を回避する手段としても、事業譲渡や株式譲渡によるM&Aが注目されています。

 

最近の人材サービス業の事業譲渡事例

最近、人材サービス業界で実施された事業譲渡の事例をご紹介します。

  • グローバルウェイが国内向け転職webサービス事業を譲受
  • 夢真ホールディングスが建築技術情報センターの講習会事業を譲受
  • アント・キャピタル・パートナーズがパシフィック・アソシエイツ・リミテッドおよびPAL・Healthcare の事業を譲受
  • パソナがNTTグループの人材サービス会社6社の株式取得および事業譲受を実施

 

グローバルウェイが国内向け転職webサービス事業を譲受

会社員向けの情報プラットフォーム”キャリコネ”を運営する株式会社グローバルウェイは、就職情報を提供している株式会社ディスコより、国内向け転職webサービス”キャリタス転職を譲受することを発表しました。対象企業が運営するwebサービスは20代社会人を主なターゲット層としており、同社が展開する社会人の転職サポート事業と統合を実施することで採用支援事業を強化する目的があるとされています。

 

夢真ホールディングスが建築技術情報センターの講習会事業を譲受

株式会社夢真ホールディングスは、自社グループの子会社である株式会社夢エデュケーションを通じて、一般財団法人建設技術情報センターより講習会事業を譲り受けることを2016年8月に発表しました。夢エデュケーションは人材の教育、育成を主力事業とする企業であり、IT事業向けのエンジニアを育成することを主な業務としています。一方、対象企業は建築系、IT系資格の取得を目的とした講習会事業を展開しています。同社が当事業を譲受することで、事業展開に必要な基盤作りおよび今後の発展につながるとしています。

 

アント・キャピタル・パートナーズがパシフィック・アソシエイツ・リミテッドおよびPAL・Healthcare の事業を譲受

アント・キャピタル・パートナーズ株式会社は、2016年11月に自社の子会社であるPAL株式会社を通じ、パシフィック・アソシエイツ・リミテッドおよびPAL・Healthcareの事業を吸収分割により譲受しました。同社は主に国内の未上場企業を支援する投資会社であり、プライベート・エクイティ投資、セカンダリー投資での運用額が1,000億円を超える大手事業者です。当事業譲受により、事業運営の強化並びにさらなる成長および発展につながるサポートを積極的に推進していくとしています。

 

パソナがNTTグループの人材サービス会社6社の株式取得および事業譲受を実施

株式会社パソナは、日本電信電話株式会社(NTT)グループの人材サービス会社6社の株式取得、および事業譲受に関する契約を2017年3月に締結しました。パソナはNTTヒューマンソリューションズ株式会社とテルウェル・ジョブサポート株式会社の株式を取得して子会社化するとともに、同グループから他4社の人材派遣事業を譲り受ける契約を締結しました。当株式取得および事業譲受により、パソナは地方への営業活動を強化するとともに、NTTグループへの人材派遣、インソーシング、教育・研修サービスなどを拡大するとしています。

 

人材サービス業の事業譲渡を実施するうえでのポイント

人材サービス業は、事業譲渡によるメリットが多い業種ですが、問題なく手続きを進めるには、多くのポイントを押さえておく必要があります。事業譲渡を検討している方が、知っておくべきポイントを解説していきます。

 

実際に引き継げる従業員の人数

人材派遣、人材紹介会社が事業譲渡を実施する場合、実際に稼働している従業員と数値上の所属人数が異なっていないかは、必ず確認してください。データ上は所属していても長期間勤務実績がなく他社で働いていた、という事例があるからです。

人材サービス業界でのM&Aは、従業員の引継ぎが重要なポイントとなることが多く、相手企業に誤った情報を伝えてしまうと、事業譲渡を断られるリスクがあります。

また、現在は所属していても、事業譲渡が成立するまでに契約期間が切れそうな従業員がいる場合には、前もって契約を更新するかどうか明確にしておくことも大切です。

 

従業員のスキルや保有資格

売却側企業の経営者は、実際に引き継ぐ従業員がどういった事業スキルや専門資格を持っているかを、把握しておく必要があります。人材サービス業を事業譲渡する場合、どのような職種に対応できるかを明確にしておくことで、買収先を見つけやすくなるメリットが得られるからです。

売却額の向上を目的とする場合、有効求人倍率が高い事業に対応できる企業は買収先が見つかりやすく、高額売却が図りやすいといえるでしょう。近年では、平均的に求人倍率が高いですが、とくに東京五輪が近い建築業や、技術革新が早いIT事業などは、人材サービス業者への需要が高く買収ニーズも高いです。

 

取引先の状況

人材サービス業を譲渡する際のポイントとして、どういった企業へ人材を派遣、紹介しているかが重要になってきます。取引先の件数、業種、案件の規模、契約期間などが主に評価対象となるポイントです。

さまざまな業種に大手企業を含む複数の取引先を持ち、長期的、継続的に依頼を受けている取引先が揃っているといったポイントが、高く評価されやすい条件です。とくに、安定した取引先が何件あるのかは、売却時の価格に大きく影響するポイントです。

事業譲渡では、売却側企業の収益力や将来性といった要素が売却価格を左右するので、安定した取引先を持つことで事業譲渡を有利に進めやすくなります。

 

早めに準備を始める

人材サービス業者が中小規模の事業譲渡を行う場合、1社との交渉に6ヶ月から一年ほどかかることが一般的です。最初に見つかった相手企業と成約まで進めるとは限らず、次の売却先候補を探すにも時間は掛かります。

事業譲渡を進めている間は会社経営との同時進行になるので、交渉期間が長期化してくると経営者に大きな負担がかかります。事業譲渡を進めるときは、経営者の体力面や年齢に余裕がある間に手続きを完了させる必要があります

また、無事に事業譲渡を実施できた場合でも、引継ぎ作業としてしばらく相手企業に在職を求められることがあります。事業譲渡直後にリタイアを検討している場合は、引継ぎ期間があることを想定して、早めに事業譲渡の準備を進めておくといいかもしれません。

 

売却額の相場を把握する

譲渡する事業内容によって、相場となる価格は大体決まっています。具体的には、売却側企業の時価純資産に営業権を加算して売却価格を算出します

営業権とは、譲渡対象とする事業が持つ収益力を数値化したものです。売却側企業が持つ事業スキルや取引先との契約関係などを買収側企業が獲得することで、将来的に得られる収益額を予測した数値ともいえるでしょう。

営業権は、売却側企業の税引き後利益の3~5年分として計算することが一般的です。何年分として計算するかは、対象事業の成長力や事業譲渡によるシナジー効果などによって異なります。

時価純資産や営業権の算出には、さまざまな専門知識が必要となります。人材サービス業の事業譲渡を検討している方は、税理士や公認会計士といった会計面の専門業者や、M&A仲介会社へ協力を依頼したうえで進めていくことをおすすめします。

 

事業譲渡は決まるまで公表しない

M&A全般にいえることですが、人材派遣や人材紹介会社が事業譲渡を実施する際は、契約が決まり譲渡を実行する当日まで、取引先や一般社員には計画を伏せておく必要があります

一部公表が必要な場面としては、事業譲渡に必要な書類をまとめるうえで、経理責任者や人事担当者などに説明する場合や、相手企業からの調査過程でインタビューが必要な場合などが挙げられます。

事業譲渡が決まる前に社員や取引先に知られてしまうと、実際の理由に関わらず経営者への不安感を与える要因になり、離職や契約打ち切りといったリスクがあります。実施当日に通達する場合でも、経営者が明確な目的を持って進めた事業譲渡であれば、従業員は納得、同意することが多いといわれています。

 

M&A仲介会社の選び方

事業譲渡はM&Aの中でも複雑な手続きが必要であり、スムーズに実施するには財務面、法律関連の専門知識が必要です。実際に事業譲渡を行う企業は、M&A仲介会社にサポートを依頼することが多いです。

M&A仲介会社とは、M&Aによる売却、買収を検討している企業同士の仲介を行い、経営者の意向に沿った企業探しをサポートする役割があります。

事業譲渡に必要な書類作成や、相手企業との直接交渉時に、経営者間の架け橋的な役割を担ってくれる仲介会社も多いです。

人材サービス業に適したM&A仲介会社を探すときは、人材サービス業が持つ事業特性や最近の市場動向に関して詳しく、人材サービス関連のM&Aの実績を多く持つ仲介業者を選ぶようにしましょう。

また、中小規模の案件である場合は、中小企業のサポートが得意であるM&A仲介会社を選ぶことをおすすめします。事前相談は無料でやってくれることがほとんどで、場合によっては一度相談することで問題が解決することもあります。ぜひ、参考にしてみてください。

 

まとめ

人材サービス業界は、業界再編が進められている時期で、中小企業が事業譲渡を実施しやすい時期です。事業譲渡は複雑な手続きが必要になる手法ですが、基本的な流れを把握した上で、専門業者のサポートを受けながら進めることで、スムーズに実施することが可能となるのです。

事業譲渡の事例から読み解く潮流《人材サービス業》
人材サービス業界におけるM&A動向や、事業譲渡が実施されている背景を解説して、人材サービス業者による事業譲渡の事例を紹介していきます。事業譲渡を検討する経営者の方が知っておきたいポイントに関しても解説していきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年6月24日
事業承継の事例から読み解く潮流《人材サービス業》
2019年6月24日
人材サービス業の事業譲渡を検討する際のチェック項目
WEBからお問い合わせ
当社はお客様の事を最優先で考える成果報酬型エージェントです。
匿名をご希望されるお客様には、会社情報など一切公開せずにお問い合わせ頂く事が可能です。

お問い合わせ内容

氏名

電話番号

メールアドレス

メールアドレス(確認)

業種

お問い合わせ内容