2019年4月8日 月曜日

ホテル・旅館のM&Aを実施する前に考えておきたいこと

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

2018年の訪日外国人旅行者数は3,119万人で2010年の861万人と比較して3.6倍以上の伸びとなっています(「訪日外客数」日本政府観光局)。政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」のなかで2020年に4,000万人、2030年に6,000万人の訪日外国人旅行者数を目標に掲げており、これから2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博などに向け、より一層の訪日客数の増加が見込まれます。

旺盛なインバウンド需要を背景にホテル・旅館業界は活況を呈しています。2010年の延べ宿泊者数4億1,300万人泊(うち外国人2,700万人)から2018年は5億900万人泊(うち外国人8,800万人)と23%増、外国人は3.25倍となっています(「宿泊旅行統計調査」観光庁)。

大きく成長を続けるホテル・旅館業界では再編も進んでいます。ホテル・旅館のM&Aを実施する際に考えるべきポイントについて見ていきます。

 

ホテル・旅館のM&A


急激なインバウンドの増加により、ホテル・旅館の宿泊業全体では、高い需要が続いています。2019年1月の客室稼働率はシティホテルが69.7%、ビジネスホテルが65.4%、リゾートホテルが52.1%、旅館が33.5%でした。旺盛な需要によりホテルは高い客室稼働率を維持していますが、旅館は需要を取り込み切れていないことがうかがえます。現在、宿泊予約の中心はインターネット予約ですが、主に個人が経営する旅館ではインターネット予約サイトの仲介手数料負担の重さにより、予約のオンライン化が進んでいません。これにより、地方にまで及んでいるインバウンド需要のメリットを取りこぼしている状態だと言えます。また、経営者の高齢化も進み、後継者不足の問題が顕在化しています。

ビジネスホテルの大手事業者は地方のホテルを積極的に買収することで規模の拡大に動いています。また、事業再生に強みを持つ大手の事業者が経営状態の悪化や後継者難に悩むホテル・旅館を買収することで事業承継・再生を行う例も目立ちます。

M&Aがニュースで取り上げられる際は、「敵対的買収」であることが少なくありません。敵対的買収の「敵対」は、買収対象企業の役員と買収側が対立しているという意味で、買収そのものが反社会的であるということとは必ずしもイコールではありませんが、乗っ取りなどのあまりよくないイメージで語られることは多いようです。

しかし、中小事業者を対象とした買収の多くは、株式が非公開であるために敵対的な買収が成立せず、双方の合意に基づいて行われます。中小事業者では従業員も会社の大切な財産であり、買収によりリストラが行われることは多くありません。現在はM&Aは事業承継のためのごく一般的な選択肢であると言えます。

 

ホテル・旅館のM&Aを行う理由は?


ホテル・旅館をM&Aにより売却するのにはさまざまな理由が考えられます。

 

後継者問題を解決するため

少子高齢化の影響は経営者にもおよび、現在、中小企業経営者の平均年齢はおよそ66歳です。一方、平均的な引退年齢は68歳から69歳前後と推察されることから、多くの経営者が引退の時期を迎えていると思われます。

しかし、少子化の影響で経営者に子供がいない、少ない子供の中に現在の厳しい経営環境に耐えられる人物がいない、子供が家業を継ぎたがらないといった理由で、後継者に悩む経営者は少なくありません。

身内による事業承継が年々難しくなっているため、現在は第三者に経営を託す(M&Aによる事業承継を行う)ケースが増えてきました。M&Aを活用することにより、身内に後継者がいない場合でも廃業せず事業を継続することが可能です。

 

事業の選択と集中のため

ホテル・旅館業が非コア事業で、経営資源の分散が課題である場合、売却することで核となる事業に集中して取り組めるようになります。中心となる事業以外を切り離して身軽になるためにもM&Aは有効です。

 

事業の継続のため

ホテル・旅館業界は事業再生の経験が豊富な大手事業者が積極的に買収を行っています。さまざまな理由により経営状態が思わしくない場合、事業を売却することで、他の事業者に経営を託すという選択肢があります。現在の体制では経営がうまくいっていなくとも、業再生の手腕のある売却先により事業継続が可能なケースは少なくありません。

 

雇用を継続するため

経営が思わしくない場合に廃業としてしまった場合、従業員は全員解雇する必要があります。宿泊分野の有効求人倍率は非常に高水準にあるため、M&Aによる事業承継がされれば、買収側企業により雇用が継続される可能性があります。また、M&Aでは買収側の企業の方が大規模である場合が多く、そのために、買収後に福利厚生面などの従業員の待遇が向上することも珍しくありません。

 

現金収入を得るため

経営者が引退する場合、廃業も一般的な選択です。しかし、廃業は大きな廃業コストがかかるというデメリットがあります。現在の経営状態が思わしくない場合でも、M&Aによる売却が可能な場合があり、売却により廃業コストがカットできるだけでなく、収入を得られる可能性があります。経営状態が良い場合は、売買の市場の動向をみながら、余裕をもって、事業が高い評価を得られるタイミングでの売却が可能です。

 

ホテル・旅館のM&Aを行うタイミングは?


事業承継の手段としてM&Aを検討する場合、準備はできるだけ早くからとりかかる必要があります。M&Aの準備には時間がかかるため、早くから準備に取り掛かっていないと、売買市場の状況による売り時を逃すことにもつながりかねません。また、経営者の年齢や健康問題、経営状態などが厳しい状態に追い込まれてからの売却は、よい条件が望めません。

M&Aによる事業承継では、具体的にM&Aアドバイザーなどを通じて売却先を探す前に、準備段階で行うべきことが多くあります。

最初に行うべきことは売却の目的を明確にすることです。経営状態の思わしくないホテル・旅館を手放すことが目的であれば、売却の条件よりスピード感を重視することになるでしょうし、順調に育った事業の出口戦略としてM&Aを採用するのであれば、準備に時間をかけたうえで、できる限り好条件の売却を目指すことになるでしょう。目的により、準備作業にどの程度重きを置くかも変わってくることから、M&A検討開始の時点での売却目的の明確化は欠かせません。

 

M&Aの目的が明確化出来たら、現在の事業の状況や経営の課題の見える化を行います。今のホテル・旅館の経営上の強みになっている部分を明らかにし、課題を洗い出します。また、会社の資産の状況を調査し、経営者個人による債務保証や会社との資産の貸借関係なども整理します。正しい会計処理により客観的に財務状況を把握できるようにします。

 

経営状態の見える化に続いて、「事業の磨き上げ」を行います。事業の磨き上げは、好条件での売却を実現するために、会社を買い手にとって魅力あるものにするための経営改善の作業です。買い手にとってのリスクとなる突発的な支出が発生しないように、社内の規定や体制を整えます。中小事業者の場合、退職金規定が曖昧、適切に処理されていなかった残業代一括請求されるリスクが、といった問題が発生します。これらのリスクは事業価値の評価の際に簿外債務につながるとして指摘されることがあるため、適切な対処が必要です。複雑すぎる節税処理のために、実際の事業の損益の見通しが悪くなってしまっている場合は、改善します。経営体制が経営者個人に依存している部分が多い場合は、属人化している部分を廃して組織だって動けるようにしていきます。

 

M&Aの準備で行う事業の磨き上げは、地道な経営改善作業であり、成果を得るのには時間がかかるため、売却の目的や状況によっては省略する場合もあります。

 

実際の売却タイミングはM&Aの市場動向をにらみつつ決めることになりますが、事前に十分な準備をしておくことで、余裕をもって適切なタイミングで売却することが可能です。

 

ホテル・旅館のM&Aを実施するのは誰か?

ホテル・旅館のM&Aを行う事業者には以下のようなパターンが考えられます。

 

スケールメリットを求める事業者

間接部門の共通化や地域的な補完によるシナジー効果を狙った経営規模拡大のために大手事業者が買収を行うケースです。現在は、特にビジネスホテルで大手事業者が地方のホテルを買収し、規模拡大を目指す動きが強まっています。

 

異業種から参入する事業者

異業種からホテル・旅館業界に参入する場合、全くのゼロからではなく、既存のホテル・旅館を買収することで迅速に事業を立ち上げることが可能です。建物、設備だけでなく、人手不足の宿泊業界で、人材採用の手間を大幅に減らすことができることは、新規参入事業者にとっての魅力です。

 

ブランドを求める事業者

老舗のホテル・旅館など、地域で強いブランド力を持っている事業者のブランド力を目的として買収が行われることがあります。買収交渉のベース価格となる事業価値算定では会社の資産額をもとに算定する方法があります。この際に、ブランドや営業ノウハウといった無形の資産を「のれん代」として加えます。優れたブランド力を持っているホテル・旅館はこののれん代が高く評価され、好条件での売却につながる可能性があります。

 

ホテル・旅館のM&Aの相談先は?


M&Aに向けて、社内側の準備がある程度進んできたらM&Aのアドバイザー、仲介事業者といった専門家に相談するのが一般的です。M&Aプロセスは各段階でM&A特有の専門知識が必要になるシーンが多く、独力での対処が難しいことが多いためです。M&A仲介事業者は各段階で必要とされる専門家を揃え、一本化された窓口で相談に応じることが可能です。

 

初期段階での売却先とのマッチングでは、経営者個人の知り合いの範囲内で探す方法やM&Aの仲介事業者を利用する方法などがあります。

経営者個人で売却先を探す場合、売却の情報漏えいが起こりやすいというデメリットがあります。ひとたび売却情報が漏れてしまうと、売却条件の悪化や売却そのものが行えなくなるといった事態につながりやすい上、ホテル・旅館の現在の運営にも悪影響を及ぼしかねません。

M&Aの仲介事業者によるマッチングでは、機密保持契約を結んで行うため、情報漏えいの心配をせずに済むほか、比較的短期間で売却先を選定できる、広範囲から売却先を選べるといった利点があります。

 

売買交渉時の価格のベースとなる企業価値の算定は「会社の資産の時価額とのれん代から算出する」「会社が今後生み出すと考えられる利益をもとに算出する」などの方法がありますが、専門家の知識を必要とする複雑なものです。ホテル・旅館の売却では、宿泊業のM&Aを手掛けた実績のある仲介事業者の査定を受けるのが、よりよい条件につながるでしょう。

 

売買交渉を経て基本合意書を取り交わした後、買収側によるデューデリジェンス(買収監査)が行われます。売買成立後に買収対象の企業の問題点が明らかになり、買収側企業の経営に悪影響が出ることのないようにするための監査です。契約やライセンス、訴訟リスクなどの法務面について弁護士によって行われる法務デューデリジェンス、財政状態や資金繰りなどの財務・税務面について会計士や税理士によって行われる財務・税務デューデリジェンスが基本的に行われます。意図的に隠していた問題点がデューデリジェンスで明らかになった場合、売買契約が行えなくなることもあり得ますので、デューデリジェンスに対する準備は適切に行う必要があります。

 

売買が行えなくなるほどの重大な検出事項がない場合は、最終契約を結びます。デューデリジェンスの検出事項により価格調整が必要な場合は価格に反映させます。最終契約では売買交渉の中で合意した事柄は全て盛り込むほか、表明保証や競業避止義務などのM&A特有の事柄も多くあり、最終契約書の草案作成もM&Aアドバイザーに依頼するのが一般的です。アドバイザーを利用せずに交渉を進めてきた場合でも、最終契約書は売買双方のどちらにもかたよらない立場の弁護士に作成を依頼するのがよいでしょう。

 

まとめ

訪日外国人旅行者の急増をうけて好調な宿泊業界ですが、売買場が活発な今はM&Aの好機であるとも言えます。M&Aを検討するのであれば、早めの調査・研究・相談をおすすめします。

ホテル・旅館のM&Aを実施する前に考えておきたいこと
2018年の訪日外国人旅行者数は3,119万人で2010年の861万人と比較して3.6倍以上の伸びとなっています(「訪日外客数」日本政府観光局)。政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」のなかで2020年に4,000万人、2030年に6,000万人の訪日外国人旅行者数を目標に掲げており、これから2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博などに向け、より一層の訪日客数の増加が見込まれます。
旺盛なインバウンド需要を背景にホテル・旅館業界は活況を呈しています。2010年の延べ宿泊者数4億1,300万人泊(うち外国人2,700万人)から2018年は5億900万人泊(うち外国人8,800万人)と23%増、外国人は3.25倍となっています(「宿泊旅行統計調査」観光庁)。
大きく成長を続けるホテル・旅館業界では再編も進んでいます。ホテル・旅館のM&Aを実施する際に考えるべきポイントについて見ていきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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