2019年4月10日 水曜日

M&Aの事例から読み解く潮流《ホテル・旅館》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

訪日外国人旅行者数は2010年の861万人から2018年の3,119万人へと急増しています。政府は2020年の訪日外国人旅行者数の目標として4,000万人、2030年には6,000万人を掲げています。2020年には東京オリンピック、2025年には大阪万博といったイベントも控えており、訪日外国人旅行客は今後も増加していくものと推察されます。

外国人旅行者数の急増もあり、国内の延べ宿泊者数は大幅に増加しています。2010年の延べ宿泊者数は4億1300万人泊、2018年が5億900万人泊と23%の伸びを見せています。2018年の客室稼働率はシティホテルが79.9%、ビジネスホテルが75.3%、リゾートホテルが58.3%と高水準ですが、旅館は39.0%と外国人需要を取り込み切れていないことがうかがえます。

活況を呈するホテル・旅館業界のM&Aについて、事例とあわせてポイントを見ていきます。

 

ホテル・旅館におけるM&Aの動き


ホテル・旅館業界はバブル崩壊以後、長期的に市場縮小傾向にありましたが、近年は訪日外国人旅行者の急増を背景にホテル業界は拡大へ、旅館業界は横ばいを維持する状態に変化しています。高い客室稼働率が続くホテルは政府による規制緩和もあり、大幅に施設数が伸びましたが、依然として客室数不足の状態が続いています。ビジネスホテルではシングルルームをツインルームに改装するなど、各業態ともに訪日外国人旅行者の取り込みに力を注いでいます。

旅館は一部屋当たりの宿泊人数がホテルより多く、入浴は大浴場を基本とするなど、比較的団体旅行に向いた性質を持っていますが、旅行が個人化し、ニーズも多様化していることから設備改修対応が遅れた施設が苦戦する状態が続いています。また、現在宿泊施設の予約はオンラインによるものが多数を占める状態ですが、個人経営の中小規模の旅館は仲介事業者への手数料負担の重さから、オンライン対応が遅れ、需要に応えられない状態の施設も少なくありません。

 

M&A市場では旺盛な訪日外国人旅行客の需要を見込んだ投資ファンドや大手事業者による買収が活発に行われています。また、大手ビジネスホテルチェーンが地方のホテルを買収することで全国への出店を強化する動きも見られます。

経営状態の悪化や後継者不足に悩む地方のリゾートホテルや旅館については、事業再生を強みとする大手事業者が買収・再生する例も数多くあります。

 

最近のホテル・旅館のM&A事例

ホテル・旅館のM&A事例1

2014年6月10日、株式会社ストライダーズ[9816]は「ホテル日航倉敷」の保有・経営を行うロテルド倉敷株式会社(京都府京都市、売上高6億1,700万円、営業利益△1,000万円、純資産1,800万円)の株式を取得し、子会社化することを決議しました。取得価額は4億6,300万円。

 

(株)ストライダーズは不動産事業、ホテル事業、海外事業などを手掛け、ホテルは成田空港近傍に成田ゲートウェイホテルを所有、運営しています。ロテルド倉敷(株)は「ホテル日航倉敷」の保有・経営を目的として2011年12月1日に設立され、ホテルの従業員を雇用し、運営に必要な諸契約を保持しています。

 

(株)ストライダーズは新たなホテル取得によるホテル関連事業の拡大を目指していたが、仲介会社からロテルド倉敷(株)株式取得の提案を受け、検討を行っていました。台湾から岡山空港への直行便が再開されることで台湾からの旅行客増加が期待でき、現有の成田ゲートウェイホテルとの集客面でのシナジーが期待できることや、費用面での削減余地を見込んで取得を決定しました。

 

ホテル・旅館のM&A事例2

2016年8月30日、東武鉄道株式会社[9001]は金谷ホテル株式会社(栃木県日光市、売上高14億3900万円、営業利益2,600万円、純資産1億500万円)の株式の取得につき、株式譲渡契約を締結しました。取得後の株式議決権割合は63.4%、取得価額は非公表。

 

東武鉄道(株)はSLの復活運転や、日光レークサイドホテルの建替え、中禅寺湖遊覧船の新造など、日光地区の魅力創出に注力しています。金谷ホテル(株)は1873年創業の日本最古のリゾートホテル。国指定登録有形文化財である日光金谷ホテルと中禅寺湖畔のリゾートホテルである中禅寺金谷ホテルは単なる宿泊施設としてだけでなく、ホテルそのものが日光地区の代表的観光資源の一つになっています。

 

東武鉄道(株)は歴史と伝統を有する金谷ホテルをグループに迎えることで新たなシナジーを創出し、日光地区全体の魅力の引き上げを目指すようです。

 

ホテル・旅館のM&Aを実施するうえでのポイント


活発にホテル・旅館のM&Aが行われている現在、M&Aを実際に検討するうえでのポイントを見ていきます。

 

売却の目的を明らかにする

事業承継の手段としてのM&Aを検討する場合、最初に売却の目的を明確にします。売却の目的は売却によって収入を得るため、後継者問題を解決するため、従業員の雇用を継続するためなどさまざまです。

目的により売却先とのマッチング条件も変わりますし、売却に向けての準備段階でどの部分に力を入れるか、どの程度時間をかけられるのかといったことも変わります。売却プロセスの間、目的が一貫せずに変化してしまうことがあると、売却の条件にも影響し、不本意な売却につながる可能性があります。売却目的をはっきりさせ、何が譲れない条件であるのかを明らかにしておきましょう。

 

売却タイミングの検討

M&Aでの売却条件を決める要素は無数にありますが、売買市場の状態も重要な要素です。

経営環境の良いときは経営者は売りたいとは思わないものですが、経営者が「まだ売りたくない」と考えながらも、健康問題などの外的要因により売らざるを得なくなったケースなどが、結果的によいタイミングでの売却であることも少なくないようです。

 

ホテル・旅館業では、大手ホテルチェーンが地方ホテルの買収を積極的に進めているほか、大手事業者や投資ファンドによる経営難のホテル・旅館の事業再生の動きも目立ちます

。政府の積極的な誘致政策もあって訪日外国人旅行者の総数は増え続けています。その外国人旅行客の旅行も個人化が進むことで三大都市圏および箱根、富士、京都などを結ぶゴールデンルートだけでなく、地方各地への回遊が増えています。

2020年の東京オリンピックや2025年の大阪万博などもあり、ホテル・旅館業にとっては比較的経営環境が良い、あるいは事業再生への足掛かりの得やすい状態であると言えます。経営環境のよい現在は、売却を検討するタイミングとして悪くない選択でしょう。

 

準備ははやめに取りかかる

M&Aの実施には時間がかかります。マッチングの開始から最終契約までの期間は多くが半年から1年程度とされています。マッチング以前の準備期間については、他の事業承継手段を並行して探るような場合では、数年をかけることもあり得ます。よりよい売却条件を得られるタイミングでの売却、経営環境のよいタイミングでの売却は、早めに準備にかかっておくことで、余裕をもって実施できます。

 

M&Aの検討に入ったら、事業の見える化を行いましょう。現在の状態について将来性の確認や、顧客からの指名買いにつながる独自性、経営上のボトルネックになっている点の再認識を行います。経営者と会社の資産の貸借関係について明確にしておきます。現在の会社資産や借入金の返済状況など財務状態について明確化します。経営状態や経営上の課題についての可視化により、M&Aに向けての準備で行うべきことが明らかになってきます。

 

事業の可視化に続いては、事業の磨き上げを行います。事業の磨き上げは会社が買い手にとって魅力的なものになるように、問題点をクリアし、強みを伸ばす経営改善の作業です。

貸借対照表や損益計算書は正しく会計基準に則ってすっきりするように、経営の実態を正しく反映して見えるように整えていきます。経営が売り上げ重視になっている場合、利益をより重視する方向にシフトします。あいまいな退職金規定や、不適切な残業の処理などの予想外の支出につながり得るものは、社内規定の再整備などでクリアにしていきます。経営体制が経営者個人に大きく依存している場合は、属人化している部分を減らして組織が動けるように整えていきます。

 

いずれも、簡単に成果が出るものではありませんが、こういった地道な経営改善作業が企業価値を向上させ、好条件での売却につながります

 

M&Aアドバイザーへの相談、売却先とのマッチング

M&Aの実施の際、最初の難関となるのが売却先の選定です。売却先は経営者が自ら探すこともありますが、この場合情報が漏れやすくなるという大きなリスクがあります。売却の秘密が漏れてしまうと、「出回り案件」となってしまい、売却が非常に難しくなります。このような場合、売却条件が悪化する、売却そのものが不可能になるだけでなく、信用を毀損してしまって現在の経営にも悪影響を及ぼしかねません。

 

一般には売却先の選定はM&Aアドバイザー、仲介事業者との間で機密保持契約を結んでマッチングを行うのが主流です。仲介事業者を利用した場合、経営者個人が売却先を探す場合と比べて多くの案件から売却先を選定でき、売却先の選定にかかる時間も短くて済み、経営者は経営改善作業に力を注力できるというメリットがあります。

 

売却先の選定以外にも、M&Aの専門家の助けを必要とするシーンは少なくありません。売買交渉の価格のベースとなる企業価値の算定には会計士の力が必要です。

中小規模のM&Aで多く採用されるのは、会社の現在の資産額にのれん代を加算したものを企業価値とする方法です。のれん代はそのホテルや旅館の持つ独自性、ブランド、運営ノウハウといった形のない価値のことを言います。ホテル・旅館ののれん代を含めた企業価値を適正に算定するには、ホテル・旅館のM&Aの経験を多く積んだ専門家の力を借りるべきでしょう。

 

売買の条件に付いて基本的な合意が取れ、基本合意書を取り交わした後、デューデリジェンス(買収監査)が行われます。デューデリジェンスは買収側の専門家により、買収対象企業が法務面や財務面で問題を抱えていることがないかという点について確認が行われます。デューデリジェンスでの問題の見落としは買収側にとって大きな経営上の問題につながるため、厳密に行われます。デューデリジェンスで大きい問題が検出された場合、売買そのものの成否にも影響することから、売却側は専門家の助言を得て、事前に十分な準備をして対応する必要があります。

 

M&Aの最後、最終契約には、最終契約書を用意しなければなりません。売却価額や期日をはじめとして、話し合いの過程で取り決められた条件をすべて盛り込んで作成しますが、表明保証事項や競業避止義務といったM&A特有の条項も必要です。専門知識を多く必要とすることから、最終契約書の草案についても専門家(弁護士)に作成を依頼するのが間違いありません。

 

M&Aアドバイザーや仲介事業者はこのようにM&A各フェーズで必要になる専門家を揃えており、ワンストップで対応することが可能です。費用はかかりますが、多くの場合はM&Aアドバイザー、仲介事業者を利用するのが効率的です。M&Aアドバイザー以外の相談先としては、取引先金融機関、商工会議所、各都道府県に設けられた事業引継ぎ支援センターなどが考えられます。

 

買収側が見るべきポイント

ホテル・旅館をM&Aにより買収することを考える場合、さまざまな点を考慮する必要があります。展開しているエリアとしては、競争の激しすぎるエリアでないか、ターゲットとする観光エリアやビジネス街へのアクセスが十分に確保できるかなどが考えらます。設備面では低稼働率の団体向け設備の個人客向け設備への改修や、光熱費の削減のためエネルギー効率の高い機器が導入されているかどうか、などがチェック事項です。集客面ではネット予約への対応や、訪日外国人旅行者取り込みのために海外サイトへの登録がなされているか、稼働率に応じた宿泊料金の柔軟な変更が行えているかといった点を確認します。

 

まとめ

訪日外国人旅行者を中心として客室需要の伸び続けている現在、ホテル・旅館業では、今後もM&Aの環境整備が進むでしょう。ホテル・旅館経営の出口戦略として有効な選択肢であるM&A、ご検討をおすすめします。

M&Aの事例から読み解く潮流《ホテル・旅館》
訪日外国人旅行者数は2010年の861万人から2018年の3,119万人へと急増しています。政府は2020年の訪日外国人旅行者数の目標として4,000万人、2030年には6,000万人を掲げています。2020年には東京オリンピック、2025年には大阪万博といったイベントも控えており、訪日外国人旅行客は今後も増加していくものと推察されます。

外国人旅行者数の急増もあり、国内の延べ宿泊者数は大幅に増加しています。2010年の延べ宿泊者数は4億1300万人泊、2018年が5億900万人泊と23%の伸びを見せています。2018年の客室稼働率はシティホテルが79.9%、ビジネスホテルが75.3%、リゾートホテルが58.3%と高水準ですが、旅館は39.0%と外国人需要を取り込み切れていないことがうかがえます。

活況を呈するホテル・旅館業界のM&Aについて、事例とあわせてポイントを見ていきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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