2019年4月27日 土曜日

事業承継の事例から読み解く潮流《ホテル・旅館》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

宿泊業は都心部をメインに需要が伸びており、従業員や宿泊施設の確保を目的としたM&Aが近年活発に実施されています。
本稿ではホテル・旅館の事業承継事例を基に宿泊業界の現状と今後の展開を読み解きます。

 

ホテル・旅館における事業承継の動き


近年は訪日外国人の増加が続いており、JNTOの統計によると2017年には前年比19.3%増で、2003年の統計開始から最高値を記録しています。宿泊先となるホテルの施設数も増加していますが、都心部を中心に宿泊施設数は現在も不足している状態です。なお、旅館の施設数は2011年以降、減少が続いています。

2020年の東京五輪に向けて訪日外国人の増加は続いていくと見られ、宿泊施設の増設は業界全体の課題となっています。しかし、他業種からの新規参入や外資系ホテルによる都心部への進出が活発化しており、業者間の競争が激化しています。

業界全体の景気に関しては、都心部の需要増によって黒字となっていますが、純和風の旅館は訪日外国人にとって未だ馴染みが薄く、訪日時の宿泊先に旅館を選ぶ外国人は全体の1割強にとどまるとされています。厚生労働省の統計によると2016年度には旅館の施設数が初めて4万件を下回ったとされ、収入減で経営に行き詰った旅館が増加していることが分かります。ホテルに関しても、地方に展開する中小業者は設立時の借入金の返済に目途が立たないといったケースが増えてきています。

宿泊施設自体への需要は高く、事業承継によって大手企業の傘下に入ることで業績を回復させたホテル・旅館の事例は多く存在します。宿泊業は多額の初期投資が必要であり、廃業を選択する場合にも建物の処分に係る費用が問題になりますが、M&Aに成功した場合は施設をや従業員を引き継げることに加え、状況によっては多額の対価を得る事ができます。

M&Aで買収側になる企業にとっても、施設費を削減できるのは大きなメリットであり、経営資源の拡大を図る中国系の企業や、経営難の宿泊施設を買収して低価格路線での再展開を図る国内業者などが活発にM&Aを実施しています。

 

最近のホテル・旅館の事業承継事例


近年は老舗のホテル・旅館が経営難や後継者問題に直面してM&Aを実施するケースが増加しており、厚生労働省が実施する経営振興策の恩恵が強くは及ばない地方の宿泊業者が、経営難となって事業承継を図るケースも増加しています。

近年宿泊業界において実施された事業承継の事例を4件紹介します。

 

・事例1:アールビバンが大江戸温泉物語へ宿泊事業を譲渡

アールビバン株式会社は、子会社であるTSCホリスティック株式会社の所有する”タラサ志摩ホテル&リゾート”事業の譲渡に関する不動産等売買契約書を大江戸温泉物語株式会社と締結したことを2018年5月31日に発表しました。
同社の展開するタラサ志摩ホテルは、”タラソテラピー”を主力事業として展開してきましたが、近年は利用客数および客単価が順調に伸びず、営業損失を計上する状態が続いていたとされます。

事業譲受は2018年10月23日に当初の予定通り完了しています。取得価額は現時点で非公表であり、譲受側企業の経営に関する影響は確定次第公表予定とされています。

大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社は2001年創業の企業です。経営が困難になった旅館を買収して低価格路線で再展開する経営路線で多くの実績を上げており、全国に35ヵ所の温泉旅館、テーマパーク、ホテル、日帰り温泉施設を展開しています。

なお、2015年に全株式をベインキャピタルに譲渡しており、国内並びに海外への事業展開を強化する成長戦略を展開していくとされています。

 

・事例2:阪急阪神ホールディングスが八光自動車へ宿泊事業を承継

阪急阪神ホールディングスは、グループ会社である阪急阪神ホテルズが運営する六甲山ホテルの事業を八光自動車株式会社へ承継することを2016年8月25日に発表しました。六甲山ホテルは施設の老朽化から運営規模を縮小して営業を続けていましたが、八光自動車が旧館を残したうえでの再開発計画を提案し、同社と協議を重ねた上で合意に至ったとされます。

同年10月3日に阪急阪神ホールディングスが新設分割によって新会社を設立し、譲渡する事業に係る資産および許認可を新会社へ引き継ぐとされています。同日中に新会社の株式を八光自動車へ譲渡することによって事業承継を実施するとしています。運営の引継ぎに係る協議が終了するまでは同社が事業運営を継続するとされています。

六甲山ホテルは2017年12月31日に一度閉館し、八光自動車工業が旧館および本館の補修及び増設を実施した後にリゾートホテルとして旧館は2019年春、本館は2020年中の営業再開が計画されています。

 

事例3:三河湾リゾートリンクスが駒ヶ根観光開発より宿泊事業を承継

株式会社三河湾リゾートリンクスは、駒ヶ根観光開発株式会社より、”駒ヶ根ビューホテル四季”の営業権及び資産を承継することを2016年4月27日に発表しました。

駒ヶ根観光開発が運営するビューホテル四季、は長期的な不況及び2008年のリーマンショックの影響を受け、2007年から赤字経営が続いていたとされます。駒ヶ根市を象徴する観光施設であったことから、売上増及び経費削減など経営状況の改善に取り組んでいたが、第3セクター形態による経営改善には限界があり、民間活力を導入する流れになったとされます。

 

事例4:海里村上が温故知新へ旅館事業を承継

長崎県に拠点を置く高級旅館である海里村上は、株式会社温故知新へ旅館事業を承継することを2018年8月1日に発表しました。温故知新による事業運営は同日から開始されており、譲受した旅館事業をシームレスに運営し、設備投資を含む事業の質を高め、国境離島・壱岐の活性化に貢献していくとされています。

 

ホテル・旅館の事業承継を実施するうえでのポイント


宿泊業の運営は、宿泊施設であるホテル・旅館を所有していることが前提であり、一度に対応できる業務量は施設および客室の数に左右されます。事業拠点を動かせない性質上から、特定の場所へユーザーを呼びこまなければならないので、施設数を増やす、人口の多いエリアへ展開するなどの工夫をすることが重要となってきます。

 

・財務状況の改善

事業承継を検討する宿泊業者は、財務状況もしくは経営者の健康面に問題を抱えているケースも多いですが、財務状況に問題がある場合は改善に向けた取り組みを実施しているかが重要なポイントになります。事業承継の際は、中長期的な事業計画をもとに売り手側の企業価値を算出するケースが一般的であり、赤字経営でも資金供給によって長期的に持ち直すと判断されれば事業承継が成立する可能性が出てきます。

宿泊業は高い管理コストが必要であり、支出に見合った集客が出来ているかは重要です。一般的に入室率が下がる平日や雨天時に集客できる宿泊プランや、キャンペーンを実施して集客を図れているか、予約状況を適切に把握してピーク時に空室を作らないようにマネジメントできているかなどは、経営スキルとして重要な要素の一例です。

 

・従業員の確保

事業拠点の増加に伴って宿泊業界は全体的に人手不足であり、特にホテルの従業員は場所を問わず高い需要があります。宿泊施設の従業員は正社員であることがほとんどであり、常に一定の品質が求められる業務であることから、習熟した人員が継続的に就業することが望ましい業務と言えます。
拠点の新規展開を続けている宿泊業者は、M&Aによって同業他社から習熟した従業員の獲得を図ることが多いので、従業員の離職に関する対策や事業スキルの教育は日常的に実施する必要があります。

宿泊業の事業承継において施設と従業員はセットで引き継がれるケースも多く、運営している施設に対して充分な人員が配置されていれば、承継から再稼働までの期間を短縮できるメリットがあります。承継前の顧客層が離れるのを防ぐこともできます。

 

・立地および周辺施設の把握

宿泊施設周辺の観光地や交通施設へのアクセスも、集客力を左右する重要なポイントです。ターミナル駅が近い場合は周辺にビジネスホテルが多く建設されているケースもあるので、利用客が分散していないか調査しておく必要があります。

対策の実施には多額のコストが掛かりますが、需要の高いエリアへ展開した拠点は優良物件となりやすく、事業承継を実施する際にも有力な交渉材料として用いることが出来ます。ただし、建設費用の回収に時間が掛かると、設備が古くなり、補修や更新に多額のコストが掛かります。

短期間で収益を上げる取り組みとして積極的なマーケティングは必須ですが、近年はWeb上の宿泊予約サイトを経由する利用者が増加しています。現在は宿泊施設の総利用数の3割ほどはWeb経由とされており、とても有力な営業手段となっています。
近年は訪日外国人が増加していることもあり、海外の宿泊予約サイトへ登録しておくことも有効な集客手段です。利用には宿泊料金の7~15%の手数料が必要なので、利用件数によっては無視できない支出になることは注意しておく必要があります。

 

・マーケティング戦略

支出を抑えながら利用件数を伸ばしたい場合は、自社公式Webサイトの開設が不可欠です。24時間予約対応ができるメリットは非常に大きく、新規開設する場合は利用数の増加に繋がり、経営状況の改善が見込めます。立地の良さや設備の充実感などハード面において独自の強みを確保しておくことが前提となりますが、高品質なWebサイトはソフト面における企業の財産として長期的に活用していくことが出来ます。

優れた集客システムを構築して利益を上げている宿泊業者は、買い手となる企業にとって短期・長期的ともに収益が見込める優れた買収先であり、売り手側にとっても、より大手の宿泊業者と交渉の場につける可能性が高くなります。

 

・M&A業者へ相談する

実際の事業承継の場では、M&A仲介業者が間に入って交渉を進めるケースが一般的です。M&A仲介業者は、各種書類の作成や企業価値の算定など、専門知識が必要な過程の多くを代行することが主な業務です。加えて、売り手の承継に関する意向や保有資産の状況などに合わせて最適な相手企業を探し出す場合もあります。

仲介業者選びのポイントとしては、ホテル・旅館の事業特性に関して正確な知識を持ち、ホテル・旅館の事業承継を多く成功させている仲介業者を探し出す必要があります。

旅館・ホテルの事業承継は交渉のスピードと正確性が重視されることが多く、売り手が中小業者の場合であれば、承継内容の確認や調整、デューデリジェンスの過程で問題が無ければ、半年未満で承継手続きが完了するケースも存在します。
ただし、承継後の事業方針の調整が難航する場合や、多額の債務を抱えている場合などでは、交渉に1年以上かかるケースも少なからずあります。
もし、相手企業から断られた場合は、再度相手を探すことになります。経営者の健康面や会社の経営状況には充分に注意したうえで準備を進める必要があります。

 

・許認可の引継ぎ

ホテル・旅館の経営者が変わる場合には名義変更を実施するのですが、基本的には同じタイミングで旅館業許可申請を再度実施する必要があります。個人許可を取得していた経営者が、事業承継に先がけて法人許可に切り替える場合も同様に許可申請が必要であり、手続きの完了には1~2カ月程度かかるとされます。

なお、法人許可を取得している企業が他の法人へ合併、または宿泊事業を運営している企業が会社分割によって宿泊事業を承継する場合は、会社の分割又は合併に必要な株主総会の承認を得れば申請を簡略化する事ができます。

また、許可の種別に関わらず、経営者が死亡した場合に相続人が承継する場合は、60日以内に旅館業営業承継承認申請書を提出し、承認された時点で事業を引き継ぐことが出来ます。
この方法で引き継ぐ場合は相続人の戸籍謄本及び相続人全員の同意書も合わせて必要となります。

 

まとめ

ホテル・旅館の収益力は客室数によって大きく固定されており、利益が出るタイミングも決まっています。人件費や宣伝費が高額になりやすい事業である分、安定した集客サイクルを構築できているかが重要です。宿泊施設の閉鎖は地域経済に与える影響も大きく、現在はシェアの拡大に積極的な宿泊業者が多いことから、事業承継に適したタイミングと言えます。

宿泊業界への需要増は2025年辺りまで継続すると思われますが、成長性の維持を目的とする場合は比較的短期間で成立しやすい傾向にあるので、東京五輪が開催される2020年に合わせて承継スケジュールを組むのも1つの方法と言えます。

事業承継の事例から読み解く潮流《ホテル・旅館》
宿泊業は都心部をメインに需要が伸びており、従業員や宿泊施設の確保を目的としたM&Aが近年活発に実施されています。
本稿ではホテル・旅館の事業承継事例を基に宿泊業界の現状と今後の展開を読み解きます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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