2019年4月5日 金曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《ホテル・旅館》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

近年のホテル・旅館業界には追い風が吹いています。訪日外国人旅行者の数は、2011年の東日本大震災の影響で一時的に減少したものの、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定、為替水準が円安に転じたこと、また近年は観光立国推進基本法に基づく観光立国推進の実現を目指し、政府主導の観光促進に関する取り組みによってインバウンド需要の取り込みが行われ、市場は活況を迎えています。日本政府観光局の集計によると、平成29年には訪日外客数が2,869万人となり、その消費額は4.4兆円に達しました。
現状、ホテル・旅館業界の事業売却の動向はどうなっているのか、具体的な事例なども踏まえ分かりやすく解説します。

 

ホテル・旅館における事業売却の動き


日本のホテル・旅館業界は、リーマンショックや東日本大震災、円高の影響により長らく低迷状態にありました。しかし近年では、景気の回復や訪日外国人旅行者の増加に伴い、東京や大阪といった大都市を中心にホテルの満室状態が続いています。さらには、民泊や異業種からの参入もあり、活況を呈しています。
そんな中、なぜ事業売却が発生しているのか、業界トレンドをみてみましょう。

 

ホテル・旅館業界の特徴

まずは、ホテル・旅館はどのようなビジネス上の特徴を持っているのか、整理してみましょう。

 

宿泊料を受けて人を宿泊させる営業行為

旅館業法によると、旅館業とは「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業」と定義されており、宿泊とは「寝具を使用して施設を利用すること」を指し、同法2条にはホテル営業、旅館営業、簡易宿所営業および下宿営業の4種が規定されています。

ホテル営業と旅館営業の違いは、旅館業法上、前者が洋式の構造および設備を有し、客室10室以上、入浴設備、水洗式トイレ、暖房設備を有している施設を指し、シティホテル、ビジネスホテル、リゾートホテル等がこれにあたります。後者は和式の構造および設備を有し、客室5室以上、宿泊者の需要を満たすことができる適当な規模の入浴設備を有することと定められ、観光・温泉旅館、国民宿舎、モーテル等がこれにあたります。ちなみに、旅館がホテルの名称を名乗っても問題はありません。
近年は洋式の構造を部分的に取り入れた旅館営業も増えてきており、業態の垣根は低くなっています。

 

施設数の減少

昨今、宿泊需要が高まる一方で、旅館の施設数は減少傾向にあります。その背景には、旅行の個人化・多様化への対応が遅れていること、宿泊施設のチェーン化やビジネスホテルの増加により低価格で満足度の高いシステムが確立され、老舗を選ぶ宿泊客が減少しつつあること、インターネット予約の一般化によりWEB環境に対応できない老舗はインターネット世代への訴求力に欠け、観光客を取り逃がしてしまっていることなど、厳しい現状があるようです。

 

景気や世界の情勢に左右されやすい

現在は順調に業界規模を拡大しているホテル・旅館業界ですが、景気や消費者の意識の変化、世界の情勢に左右されやすいという体質は、今も変わっていません。訪日外国人旅行者が何かのきっかけで減少してしまえば、再び業界規模が大幅に減少する可能性も考えられます。
景気や社会情勢に左右されにくい新たなビジネスモデルを追究していく必要もあり、そういった課題をどのようにクリアしていけるかによって、ホテル業界の将来は大きく左右されるでしょう。

 

経営の柔軟性が乏しい

ホテル・旅館が有している機能として、飲食機能、宿泊機能、物販機能、コンベンション機能、レジャー機能が挙げられます。このように幅広い部門毎に、従業員は水準の高いスキルが求められるため非常勤のアルバイトやパートを入れることは難しく、さらに原則365日24時間営業が基本であることから常勤社員中心の組織となり、人件費としての固定費が大きい傾向があります。
また、初期の段階で多額の設備投資が必要であり、投資回収が長期に渡ることもホテル・旅館業界の特徴といえるでしょう。建物の設計段階で立地や客単価、コンセプトが既に盛り込まれているため、開業後の方針転換は容易ではなく、装置としての硬直性があること、売上は客室数による量的制約を受けることから、売上を柔軟にコントロールすることが難しいです。

 

ホテル・旅館業界の事業売却の流れ

2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催、2025年大阪万博の開催決定により、今後ますます宿泊需要は拡大し、施設・客室数は増加傾向に、販売競争もさらに熾烈なものになっていくでしょう。そうした市場動向に伴い、ホテル・旅館業界でのM&Aは活発化しており、投資ファンドがM&Aを持ちかける例も多くあります。

ホテル・旅館業界におけるM&Aは活発化していますが、どのような目的のために行われるのでしょうか。売り手と買い手側それぞれの目的をみていきましょう。

 

【売り手側の目的】

・相乗効果を期待
不足している技術や人材マーケットなどの会社と統合することにより、サービスを拡充し集客力を強化できるだけでなく、オペレーションの効率化により経費削減を行えるメリットもあります。
また、大手資本が入り子会社化されると資金の融資を受けられるため、経営地盤の強化も期待できます。

・後継者問題の解決
老舗旅館では代々、世襲制で経営者が選ばれていたケースも少なくありませんが、血縁者から後継者が輩出されなかった場合、経営者の高齢化により廃業に追い込まれることもありえます。このような「経営者の高齢化による後継者問題」を解決し、廃業を回避する方法としてM&Aによる事業売却が注目されています。

・従業員の雇用を維持できる可能性
経営者が事業の行く末を考える際、気がかりなことが従業員のことだと思います。引退や廃業ですと従業員の雇用を守ることは出来ませんが、事業売却を行えば、事業そのものを存続してもらえ、基本的には従業員の雇用もそのまま引き継がれます

 

【買い手側の目的】

・低コストで市場規模を拡大
新しい技術の導入や、従業員の教育は、一朝一夕にできることではありません。ただ、M&Aにより買収を行い、施設や設備、顧客や取引先、そして技術や人材を取り込むことができれば、スピーディーかつ低コストでホテル・旅館事業へ参入し、市場規模を拡大することができます。

・求める立地の獲得
人気の高いリゾート地や温泉地などは、すでにホテルや旅館が多数建ち並んでおり、希望する立地に施設を建設することが難しいことが多くあります。
ホテル・旅館を買収することで目的の立地を確保し、期待通りの収益を上げることができます。

・グループの事業拡大
事業の多角化は、市場の変化が激しい時代でも安定した収益を維持するのに有効的な手段です。一から新規事業を立ち上げるにはリスクが大きいですが、すでに実績のある企業を買収すればリスクを抑えることができ、さらに場合によっては仕入れなどを一括で行い、大幅なコストダウンから収益の向上が見込めます。

 

最近のホテル・旅館の事業売却事例


不動産大手のヒューリックが東京・お台場のホテルを売却

2019年1月8日、不動産大手のヒューリックは、東京都内の大型ホテル「ヒルトン東京お台場」を同年4月8日に売却すると発表しました。売却額は624億円、売却先は上場不動産投資信託(REIT)のジャパン・ホテル・リート投資法人で、同ホテルの売却により、ヒューリックの2019年12月期の連結営業利益に、20億円超の売却益を計上する見込みとなっています。
ヒューリックは2017年11月に芙蓉総合リースと組み、米投資ファンドのエリオット・マネジメントから同ホテルの土地と建物を600億円弱で取得しており、2018年4月には芙蓉リースの持ち分を全て買い取った経緯があります。
当初は外資系ホテルの運営ノウハウを取り込むため当面保有する計画だったようですが、買い手が見つかったことから売却へと方針転換したようです。ヒューリックは、東京・お台場で「ヒルトン東京お台場」の近隣に芙蓉リースと共同で大型ホテル「グランドニッコー東京台場」を保有しており、2019年5月に芙蓉リースが持つ建物分を買い取って全面保有に切り替える方針で、お台場でのホテル運営はグランドニッコーに専念する考えのようです。

 

エイトワンが「道後やや」をJR四国に売却

2018年12月25日、JR四国は、タオル事業が本業のエイトワンが所有するホテル「道後やや」を取得し、子会社のJR四国ホテルズが2019年2月より運営することになりました。本業への選択と集中を進めているエイトワン側から売却の打診があり、観光列車「伊予灘ものがたり」で取引関係があり、以前から松山への進出を検討していたJR四国がこれを引き受けたようです。

 

ホテル・旅館の事業売却を実施するうえでのポイント


事業売却を成功させるために、注意する点やおさえておくべきポイントを見ていきましょう。

 

ホテルの営業状況の整理

事業売却を実施する際、買い手企業からは幅広い情報の開示が求められます。情報は売上、利益といった財務データだけでなく、顧客の特性といったオペレーションに関わる情報も含みます。情報が揃っていなかったり、不明瞭な内容がおおかったりすると、そもそも交渉がまとまりません。

特に以下のポイントは買い手企業がホテル・旅館を買収する際に気にするポイントです。まとめて提示できるようにしておきましょう。

・立地:繁華街、観光地に近いか、ターミナル施設へのアクセスは良いか
・不動産:施設が古すぎる場合や、内装やデザインのコンセプトが合わない場合は改修する必要があります
・収益率とコスト管理:過大な設備投資はしていないか、借入額はどのくらいか
・集客機能:新規集客できる個性的なサービス、宣伝力、価格競争力はあるか
・常連客の割合
・売上の内訳
・客室数:売上は客室数に依拠するため重要なポイントです
・レストランの有無、回転率
・サービス、口コミ
WEBマーケティングへの意識:どれだけ投資を行っているか、実践しているか

 

事業売却の目的

後継者問題を解決したいのか、資金を調達して別の事業に投資したいのか、単に事業の整理を図りたいのか、様々な目的が考えられますが、何を目的とするかは経営者次第です。交渉の場ではあらゆる点について条件をすり合わせていく必要があります。
その際、事業売却の目的がはっきりしていないと、判断を誤り事業売却の方向性がぶれてしまうこともあります。資金調達が目的であれば、売却金額の交渉には力を入れて準備した方がいいでしょう。一方で、事業を次の世代に承継することが目的である場合は、売却金額に拘り過ぎる必要はありません。金額に固執して、交渉自体が破綻になることは避けるべきです。
取引を円滑に進めるためにも、事業売却の目的を先にまとめておきましょう

 

情報流出リスクに細心の注意を払う

事業売却を考えているという情報は機密性の高い情報です。もし不用意に情報を漏らしてしまうと、事業売却の条件が悪くなる原因にもなりかねません。
特に危険なのは、売り手側が事業売却の検討段階で従業員などに情報が漏れてしまうことです。従業員に不安を与え、最悪の場合人材流出も考えられますので、検討段階の相談などは必要最低限の関係者のみにとどめ、いつ誰に何を伝えたかも記録に残しておくと良いでしょう。

売却先の選定の際も、仲介業者のネットワークから相手を探した方が比較的安全です。また買い手側も、候補先の情報管理には徹底しなければなりません。万が一情報が漏れると、売り手側に取り返しのつかない損害を与える可能性があります。さらに、M&Aアドバイザーからの信用も一気になくなりますので、以降はサポートをお願いすることが不可能となります。情報の取り扱いには細心の注意を払って行動しましょう。

 

まとめ

競争の激しいホテル・旅館業界は老舗であっても経営難に追い込まれてしまうことも珍しくありません。生き残りをかけて新たなビジネスモデルの確立を求められる中、事業売却はひとつの有効な手段と言えるでしょう。
ホテル・旅館業界の事業売却のポイントとしては、一方的にいずれかの色に染まる経営ではなく、長所を残して短所をカバーしていくことが理想的です。より高いシナジー効果を生むためにも、買収側も売却側も互いの経営理念を把握し学びあう姿勢を見せると、より意義のあるものとなるでしょう。

事業売却の事例から読み解く潮流《ホテル・旅館》
近年のホテル・旅館業界には追い風が吹いています。訪日外国人旅行者の数は、2011年の東日本大震災の影響で一時的に減少したものの、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定、為替水準が円安に転じたこと、また近年は観光立国推進基本法に基づく観光立国推進の実現を目指し、政府主導の観光促進に関する取り組みによってインバウンド需要の取り込みが行われ、市場は活況を迎えています。日本政府観光局の集計によると、平成29年には訪日外客数が2,869万人となり、その消費額は4.4兆円に達しました。
現状、ホテル・旅館業界の事業売却の動向はどうなっているのか、具体的な事例なども踏まえ分かりやすく解説します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年4月5日
ホテル・旅館のM&Aを実施する前に考えておきたいこと
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