2019年1月28日 月曜日

事業譲渡の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

現在、病院経営者の中には、赤字経営が続いている、後継者候補がいない、しかし簡単には閉院できない、など将来に不安を感じている方も少なからずいるのではないかと思います。赤字経営であれば、多少の経営努力で改善の見込みがあるかも知れません。しかし、院長が高齢あるいは病気で倒れたなどの場合に生じる後継者問題では、最悪閉院を選択しなければなりません。しかし閉院には役所の手続きや、スタッフの退職に伴う社会保険などの手続きなど複雑なものがあり、簡単にはできません。

そこで、閉院する前に検討したいのが、近年増加傾向にあるM&Aです

M&Aは事業承継・事業譲渡・事業売却などを指します。本記事では、これまでの、病院やクリニックの事業譲渡の事例や、実施する上でのポイントなどをご紹介します。

 

病院・クリニック業界における事業譲渡の動き


昨今、深刻な経営難に陥っている病院やクリニックが多くみられ、全体の約8割が赤字経営と言われています。これまで病院は、診療数を上げることで収益も上がるような仕組みでしたが、診療報酬の引き下げが実施されたことで、従来のように診療数が収益に直結することはなくなりました。
その他にも、高齢化が進んでいることにより生じる後継者問題が浮き彫りになり、廃院に追い込まれる病院も少なくありません。更に、病院やクリニックのサービスの質に大きく関わる医師や看護師といった医療業界の有資格者が慢性的に不足しています。そのため、病院やクリニックの生き残り競争は年々激しさが増しています。
また、経営が好調な病院やクリニックでも、「診療エリアを広げたい」「診療領域を広げたい」などといった、簡単に解決できない課題に直面しているケースもあるでしょう。

近年、それらの問題解決と生き残りのための1つの方法として『事業譲渡』を選択する病院やクリニックが増えています
では、どの様なメリットがあることから、事業譲渡を実施するのでしょうか?ここからは、譲渡側と譲受側、それぞれのメリットについてご紹介します。

 

譲渡側のメリット

病院やクリニックを譲渡する場合、何かしらの理由で事業を継続することが困難である場合が多いです。事業譲渡をする病院やクリニックは、以下のメリットを期待して、実施に踏み切っています

・後継者問題の解決
後継者問題が浮き彫りになるケースとして「子供がいない」「子供が医師ではない」「医師である子供に事業承継すると債務も承継してしまう恐れが有る」などがあります。事業譲渡によって、これらの問題が解決し、事業の存続を図ることができるでしょう。

・雇用継続
もし、閉院の危機に陥っている場合、閉院後の従業員の雇用は保証できません。しかし、事業譲渡を実施する際に、従業員の雇用継続を条件に盛り込むことで、一定期間は雇用を保証することができます。

・設備投資・債務超過解消
病院やクリニックの一部を売却する場合では、その売却資金を設備投資に回すことができ、経営の効率化を図ることができます。他にも、企業が所有している病院を譲渡することで、企業の債務超過を解消する事例がありました。

・大企業・大手グループの傘下に入り経営が安定
事業譲渡を実施すると、譲受側が大企業や大手グループであることがあります。その場合、大手グループの傘下にはいることで大きな経営資本を背景とする規模の経済メリットの恩恵を受けることができ経営が安定するでしょう。その他にも、地域の医療機関の機能向上により、医療体制の発展に貢献することができるでしょう。

 

譲受側のメリット

譲受側も、いくつかの問題を抱えていることが多く、それは譲渡側と異なる場合が多いです。譲受側は以下のような効果を期待し、事業譲渡を実施すると言えます。

・人材確保
昨今、医療従事者の人材確保は深刻な問題となっています。というのも、特に看護師に関して「7対1看護配置」という患者7人に対し看護師1人を配置するという制度が設けられたことで、採用競争が激化しているのです。
また、10対1看護など、1人の看護師に対する患者の数が増加するほど診療報酬が低くなるというシステムがとられており、看護師の数が収益に関わってくるのです。そのため、事業譲渡で譲渡側の人材をそのまま引き継ぐことで、人材不足を解消することができます

・規模の拡大
今まで対応していなかった診療領域を増やすためには、新たな機能を獲得しなければなりません。また、エリアを拡大するとしても、一から病院を建設する手間・時間・コストがかかります。しかし、事業を譲受することで、専門性を高め、低コストでの事業拡大が見込めるでしょう。

・病床規制への対応
病床数は、各都道府県が地域で必要とされる「基準病床数」を全国統一の算定式により算定し、「既存病床数」が「基準病床数」を超える地域(病床過剰地域)では 病院開設 増床を許可されていません(引用:厚生労働省)。
しかし、事業を譲受することで、既存の施設での増床よりも比較的簡単に病床数を増やすことができます。

・コスト削減
拠点を増やすことで、全体に共通して発生するコストを統一することができ、値引き幅が広がり、経費削減に繋がります。

 

事業譲渡では、譲渡側が期待するメリットと、譲受側が期待するメリットは異なります。事業譲渡により双方の希望が叶い、シナジー効果を最大限に引き出せると言えるでしょう。

 

最近の病院・クリニック業界の事業譲渡事例


現在、医療業界が抱えている問題や、事業譲渡のメリットがご理解いただけたかと思います。では実際、事業譲渡を実施した病院やクリニックは、どの様な問題を抱え、事業譲渡によって何を解決することができたのでしょうか。
ここからは、実際に事業譲渡を行なった企業・病院の事例をご紹介します。

 

事例①:株式会社東芝 東芝病院

株式会社東芝は、グループ社員の福利厚生の一環として東芝病院を運営していました。しかし、2016年4-12月期・連続決算で計上する損失額が7000億円弱になる見通しであることが判明してしまいます。それまでの資本金が3600億円であり、負債が資産を上回ってしまう債務超過に陥ってしままったのです。
東芝本体の経営不振による債務超過を解消するために、一部事業の売却を検討することになり、東芝病院が候補として挙がりました。東芝病院の事業譲渡の要綱は以下になります。

  時期:2018年
 譲渡側:株式会社東芝
 譲受側:東芝の同医療法人 カマチグループ 医療法人社団緑野会
譲渡理由:本体企業の債務超過解消
譲受理由:事業拡大
譲渡価格:285億円
対象企業:東芝病院にかかる事業の全部

事業を譲受した医療法人社団緑野会のカマチグループは、九州や関東で26の病院・12の診療所・7つの専門学校を運営するなど幅広くに事業展開しています。緑野会は、医療法に基づく譲受後の病院開設と使用許可取得を条件とし、基本合意書を締結しました。旧東芝病院は、高度急性期から在宅復帰まで幅広い知見と地域のニーズに沿った「医療の充実」「地域医療へ一層の貢献」が実現できると判断したため、緑野会への譲渡に至ったと説明しています。旧株式会社東芝 東芝病院は2018年3月をもって、東京品川病院として形を変えて存続しています。

 

事例②:JA埼玉県厚生連 熊谷総合病院

埼玉県厚生農業は、かつて「熊谷総合病院」と「幸手総合病院」を経営しており、地域の中核的な病院として、年収入高約67億800万円を計上していました。その後、事業は拡大していましたが、設備投資等のコストが重くのしかかかり、追い打ちをかけるように、当期純損失約14億8600万円に至ってしまったのです。更に、医師の採用難と新築移転により経営難に陥ってしまいます。
その結果、自主再建を断念し、2016年7月22日に破産手続を開始し、破産手続きの際に熊谷総合病院・幸手総合病院ともにM&Aによる事業譲渡を決定します。

  時期:2016年
 譲渡側:JA埼玉県厚生連
 譲受側:社会医療法人北斗
譲渡理由:医師の採用難と新築移転による経営の逼迫
譲受理由:事業拡大
  負債:65億3374万円

事業を譲受した社会医療法人北斗は、JA埼玉県厚生連 熊谷総合病院が柱としてきた診療科である内科・外科・整形外科に、北斗が強みとしている循環器内科や脳神経外科といった領域をプラスすることで、新しい熊谷総合病院の医療を確立したいと考え事業譲渡を決めたそうです。現在、旧熊谷総合病院は「PET総合検診棟(総合健診センター)」へと生まれ変わり、地域への貢献を目指しています。

 

事例③:NTT東日本東北病院 

NTT東日本東北病院は、東北地方における医師不足や、地域が抱える諸問題を抱えていました。それらの問題の解決、そして救急医療や地域包括医療の充実を図るため、事業譲渡を検討します。2016年4月に医学部を新設する予定であった学校法人東北薬科大学が、医師養成に必要な病床数獲得のために、附属病院としてNTT東日本東北病院を譲受することを検討し協議するに至りました。

  時期:2015年
 譲渡側:NTT東日本東北病院
 譲受側:学校法人東北薬科大学
譲渡理由:医師の採用難
譲受理由:附属病院の取得

まず、譲渡側の旧NTT東日本東北病院は、医学部の大学附属病院ということで、医師不足を解消することができました。
次に、譲受側の学校法人東北薬科大学は、当時の附属病院の病床数が466床と、医師の養成に必要な数には達していませんでしたが、事業譲渡により旧NTT東日本東北病院の病床数199床と合わせ約600床となり、医師養成に必要な病床数を確保できる結果となりました。現在、旧NTT東日本東北病院は、東北医科薬科大学 若林病院として、東北の復興に繫がる人材育成と医療提供を目指しています。

上記の事例から見ると、譲渡側と譲受側が事業譲渡に期待していることが異なることがわかります。しかし、結果として双方の問題を解決でき、譲渡側は特に、期待以上のシナジー効果を得ることができたのではないでしょうか。

 

病院・クリニックの事業譲渡を実施するうえでのポイント


病院やクリニックの事業譲渡は、成功することで問題が解決したり、期待以上のシナジー効果を得られたりします。ただ、事業譲渡は異なる性質を持つ病院、異なる問題を抱える病院同士が実施する場合が多いため、必ずしも成功するとは限りません。
とはいえ、可能な限り低リスクに収めたい、交渉で躓かずスムーズに進行したいと思うのは誰しも思うことかと思います。そこでここからは、事業譲渡を実施する上で、主に譲渡側がおさえておきたいポイントをご紹介します。

 

早めの準備を心がける

院長が高齢の場合、突然倒れてしまうようなケースは少なくありません。実際に、院長や経営者が倒れたことにより、経営や運営が成り立たなくなってしまったケースがあります。その場合、直ぐに後継者が見つかれば特に問題にはなりませんが、そうでない場合、事が起きてから事業譲渡を検討するのでは遅いでしょう。
というのも、事業譲渡には約1年費やすケースが多く、譲渡先の選定や条件交渉が難航すれば約2年を費やすケースも少なくありません。そのため、なるべく早い段階で事業譲渡の実施を計画する必要があります。
特に、経営状態が良い、患者数が多いなど、運営がある程度上手くいっている段階で事業譲渡を計画することで、譲受候補が挙がりやすかったり、譲渡価格が上がりやすかったりします。したがって、体調面で診察時間や診療日を減らしたことで患者数が減ってしまう前に、事業譲渡の準備を始めるようにしましょう。

 

譲渡条件の優先順位を明確にする

事業譲渡を実施することで、院長先生や経営者は、長年勤めてきた思い入れのある病院を第三者に譲渡することになります。そのため、診療方針や、院内環境を変えたくない気持ちから、あらゆる譲渡条件を譲受側に呑んでもらうよう求めがちになるでしょう。
しかし、もしあなたが、お金を出して病院を譲受する場合、数多くの条件を呑みながらも譲り受けたいと思いますか?譲渡側の病院にそれほどの価値があれば、譲り受けたいと思いかもしれませんが、多くの場合、そうは思わないでしょう。
譲渡側と譲受側が、お互いの落とし所を決めるためには、あらかじめ譲渡条件の優先順位を明確にすることが必要です。前もって、「譲れない条件」「譲歩できる条件」を決めておき、交渉をよりスムーズに進められるように準備しましょう。

 

譲渡価格の相場を把握する

病院やクリニックを事業譲渡する場合、譲渡価格を決めなくてはなりません。病院への思い入れだけで病院の価値を決めてしまっては、後々譲受側とのトラブルを生むことにもなります。そのため、自己判断で病院の価値を決めることは避けましょう。
譲渡価格の相場は、ある程度決まった方式で決定され、以下の方式で算出することができます。

資産基準+営業権方式
… 純資産の価値に営業権の価値を加算

買収事例比較方式
… 事業譲渡の事例を参考にし、譲渡価格を算出

ディスカウント・キャッシュフロー方式
… 今後得られると考えられる利益を現在価格に直し、利益額を元に譲渡価格を算出

いずれも、病院の規模や経営状態などで相場は多少変動します。例えば、個人経営の事業譲渡の場合、契約金が1000万円で収まることがある一方、大規模な医療法人では10億円にまでのぼることもあるでしょう。
まずは、今所有している病院が、現在いくらで取引するのが適切なのか相場を把握するとことから始め、付随して「周辺環境」「設備」などを踏まえ譲渡価格を決定しましょう。もし、相場が判断できないようであれば、M&A仲介会社やアドバイザーを利用すると、経営者とは異なる視点で、正しい譲渡価格を算出することができるでしょう

 

まとめ

譲渡側は「経営難」「人材不足」などの問題。譲渡側は「病床不足」「事業拡大のためのコスト」などの問題。それぞれが抱えている問題は異なりますが、力を合わせてお互いの問題を解決しましょう、医療を発展させていきましょう、と双方が問題解決に取り組む1つのプロセスが事業譲渡です。
今後、様々な問題の中、病院やクリニックの事業譲渡・件数は増加していくでしょう。ただ、その波に乗り遅れてしまうことで、もしかすると閉院の道を選ばなければならないかも知れません。その前に、できる限り早い段階で事業譲渡を検討してみてはいかがでしょうか。あなたの病院の価値を見出してくれる病院が見つかるかも知れません。

事業譲渡の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》
現在、病院経営者の中には、赤字経営が続いている、後継者候補がいない、しかし簡単には閉院できない、など将来に不安を感じている方も少なからずいるのではないかと思います。赤字経営であれば、多少の経営努力で改善の見込みがあるかも知れません。しかし、院長が高齢あるいは病気で倒れたなどの場合に生じる後継者問題では、最悪閉院を選択しなければなりません。しかし閉院には役所の手続きや、スタッフの退職に伴う社会保険などの手続きなど複雑なものがあり、簡単にはできません。

そこで、閉院する前に検討したいのが、近年増加傾向にあるM&Aです。

M&Aは事業承継・事業譲渡・事業売却などを指します。本記事では、これまでの、病院やクリニックの事業譲渡の事例や、実施する上でのポイントなどをご紹介します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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