2019年1月29日 火曜日

事業承継の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

現代の日本社会は高齢化が深刻化しつつあり、地域包括ケアシステムの構築など様々な対策が急がれています。こうした流れを受け、病院や、地域のクリニックの世界でも、病院再編や事業承継が進んでいます。
事業承継の事例から病院・クリニック業界の現在を読み解いてみましょう。

 

病院・クリニック業界における事業承継の動き

病院・クリニック業界とは

病院・クリニック業界とは、日本標準産業分類では、「医師又は歯科医師等が患者に対して医業又は医業類似行為を行う事業所及びこれに直接関連するサービスを提供する」事業と規定されています。
病院・クリニック業界は、株式会社のルールとは異なる、医療法にしたがう業界です。

病院とクリニックの違いは、入院施設の規模にあります。「患者20人以上の入院施設を有する」ものが病院で、それ以外が診療所です。病院とクリニックの設立母体としては、国、公的医療機関、社会保険関係団体、医療法人、その他があります。町中にある多くの病院・クリニックは、医療法人か個人が経営しています。非営利性が要求されるため、特殊な場合を除いて、株式会社は医療機関を経営できません。

 

・病院・クリニック経営の事業構造

病院・クリニックの経営は、患者に医療を提供することで成り立ちます。
事業の基本的なアクターは、医療提供者、患者だけではなく、患者が加入する保険機関、診療報酬や薬価を定める国、製薬業界など多数あります。

診療報酬は横ばいですが、薬価は下げられる傾向が続き、またジェネリック医薬品への移行も進んでいるため、業界としての利益性は圧迫されています。今後も人口が減少していくと考えられますが、高齢者ほど医療機関を利用する度合いが大きいので、患者数は中期的維持される見込みです。人材の面では、医師・看護師などの有資格者の人材不足の問題があり、とくに地方で深刻です。

 

・地域包括ケアシステムと新しい医療体制

日本社会の高齢化は急速に進んでいます。65歳以上の人口は、すでに全体の4分の1を超えています。また、75歳以上の人口割合は、2042年に3900万人でピークを迎えるまでは増え続けると考えられています。こうした状況の中、地域包括ケアシステムの構築が推進されています。

地域包括ケアシステムとは、高齢者ができる限り地域で自分らしく暮らし、人生の最後をむかえられるようにするための、包括的な支援とサービスの供給体制のことです。現在、厚生労働省を中心として、2025年をめどに、地域社会に住まい・医療・介護・生活の支援が一体的に提供されるシステムを構築することを目指して、国と地方が取り組みを進めています。

地域包括ケアシステムの構築が進めば、病院はより専門的な機能を果たす広域型病院と、地域社会の一翼をになう地域密着型病院に機能分化することを求められ、クリニックはかかりつけ医として、地域包括ケアシステムのリーダーの役割を果たすことが求められることになります。病院・クリニックの経営者にとっては、新しく学ぶべきことが増えるとともに、設備投資の面でも大きな負担を負うことになるでしょう。

 

・「出資持分」とは

医療法人のM&Aを考えるうえで、「出資持分」の理解を欠かすことはできません。

出資持分とは、医療法人を設立するときに出資した資金のことですが、株式会社と違い、出資したことと経営権とはまったく別です。出資持分により、医療法人に対する財産権が発生するので、医療法人を解散したり譲渡したりする場合は、出資持分を評価した金額を、出資者に支払う必要があります。

制度改正により、新しく出資持分を必要とする医療法人を設立することはできなくなりました。既存の医療法人に対して、出資持分のない医療法人への移行が推奨されていますが、税制上の障害などによりなかなか進んでいません。既存の医療法人の大部分が出資持分のある医療法人です。そのような法人は、大部分、「経過措置型医療法人」という名称のもとに、そのままの形態で事業譲渡されています。

 

病院・クリニック業界のM&A動向

診療報酬の改訂が下向きの圧力となる中、建て替えのための経費がかさみ、経営を圧迫される病院・診療所が少なくありません。また、専門的な人材の不足に悩む病院・クリニックも数多くあります。とくに看護婦1人当たりの患者数が減らされたこともあり、看護師の不足は深刻です。
このような圧力の中で、今後、地域包括ケアシステムの構築に向けた動きが本格化すれば、病院の再編や、地域の診療所の開業・継承・廃業なども活発化すると考えられます。

 

最近の病院・クリニック業界の事業承継事例


最近の病院・クリニック業界の事業承継の事例をご紹介いたします。事業を譲受する側の立場によって、異なる対応をとる必要があることにご注意ください。

 

クリニックを親族に承継した事例

内科を営むAクリニックは、開業後約30年が経ち、事業を承継する時期をむかえました。この時点で理事長は70歳代後半であり、理事長、理事夫人、病院勤務医の息子、息子の配偶者の4人で経営しています。スタッフは、非常勤医師4人を含めて10人です。理事長からの出資金は700万円で、ほかに理事長夫人からの出資金100万円があります。

最近5年間は、体調を壊した理事長が入退院を繰り返しているため、非常勤医師4人に来てもらって診療を継続している状態です。実際、経営は大幅に悪化し、年間収入は1.5億円から9,000万円に落ち込みました。クリニックの土地と建物は、理事長が所有しているものを法人が借り受けています。また現時点での出資持分評価額は、額面の約15倍、つまり約1.2億円です。

事業を承継することが決まった息子は、承継の準備のため、勤めている病院と掛け持ちの形で、Aクリニックで週1回程度の診察を始めました。出資分を1度に贈与するよりも相続税を安くするために、毎年、額面で25万円、評価額で約350万円を息子夫婦に贈与しています。その後息子は勤めていた病院を退職し、Aクリニックでの診察に専念しました。理事長と息子で二人診療体制に近い形をとり、患者の確保と、非常勤医師の削減に取り組みました。

さらに、患者や地域社会に対して息子が医院長になることを認知してもらう意味もあり、Webサイトの開設と、本格的な二人診療体制を可能とするための、クリニックのリニューアルを行います。このとき同時に、電子カルテの導入し、レントゲンのデジタル化も実行します。Webサイトの開設は今後クリニック経営をする上で必ずやらなければならないことですし、電子カルテやレントゲンのデジタル化もまた、患者の目に触れることであり、患者の印象を考えればぜひ導入したいシステムです。

Aクリニックはこの段階で息子に事業を引き継ぎました。具体的には、理事長を交代し、理事長夫妻の出資持分を息子夫婦に移動しました。このように、反転攻勢にでる前の段階で事業を承継することで、出資評価額の上昇により将来相続税負担が増加することを避けることができました

 

クリニックを第三者に承継した事例

Bクリニックは、市内の出産の半数以上を担う、地域になくてはならない産科クリニックです。約9年前に開業した理事長は、現在まだ57歳と、一般的にはまだまだ活躍できそうな年齢ではありますが、激務からの解放を願い60歳前後でハッピーリタイア、つまり豊かな老後資金を確保した上での悠々自適の生活を希望していました。
クリニックの理事会は、理事長、理事長夫人、理事長の母からなり、スタッフは30人です。出資額910万円の構成は、理事長600万円、理事長婦人300万円、理事長の母10万円です。また、クリニックの収入は年間5.5億円で、土地と建物は法人所有です。

理事長の引退の意向を受けた行政は、地域の産科クリニックが閉鎖されることに危機感をもちます。市が、理事長引退後の後継者探しに助力したこともあり、50歳でほかの医療機関に勤務する産科医が後継者となることが決まりました。
後継の産科医は持分を全額買い取る意思があったので、承継の作業は資産査定から始まりました。資産査定の実務には、事業の売却側・買取側双方の税理士とコンサルタントが介在しました。事業承継のために必要な経費は、理事長と理事長夫人に支払う合計1.2億円の退職金と、3人の経営者に支払う合計3.6億円の持分です。このように、先に退職金を支払うことで、事業利益を少なくすることにより、持分の評価額を低く抑えることができます。

産科の特殊性から、実際に分娩を行うのが事業を承継して担当医師が変わる前なのか、後なのかを予測できるため、承継の半年前から新しい患者の受け入れを調整することができました。カルテはすべて受け継ぎ、従業員も全員受け継がれています。

事業を譲渡する場合、やり方によって事業評価額や相続税がかなり変わります。また、土地と建物が個人所有の場合、一度法人に譲渡してから事業承継を行うのか、承継後も理事長が交代した法人と賃貸契約を継続するのか、新旧理事長間で個人として譲渡するのかなどの選択によっても、事業承継にかかる経費が変わります。この事例のように、税理士やコンサルタントなどの専門家の助けを借りて事業を承継すれば、合理的な選択を行うことができるでしょう。

 

病院・クリニックの事業承継を実施するうえでのポイント


病院・クリニックの事業承継を行う上でのポイントをご紹介いたします。

 

立地条件を把握する

病院やクリニックの経営にとって、立地は決定的な重要性をもちます。今後も人口が維持ないし増加する見込みがある地域の駅前や商店街などに立地する施設を承継できれば、それだけで一定の集客を見込むことができるでしょう。しかし、立地条件の良しあしを決めるのは人口と交通の便だけではありません。その地域の人口構成、高齢化率、昼間・夜間の人口動態、住民のライフスタイル、所得状態など、より細かいデータもまた、経営に影響をおよぼします。診療方針にはじまり建物や設備、内装まで、住民の需要をみたす経営を行うことが求められます

また、競合する病院やクリニックの場所や評判、経営状態についての情報も、できるだけ入手するように努めましょう。このような情報は、前院長や製薬会社MRその他の取引先、さらには患者さんなどから得ることができるでしょう。事業を継承した直後は、経営方針を大幅に変更することは望ましくありませんが、事前の十分な調査と、事業継承後に実際に経営する中で得られるさまざまなヒントをもとにして、経営をだんだんと改善していくことが求められます。

 

建物や設備、医療機器を最新のものにする

事業承継の場合、建物や設備、医療機器をそのまま引き継げるということは、大きなメリットです。一般的にそう考えることができますが、そうした設備全般が、今日常識とされる水準から大きく隔たっている場合は、また別の話です。とくに競合する病院・クリニックが多い地域の場合、設備の面で他に劣ることは、経営上、大きな弱点となるでしょう。

譲渡側がそのような状態を放置した場合、買い手側が設備投資にかかる費用を嫌うため、譲渡先を見つけられない場合あります。見つけられたとしても事業評価額が低くなる可能性が高いでしょう。
事業を譲渡する側が、日ごろから計画的に医療機器を更新し、建物の内装に手を入れるなどの施策を怠らなければ、患者数の増加が見込めます。患者数が増加すれば、経営状態が良くなり、事業譲渡の際の評価額にも反映されます。

 

M&Aの仲介業者にまかせる

病院やクリニックの経営者は、通常医師であり、一般的な会社の経営者と比較すると経営の専門的なノウハウを持っていないか、持っていても不十分な場合がほとんどです。そして、事業承継の実務は、ある程度経営に通じていると思われる一般の会社経営者にとっても、非常に難しいと作業です。

一般の会社の事業承継と同じように、病院やクリニックの事業承継の場合も、M&Aの仲介業者を活用することは、事業承継を売り手と買い手双方にとってよりよい形で成立させることに役立ちます。仲介会社は多数の買い手候補をプールしているので、自分で買い手を探すよりはるかに多くの買い手の中から、事業の承継先を選ぶことができます。
病院やクリニックの経営者は、常日頃診察など医師としての業務と、経営者としての業務を掛け持ちしています。事業承継を自力で行うとなると、そのためのさまざまな作業が必要となり、大きな負担となります。無理にやり遂げようとしても、どれかの仕事が散漫になったり、全部が散漫になったりすることは避けられません。

M&Aの仲介業者にまかせれば、事業承継のために経営者がするべき作業は大幅に軽減されます。全体のスケジューリング、買い手探し、医療機関の事業評価、行政などに提出するべき書類の作成など、多くの部分は仲介業者が代行したり、サポートしたりしてくれます。病院・クリニックの事業承継には1年〜3年程度と通常の事業承継より長い時間がかかるとされています。業者が得意な部分は業者にまかせ、経営者は意思決定や既存の病院・クリニックの経営改善など、経営者しかできない仕事に集中したほうが効率的です。

 

まとめ

以上、具体的な事業承継の事例を中心に、病院・クリニック業界の現在を読み解いてみました。
病院・クリニック業界で、事業承継を円滑に行うためには、通常の会社の事業承継を行う場合に注意するべきポイントに加えて、医療法人としての社会的な役割や、医療法人の特殊な制度に対しても対応する必要があります。このため、病院・クリニック業界における事業承継には、通常の会社の場合とくらべてより長い時間を必要とする傾向があります。事業承継には数年かかるので、早めに準備を始める必要があります。

事業承継の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》
現代の日本社会は高齢化が深刻化しつつあり、地域包括ケアシステムの構築など様々な対策が急がれています。こうした流れを受け、病院や、地域のクリニックの世界でも、病院再編や事業承継が進んでいます。
事業承継の事例から病院・クリニック業界の現在を読み解いてみましょう。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年1月29日
事業譲渡の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》
2019年1月29日
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