2019年1月27日 日曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

現在、医療業界は、診療報酬の引き下げや、看護師配置の制度の問題などにより苦境に立たされています。それだけでなく、医師の高齢化が進み、後継者問題も発生しつつあるのです。そのため、赤字経営や人材不足、後継者不足などで、経営を継続できない危機に陥っている病院は少なくありません。
近年、そのような病院が、生き残りの手段として選択しているのがM&Aによる事業売却です。多くの病院がM&Aにより、事業を継続できただけでなく、地域医療の発展や人材育成などに貢献することができています。
本記事では、M&Aの事例と併せて、事業売却を実施する上でのポイントなどをご紹介していきます。

 

病院・クリニック業界における事業売却の動き


昨今、医療業界は生き残りをかけた競争が激化しているようです。

第一に、診療報酬の引き下げによる収益の問題が浮き彫りとなっていることが挙げられます。これまで、病院は診療数を上げることで収益も比例して上昇しました。しかし、診療報酬の引き下げが行われてからは、診療数が直接的に収益に繫がるとはいえなくなっています。また、「7対1看護配置」という患者7人に対し看護師1人を配置するという制度が設けられ、看護師1人あたりの患者数が増加することで診療報酬が引き下げられてしまうことになってしまいました。そのことから、病院の経営状態を保つための人材確保も激化しており、医療業界は慢性的な人材不足に陥っているのです。

第二に、医師の高齢化の問題が挙げられます。日本の高齢化が進むとともに、病院の経営者や院長も高齢化しており、「子供がいない」「子供が医師ではない」「医師の子供と診療方針の相違がある」などといった理由で後継者がいないという問題も発生してるようです。

それらの問題によって、閉院に追い込まれる病院は少なくありません。しかし、そのような危機に陥っている病院やクリニックが、生き残りの方法として選択しているのがM&Aによる事業売却です。M&Aは近年増加傾向にあり、後継者問題だけでなく、場合によっては人材不足や経営の立て直しも図れるようです。今回は、ここではM&Aにおける事業売却のメリットを売却側・買収側に分けてご紹介します。

 

売却側のメリット

事業を売却するというと、「売り払う」というマイナスのイメージが付きまとってしまいますが、M&Aによる事業売却はプラスの効果が期待できると言えます。主に、以下の項目が事業売却によって売却側が期待できる効果です。

・後継者問題の解決
後継者問題では、そもそも後継者候補になり得る子供がいない場合や、後継者候補の勤務医と診療方針が違う場合、などが問題の原因として挙げられます。このとき、院長がリタイアした後、病院は経営を続けることが困難となります。
しかし事業売却を実施し買収側に経営を引き継ぐことで、後継者問題を解消し、病院を存続することができます。

・雇用継続・確保
後継者問題や赤字経営などで、最終的に閉院を選択するのも一つの方法です。しかしその場合、長年勤めてきた従業員の「雇用」と「生活」の問題が発生するでしょう。
もし、閉院を選択する前に事業売却を実施することができれば、契約に現在の従業員の雇用継続を盛り込むことが可能になり、一定期間の雇用を保証することができるでしょう。また、人材不足の問題があった場合、売却先の病院から医師や看護師などの人材を確保できる可能性もあります。

・設備投資・債務超過解消
まず、病院やクリニックの一部を売却する場合は、売却資金を既存の施設投資に回すことができるでしょう。次に、企業が所有している病院を売却する場合、売却資金で企業の債務超過を解消することもできます。

・大手企業・大手グループの傘下に入り経営が安定
事業売却を実施すると、大手企業や大手グループにより買収されることがあります。その場合、大手企業の傘下に入ることで、大手ならではの経営資本を背景とする規模の、経済メリットの恩恵を受けることができるでしょう。それにより、経営が安定するだけでなく、医療体制の発展に貢献することもできます。

 

買収側のメリット

買収となると、買収側は経営が好調であり、何一つ問題を抱えていないようなイメージを抱きがちです。
しかし、買収を検討している病院も、売却側と異なった問題を抱えています。買収側は事業売却において、主に以下のメリットが得られることを見込んで、病院を買収していると言えるでしょう。

・人材確保
前述で看護師の体制と、診療報酬の関係をご紹介しましたが、医療業界全体で人材不足の問題を抱えているため、早急に看護師や医師を増員することは難しいかも知れません。しかし、病院を買収し、買収先から従業員を引き継ぐことで人材不足を解消することができるでしょう。

・規模の拡大
今まで対応していなかった診療領域を増やすためには、新たに専門医を雇う、設備投資する、などが必要になります。また、診療エリアを拡大する場合にも、土地の確保や建設、設備投資、人材確保などが必要です。どちらにしても、手間・時間・コストが掛かり現実的でない場合もあるでしょう。
しかし、病院を買収することで、既存の病院や、そこで働く従業員をそのまま引き継ぐことができ、低コストで病院の規模を拡大することができます。

・病床規制への対応
病床数は、各都道府県が地域で必要とされる「基準病床数」を全国統一の算定式により算定し、「既存病床数」が「基準病床数」を超える地域(病床過剰地域)では 病院開設 増床を許可されていません。(引用:厚生労働省)しかし、病院を買収することで比較的簡単に病床数を増やすことができます。

・コスト削減
病院Aと病院Bが別々に、同じ医療品を業者に発注したとします。個別の発注である場合、定価での購入になってしまい、年間の経費は高くつくでしょう。しかし、病院Aが病院Bを買収し、共通して発生するコストを統一した場合、値引き幅が広がり、経費削減に繋がります。

上記のように、事業売却では、売却側と買収側のメリットは異なる場合が殆どでしょう。例えば、診療エリアを広げたい、人材を確保したい、などと考える買収側には、たとえ赤字経営の病院でも買収する価値があるのです。事業売却によって双方が抱える問題が解決することで初めて成功したといえるでしょう。

 

最近の病院・クリニック業界の事業売却事例


まず、事業売却としてここまでご紹介していきましたが、ここでは事業譲渡の事例をご紹介します。事業譲渡といっても、「譲渡価格」が決められ、第三者に売却するというものです。
過去に事業譲渡を実施した病院や企業は、どの様な問題を抱え、売却に至ったのでしょうか。そして事業譲渡の概要や売却後、何が解決したか、併せてみていきましょう。

 

事例①:NTT東日本東北病院 

NTT東日本東北病院は、東北地方において医師不足や地域が抱える諸課題の問題を抱えていました。それらの問題の解決、そして救急医療や地域包括医療の充実を図るため、事業譲渡を検討します。同時期、2016年4月に医学部を新設する予定であった学校法人東北薬科大学が、医師養成に必要な病床数獲得のために、附属病院となる病院の買収を検討していました。その候補として、NTT東日本東北病院が挙がり、協議するに至りました。

  時期:2015年
M&A形態:事業譲渡
 売り手:NTT東日本東北病院
 買い手:学校法人東北薬科大学
譲渡理由:医師の採用難
譲受理由:附属病院の取得

まず、売却側の旧NTT東日本東北病院は、医学部の大学付属病院として、医師不足を解消することができました。次に、買収側の学校法人東北薬科大学は、当時、既存の附属病院の病床数が466床と医師の養成に必要な病床数には達していませんでした。しかし、事業譲渡により、旧NTT東日本東北病院の病床数199床と合わせ約600床となり、医師養成に必要な病床数を確保できたのです。現在、旧NTT東日本東北病院は、東北医科薬科大学 若林病院として、東北の復興に繫がる人材育成と医療提供を目指しています。

 

事例②:日本郵政株式会社 神戸逓信病院

日本郵政は、全国各地で14の逓信病院を運営していましたが、赤字部門となっている病院事業の合理化を図っていました。それに加え、臨床研修医制度改正による医局への医師引き上げにより医師確保に苦慮し、患者の減少に歯止めに掛かっていない状態でした。そのことで、赤字解消や、専門性特色の取得などが課題として残ってしまいます。

  時期:2015年
M&A形態:事業譲渡
 売り手:日本郵政株式会
 買い手:医療法人社団南淡千遥会
譲渡理由:赤字解消

神戸逓信病院含むその他の逓信病院を売却したことにより、日本郵政は株式上場に向け不採算の病院事業を整理し、経営を効率化する方向に向くことができました。
また、売却後「神戸平成病院」となった旧神戸逓信病院は、医師・看護師・薬剤師・管理栄養士・リハビリスタッフ・介護職員などの専門多職種によるチーム医療を行い、患者さんの早期在宅復帰に向けて取り組んでおり、在宅後方療養支援病院として地域医療への貢献を目指しています。

 

事例③:倉本記念病院 

経営難により一度破産した倉本記念病院ですが、2014年に一般企業であるセコム株式会社が医療進出を目指し、旧倉本記念病院の土地と建物を買収しました。

  時期:2014年
M&A形態:事業譲渡
 売り手:倉本記念病院
 買い手:セコム株式会社
譲渡理由:破産
譲受理由:医療業界への進出

買収当初、「セコム千葉病院」の名称で開業予定でしたが、企業名を病院名に組み込むことを医師会に反対されたため、2ヶ月遅れで「セコメディック病院」として開業しました。開業時に就任した院長は、これまでの方針を引き継ぎ、より一層地域に信頼される病院を目指しています。
また、県下最大規模の医療グループである医療法人社団誠馨会の一部をセコメディック病院が担い、22の診療科と3つの診療センターを擁する総合病院として活動しています。

 

病院・クリニックの事業売却を実施するうえでのポイント


事業売却を成功に収めるためには、いくつかのポイントを守って実施することが必要です。もし、計画が遅れてしまったり、計画自体不明確なまま進行してしまったりすると、予期せぬトラブルを招くことになりかねません。そこでここからは、病院やクリニックを事業売却する際におさえておきたいポイントをご紹介します。

 

早めの計画

病院やクリニックを売却するケースでは、院長や経営者の高齢化により経営を継続できないことが挙げられます。しかし、この場合、稀に院長が倒れてしまい突然、病院を経営することができなくなったなどの自体が起こりかねません。また、M&Aは約1年~約2年と時間がかかる取引であるため、早めに計画することが必要です。更に、受診患者が多く、経営が好調な時期に事業売却を計画することで、買い手がつきやすくなります。そのため、院長の高齢化や健康状態悪化などで、診療日数などが減り、患者が離れていく前に事業売却を計画しましょう。

 

病院の強みを知る

事業売却を成功に導くためのポイントは、自身が所有する病院やクリニックの強みを知ることです。事業売却で買収側が気にするポイントは、
 ・立地
 ・診療内容
 ・患者数・カルテ数
 ・導入機器類
 ・従業員の人数
などが挙げられます。自身が所有する病院において、買い手に積極的にアピールできるポイントを見つけましょう。

上記の項目だけでなく、地域に根ざしたビジネスモデルや、診療方針もアピールできるポイントです。制度に左右されがちな医療ビジネスですが、承継した医師に共感してもらえて、継続してもらえるような強みをもっていると、事業売却は成功に繋がります。

 

譲れない条件・譲歩できる条件を明確にする

事業売却では、売却条件を決めなければなりません。売却条件には、「売却価格」「病床数」「診療科」「医療従事者の確保」など様々なものを盛り込むことができます。例として、七沢リハビリテーション病院脳血管センターの事例では、大きく10項目に渡り、移譲条件が設定されていました。

始めに、売却条件を決めた上で、事業売却の交渉を行なっていくのですが、必ずしも売却側が提示した全ての条件を買収側が呑んでくれるとは限りません。そのため、交渉をスムーズに進めることができるように、事前に「譲れない条件」と「譲歩できる条件」を明確にする必要があります

また、医療機器や備品、薬品、カルテ代を含んだ営業権と、内装外装の補修工事や医療機器などの原価償却残をいくらとするかも明確にする必要があるでしょう。これら条件を明らかにしておくことで引き継ぐ側の医師も資金を準備しやすくなります。

 

専門家の力を借りる

事業売却では、売却先の選定から売却価格の設定、売却条件の設定、交渉と複雑で専門性のある作業を行わなくてはなりません。また、個人で売却先を探す場合、なかなか条件に合う医師と出会えない、知人に売却することが決定していても交渉段階でトラブルに発展する、などのケースがあります。
様々なトラブルを回避するためにも、「医療系事コンサルタント」や「M&A仲介会社」「M&Aアドバイザー」などにサポートをお願いしましょう。それらの会社は、譲受を希望している医師とのマッチングをはじめ、M&Aの煩雑な書類手続き、金銭面の交渉まで一括でサポートしてくれます。
ただし、近年、秘密保持契約を行わない、開業させてしまえば開業後の事は関与しない、など悪質な仲介業者が出てきているため、相談の段階で少しでも怪しいと感じたら中止しましょう。仲介会社の選定の際に、評判や実績、料金体系などを調査することも重要です。

 

まとめ

病院のM&A事例では、「医師の採用難」という人材不足の問題から、「赤字解消」といった経営の問題で事業譲渡が行われていることがわかりました。更に「破産」といった自主再建が不可能な状態でも、企業が買収することも判明しました。
多くの病院は、M&Aを実施することで、売却側も買収側も、独自の問題を解決し、さらなる医療の発展へ繋げています。最低限のポイントを抑え、M&Aを成功に導きましょう。

事業売却の事例から読み解く潮流《病院・クリニック》
現在、医療業界は、診療報酬の引き下げや、看護師配置の制度の問題などにより苦境に立たされています。それだけでなく、医師の高齢化が進み、後継者問題も発生しつつあるのです。そのため、赤字経営や人材不足、後継者不足などで、経営を継続できない危機に陥っている病院は少なくありません。
近年、そのような病院が、生き残りの手段として選択しているのがM&Aによる事業売却です。多くの病院がM&Aにより、事業を継続できただけでなく、地域医療の発展や人材育成などに貢献することができています。
本記事では、M&Aの事例と併せて、事業売却を実施する上でのポイントなどをご紹介していきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
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2019年1月27日
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