2019年4月2日 火曜日

ファンドへの事業譲渡の事例から読み解く潮流

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

M&Aの取引件数は年々増加傾向で、大手企業はM&Aを経営戦略の柱とし、事業譲渡を繰り返して莫大な利益を得ています。ニュースでも大々的に取り上げられるため、M&Aは大企業だけが行っているように思われがちですが、中小企業・小規模事業者をターゲットとしたM&A・事業譲渡は年々増加傾向にあります。

さらに近年では事業譲渡先が事業会社だけではなく、ファンドへの譲渡も増えていることも注目すべき点です。この記事では、ファンドへ事業譲渡が行われた2件の事例をご紹介します。

 

ファンドへの事業譲渡


M&A・事業譲渡の事例の中には複雑な用語が登場します。事例のご紹介の前に、ファンドへの事業譲渡について解説いたします。

 

事業譲渡とは

事業譲渡とはM&A(企業の買収・合併の総称)の手法のひとつです。M&Aにおける「事業」とは、以下の要素を指します。
・事業組織
・人材
・ブランド
・取引先との関係
・有形の財産
・無形の財産
・債務
事業を行うために必要とされる様々な対象を総じて事業と呼びます。

事業譲渡では、企業の事業の全てもしくは一部の事業を第三者に譲渡します。契約によって個別の利権関係を移転させる為の手続きです。契約の内容によっては、事業のなかの不動産だけは残して賃貸収入を得るといったような手法を取ることもできます。

 

ファンドとは

ファンドとは、投資家から資金を集め、その資金を運用することで利益を得るための事業・仕組みです。M&Aや事業譲渡の場合においては、資金を運用する事業体という捉え方が一般的です。証券会社で誰でも購入できる投資信託もファンドの一種ですが、今回ご紹介するファンドは「私募型ファンド」とよばれる、限られた投資家のみが投資できる投資のプロフェッショナル集団です。

ファンドの投資は、公開株式の取引のように短期間での売買差益の獲得ではなく、企業や事業に対して投資を行い(一般的には株式の取得によって投資をします)、企業や事業の価値を高めた後に売却して利益を獲得します。そのため、投資期間は中長期に渡りますが、事業の価値を高めることで莫大なリターンを獲得することが可能です。

 

ファンドへの事業譲渡のメリット・デメリット

ここからは、ファンドへの事業譲渡のメリット・デメリットについてご紹介します。

ファンドへの事業譲渡のメリット

事業譲渡のメリットは、事業を売却したことによって、まとまった資金が調達できることです。採算の取れない事業を売却して、収益性の高い事業に資金を集中させる際によく使われる手法です。そのため、事業譲渡の特徴は「選択と集中」と言われています。

ファンドへの事業譲渡のデメリット

事業譲渡のデメリットは、譲渡完了までに特殊で複雑な手続きを踏まなければならない点です。また、事業譲渡の交渉をファンドと行っていることが公になってしまうと、顧客や従業員が離れてしまう原因となります。事業譲渡では基本的には従業員も継続して雇用されるため、最悪の場合には取引が中止になることもあります。

 

最近のファンドへの事業譲渡事例


投資ファンドというと、「安く買い叩き・高く売る」というイメージでドラマの題材にもなりました。しかしながら、本来の投資ファンドは、投資を行って中長期的に企業の事業をサポートする、ビジネスパートナーのような存在です。ここからは、ファンドへの事業譲渡によって企業が成長した事例をご紹介します。

 

【事例①】保育園事業の譲渡
投資ファンドの事業計画に譲渡側が満足したことで譲渡が成立

企業情報:譲渡側
社名:A社
業種:保育施設運営会社
年商:約7,000万円
従業員数:100名
所在地:東京・首都圏

譲渡側の背景と狙い
A社は東京・首都圏エリアを中心に保育園を運営していました。保育施設が不足している状況を改善することを課題にし、約30件の保育施設を運営するほど業績は順調でした。
しかし、運営会社オーナーが高齢で体調面に問題を抱えていたため、保育園事業を手放す計画が立ち上がります。そこで、M&A仲介業者の支援のもと事業譲渡を実施することが決まります。
東京都では保育園不足が社会問題になってたため、事業縮小といった選択肢は取るべきではないとオーナーは考えていました。自身が経営から退いたとしても、社会から必要とされている保育園の継続を切に希望していました。

保育園の大規模事業譲渡のケースが極めて少ないこともあり、事業譲渡に前向きな事業会社・投資ファンドが多数集まることを認めたM&A仲介業者は「オークション方式」を用いて事業譲渡先を決めることになりました。オークション方式は複数の買収希望事業会社・投資ファンドが並行して譲渡交渉を行います。

譲渡側がオークション方式を採用するメリットは、譲渡先の事業会社・投資ファンドを比較ができる、譲渡までのスケジュールを売却側が設定できるといった点です。この案件では、保育施設事業を運営するにあたっての志の高さを選定条件として重要視していたため、オークション方式をとったことで、複数の譲受先から最も条件と合致する譲渡先を選ぶことができました。また、オーナーの体調を考慮し、スピーディーな取引を実現させるためにもオークション方式での譲渡が最適な選択でした。

このとき、譲受先として、譲渡価格はもちろんのこと、諸条件も申し分なかったのが投資ファンドでした。ファンド運用事業者が保育施設運営に対して非常に前向きであったこと、提示された将来の運営計画に対してオーナーは深く同感した結果、投資ファンドへの事業譲渡が成約しました。

譲受側・ファンドの狙い
東京・首都圏エリアで約30件もの保育施設の事業譲渡案件は非常に稀であったため、投資資金は非常にスムーズに資金集めに成功しました。東京では特に待機児童が社会問題になっていたため、この事業譲渡に対する投資家の関心が非常に高まったためです。

また、このときの東京都は施設を新規開設することで潜在的需要が表面化し、更に受け入れ先が増えることを危惧していました。さらに、その負担を自治体が抱えることも消極的になる理由でした。

そこで、需要が増えていたのが新興の保育事業です。大手鉄道会社や教育事業を手がける会社が保育事業に参入していました。投資ファンドはこうした保育事業の時代背景から、長年に渡り東京・首都圏で保育施設を運営してきたA社に大きな投資価値があること判断します。

ファンドは長期的に事業を運営するプランを策定し提案しました。待機児童を少しでも多く受け入れるための施策や、保育士の労働環境を改善するプランなどがオーナーに認められ、さらに事業価値の向上が確実であるとして成約にいたりました。

 

【事例②】中堅運送事業の譲渡
事業拡譲渡により業績を回復し、目標であった株式公開を果たした事例

企業情報:売り手側
社名:B社
業種:物流事業
年商:約100億円
従業員数:100名
所在地:関東

譲渡側の背景と狙い
B社のオーナーは、創業以来、株式市場への上場を目指していました。運送事業は年間で約100億円を売上げていましたが、不採算事業が経営の重荷になっていました。

物流業界は規制緩和によって競争が激しく、また労働環境が良くないというイメージがあるため慢性的な人材不足の問題を抱えています。さらに、内需が減少したこと、物流業界の再編が進んだことで物流市場は縮小しました。
この煽りを受けて、B社も長年専属契約をしていた大手建材メーカーの物流部門も大幅に規模を縮小してしまいます。

B社を支えていた事業が傾いたことに影響されたのか、他の物流事業の売上も減少してしまいます。事業を立て直すために、倉庫管理事業・アウトソーシングなど事業の多角化の施策の為に投資を行いましたが、売上回復に貢献するような結果は得られませんでした。

そんなB社の経営状況に追い打ちをかけるように、大手資本・大手企業の物流部門や物流会社が統合する動きがおこります。大手企業同士で行われた事業譲渡によって、B社のような中小規模の売上の物流会社は経営危機にさらされました。B社は多角化した事業のいくつかが不採算事業となっていたこともあり、早急な経営体制の見直しが必要でした。

会計士に不採算事業の整理について相談をしたところ、ファンドへの事業譲渡の話を持ちかけられます。早速投資ファンドによってB社の経営状況・財務状況のコンサルティングが入り、一定の利益を維持していること、財務管理の整備が行き届いていることが認められます。そこでファンドから提案された事業譲渡を行いながら、B社の株式を公開することが提案されます

B社の事業譲渡計画にはさらに別のファンドも参入し、ふたつのファンド事業がB社をバックアップすることになります。不採算事業をいくつか切り離しながらも、他の物流業者の事業を買収するというM&Aを実施し、売上が建材メーカーの物流事業の数字を上回るほど成長します。

そして、オーナーのかねてからの目標であった株式公開のためにSPC(特別目的会社)を設立、2年後には株式市場への上場の実現を果たしました。物流業界再編の余波を受けたことをきっかけに経営体制を見直し、諦めかけていた株式公開による事業譲渡の実現にまでこぎつけ、成功させた事例です。

譲受側、ファンドの狙い
B社との事業譲渡・M&Aを実施していた時期は、物流業界の再編でM&Aが頻繁に実施されていました。そのように競争激化している時期にB社との事業譲渡・M&Aを成功させるために、ファンドは「ロールアップIPO」をいう戦略を実行し成功を収めます。

コンサルティング会社がB社の事業を精査した結果から、中核事業では一定の収益を出せていることがわかっていました。そこで、不採算事業となっていた事業を譲渡し、利益を確保していた事業に資金を集中させることでベースとなる事業を安定・発展させます

さらに、物流業界再編という事業拡大のチャンス逃さないために、ロールアップIPOを実行します。ロールアップは「囲い込み戦略」と同義で、同業者をM&A・事業譲渡で買収することで、市場でのシェアを拡大させるM&Aの手法です。IPO(新規公開株式)投資は上場前に発行された株式を取得し、上場と同時に売りにだす投資の手法です。

一般的に高値で売却ができるとされている新規公開株式で、B社の株式の初値は期待以上になり、ファンドは投資額に見合うハイリターンを獲得することに成功します。ファンドが行ってきたB社の中核事業への支援と、M&Aを繰り返したことで業界における高いシェアを築くことができていたことが大きな要因です。

この事例はオーナーの最大の目標であった株式公開を、事業譲渡とM&Aで事業を成長させることで成し遂げ、ファンドもIPOで大きな利潤を獲得することができた、ファンドへの事業譲渡の好事例です。

 

ファンドへの事業譲渡を実施するうえでのポイント


ファンドへの事業譲渡の事例を2つご紹介しました。ここからは、事例の中では紹介しきれなかった、事業譲渡を実施するうえでのポイントを解説していきます。

 

手続き完了、結果が出るまで時間がかかる

事業譲渡の検討を始め事業譲渡が完了するまでには、早くても半年、長い場合は3年以上の時間が必要です
また、ファンドから投資を受けて、事業を成長させようと対策に乗り出しても、すぐに結果が出ない場合があります。結果を出すことに焦り、ファンド側から招致された経営陣と対立することは珍しくありません。
さらに、経営者は事業譲渡の手続きが完了するまでは、経営から離れることが出来ない点にも注意が必要です。

 

互いに信頼がなければ事業譲渡は成功しない

事業譲渡の交渉で、簿外債務や過去の法令違反などを隠していては、ファンドと信頼関係を結ぶことはできません。過去の事例で、売却益を多く得るために事業の売上を水増して譲渡していたことが明らかになり、詐欺事件として実刑判決となった判例があります。

ファンドとの関係は譲渡後も数年に渡って継続します。そのため、互いに信頼できるように、誠実な関係を構築するための努力が必要です

 

事業譲渡の準備は早めに行う

事業譲渡の準備を早めに行わなければならない大きな理由のひとつは、譲渡先候補となる投資ファンドが、タイミング良く見つかるとは限らないためです

事例②で紹介したように、業界再編によってM&A・事業譲渡が盛んになることがあります。そのような状況を乗り切ることができるかが経営者の腕の見せどころですが、予め事業譲渡を経営戦略としてファンドと関係を結んでおくことも賢い選択のひとつです。
財務面の整理から、事業別、製品・サービス別の資料の提出を求められた際には、すぐに対応できるように日頃から準備をしておくとよいでしょう。

 

まとめ

実際に実施されたファンドへの事業譲渡の事例をご紹介しました。事業を譲渡する目的はそれぞれですが、事業を成長させる手段のひとつであることは間違いないようです。
また、どちらの事例も、社会的・経済市場的に良いタイミングで事業譲渡ができていました。それは、ファンドが儲かるタイミングであることを理解して事業に投資したからです。投資のプロであるファンドの潤沢な資金を活用して、事業の選択と集中を行い、さらなる企業成長を検討してみてください。

ファンドへの事業譲渡の事例から読み解く潮流
M&Aの取引件数は年々増加傾向で、大手企業はM&Aを経営戦略の柱とし、事業譲渡を繰り返して莫大な利益を得ています。ニュースでも大々的に取り上げられるため、M&Aは大企業だけが行っているように思われがちですが、中小企業・小規模事業者をターゲットとしたM&A・事業譲渡は年々増加傾向にあります。
さらに近年では事業譲渡先が事業会社だけではなく、ファンドへの譲渡も増えていることも注目すべき点です。この記事では、ファンドへ事業譲渡が行われた2件の事例をご紹介します。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年4月2日
ファンドへの事業承継の事例から読み解く潮流
2019年4月2日
ファンドへの事業譲渡を検討する際のチェック項目
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