2019年6月10日 月曜日

ファンドへの事業売却の事例から読み解くポイント

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

M&Aの取引件数は年々増加傾向にあります。
その中で、投資ファンドによる中小企業をターゲットとした事業買収も増加しています。
本稿では、ファンドへ事業売却について、具体的な事例も踏まえて、取り組む際に重視すべきポイントについてご紹介します。

ファンドへの事業売却の動き

「ファンド」とはどのような存在なのでしょうか。
ファンドは複数の投資家からお金を集めて、株式や不動産等に投資・運用することで獲得した利益を分配しています
ファンドの中には企業を対象として投資を行うものがあり、PE(プライベートエクイティ)ファンドが例として挙げられます。PEファンドは非上場企業を支援し、株式上場した後に株式を売却することによって多額の売却益を得ることを主な事業としています。

近年は、中小企業で後継者不足が問題となっており、経営者が60歳以上である企業の半数ほどは後継者を確保できていないとされます。現在の状況が変わらず続いた場合、2025年までに中小企業の閉鎖が相次ぐという予測もあり、事業承継に対するニーズは近年増加しています。
経営が順調である企業が後継者問題に直面した場合、承継先としてPEファンドを選ぶケースが増えています。PEファンドは潤沢な経営リソースを備えている場合が多く、企業を売却した経営者は、承継先の確保や業績向上といったメリットを得ることができます。
中小企業は大手に比べて資金や人材が不足しやすく、PEファンドから支援を受けて経営を安定させたり、事業を拡大する体制を整えたりすることは有効な経営戦略です

2008年に起こったリーマンショック以降、長らく投資ファンドのM&Aは停滞していました。一方、昨今の投資ファンドによる中小企業のM&Aは年々増加しており、2017年には2000年代中盤と比較して約200%の成長を記録しています。
事業売却はM&A(企業の買収・合併の総称)の手法のひとつです。事業売却では、企業の事業のすべて、もしくは一部の事業を第三者に譲渡します。ファンドも幅広い買収手段を検討する中で、事業買収を手段として活用するようになりました。

ファンドへの事業売却を行うメリットは様々です。
大きなメリットの一つとして、売却益の獲得が挙げられるでしょう。株式を譲渡・売却することで、経営者はその事業のオーナーではなくなりますが、一定のリターンを得ることができます。
また、長年経営に携わってきた人であれば、事業を売却することで経営に関するあらゆる重責の負担が減ります

金融機関から融資を受ける場合であれば、経営者保証を結ぶこともあるでしょう。企業に万が一の事態が起こった際に、自分の資産を失う可能性があります。事業売却によって、経営者保証を外すことを目的にしている経営者もいます。

1990年代半ばにPEファンドによって行われたM&Aでは、経営難に陥った企業を安く買い叩き、リストラなどの目先の利益を優先する経営関与が行われました。投資ファンドが「ハゲタカ」と呼ばれるようになったのも、この頃のファンドの傾向がもとになっています。
一方、近年の投資ファンドは企業理念を尊重して友好的に経営に関与する方針にシフトしています。会社の経営者が変わるということは従業員にとっても不安材料となります。経営方針の転換によって、優秀な従業員が流出してしまっては、ファンドにとってもマイナス要因です。場合によっては、成長資金を獲得しつつも、文化を継続しながら事業の拡大させることができます

最近のファンドへの事業売却事例

最近のファンドへの売却事例をみていきましょう。

ユニゾン・キャピタルがスシローグループを支援

大手PEファンドであるユニゾン・キャピタルがスシローグループと2007年に資本提携を締結し、翌2008年にMBOによって非公開化しました。
再上場までの過程でスシローはブランド認知と顧客満足度の向上に取り組み、従来の事業体制を見直して改革することに尽力しています。
経営改善の成果として国内における出店数の増加や海外進出、売上高1,000億円などの目標を達成したのち、ユニゾン・キャピタルは2012年9月にPEファンドのペルミラへ全株式を売却して経営支援を成功させました。

ベインキャピタルが大江戸温泉物ホールディングスの全株式を取得

2015年に国際的なPEファンドであるベインキャピタルが、温泉旅館チェーン「大江戸温泉物語」を運営する大江戸温泉ホールディングス株式会社の全株式を取得する株式売買契約を締結したことを発表しました。
大江戸温泉物語は2015年時点で、全国に29か所の事業拠点を保有しており、温泉旅館チェーンとして国内最大手となっています。大江戸温泉物語の発展は橋本社長のリーダーシップによる面が大きいといわれています。
ベインキャピタルは過去にすかいらーく社を経営支援して培った経験と実績を活かし、対象企業の顧客マーケティング強化、国内における新規出店加速、海外への事業展開を推進していくとしています。
ベインキャピタルが全株式を取得した翌年2016年には、国内で5か所の事業拠点を取得し、運営する施設を33か所へ増加させています。
今後は地方旅館を中心に取得し、大江戸温泉が運用して事業拠点を拡充するというスタイルで、運営施設100か所、年間売上高1000億円を目指しているとされます。

ファンドへの事業売却を実施するうえでのポイント

ファンドへの事業売却はさらなる発展を見込みます。
多くの経営者が、ファンドへのM&Aを事業成長の一つの手段として考えるようになっています。しかし、ファンドへの事業売却はメリットだけでなく、デメリットも存在します。そもそも、M&Aは売り手と買い手の双方に大きなリスクが伴う取引です。では、ファンドへの事業売却を実施する際、企業はどんな点に注意すればいいのでしょうか。ファンドへの事業売却を成功に導くポイントを解説します。

事業の成長性、再現性はあるか

ファンドは買収した企業、事業の価値を高めてから売却することで収益を得ています。逆にいえば、価値を高めることが難しい企業、事業には投資を行いません。事業の成長性が見えない企業を買収することはないでしょう。
また、現時点でうまくいっているビジネスでも、それが再現性を持たず、たまたまうまくいっている事業であれば、ファンドが投資することは考えにくいです。ファンドへの事業売却を考えるのであれば、ファンドが買収したいと思うような、事業の成長ストーリーを描けることや、過去の成功が再現性を持って繰り返されることをうまく説得しなければなりません

経営を引き継ぐ最適な人物をファンドが用意できるか

ファンドに経営を引き継いでほしいとお考えの方もいると思います。その際は、どのような人物が経営を引き継ぐのか、確認するようにしましょう。必ずしもファンドが最適な人物を用意できるとは限りません。将来の経営人材と会社の相性もみておくことで安心した取引を進められるでしょう

経営者とファンドの担当者が合わないケースもある

ファンドが経営支援を行うプロセスでは、ファンドは支援対象となる企業に対して執行役員や後継者となる人物を派遣します。PEファンドは支援を成功させることが第一目的なので、派遣される人員は優れた経営スキルを持っています。しかし、ファンドが用意した後継者候補が今の経営者と意見が合わない可能性もあります。
業績を優先すると合理的な判断が必要になることが多く、経営支援の実施前後でまるで別の会社になるようなケースも想定されます。ファンド側が経営支援を主導することは事実ですが、現在の企業理念を維持したい場合には経営者側から意向を伝える必要があります。
後継者に対しても早めに意見交換の場を設けて、後継者の人格や経営方針などを前もって確認した上で、依頼することをおすすめします

売却の準備は早めにすすめる

事業売却は非常に時間のかかるプロセスです。事業売却の検討を始め、事業売却が完了するまでには早くても半年、長い場合で3年以上の時間を要することがあります。そのため、事業売却はタイミングがとても重要です。売却先となる投資ファンドが、売却したいタイミングで都合良く見つかる可能性は低いので、事業売却の準備は早めに行うことが得策です。
事業別、製品・サービス別の資料の提出を求められた際に、すぐに対応できるように日頃から財務関係のデータは整理をしておくとよいでしょう

互いに信頼関係を築く

お互いにうまく情報開示ができない状態では、良い取引は生まれません。お互いの利害関係について、考えをしっかりと開示し、ファンドとも信頼関係を結ぶことが事業売却については大切でしょう。事業売却の交渉の中で簿外債務や過去の法令違反などを隠していては、いい取引にはつながりません。
過去のには、売上を水増し売却していたことが明らかになり、詐欺事件として実刑判決となった事例もあります。ファンドとの関係は売却後も数年に渡って継続します。互いに信頼できるように、誠実な関係を構築するために努力しましょう

投資ファンドの市場環境について理解を深める

過去の事業資金の調達といえば、銀行からの融資が基本的な方法でした。一方でバブル崩壊、リーマンショックの際には、特定の金融機関からだけ融資を受けていた企業の倒産が相次ぎました。
メインバンク制の崩壊という言葉が語られる中、企業は複数の金融機関や調達方法を活用することで安定を図るようになりました。中小企業と投資ファンドの取引もそうした背景の中で徐々に案件数が増加しました。
ファンドはあくまで利益を獲得することを目的としており、事業売却を望むすべての企業を対象にしているわけではありません。だからこそ、投資ファンドの直近の投資事例に目を向け、どのような企業に投資価値を見出しているのか、研究することが重要です

企業価値評価の方法を知る

ファンドは投資に値する事業かどうかをシビアに判断しています。
投資に値するとは、対象事業の買値と売値を予想した際に売却益が見込め、かつその額がファンドの期待しているリターン率を上回る状態です。事業承継を行うファンドは、対象会社の市場、競合情報を事前に調査し投資戦略を立てています。

上場企業の場合は株式の時価総額でおおよその企業の価値を計ることができます。
一方、ファンドが相手にすることが多い非上場企業の場合は、そもそも公開株価が存在しません。ファンドは、様々な内部データ、外部データを活用しながら、対象となる企業の企業価値評価を行います。この企業価値評価には主に3種類の方法があります。

  • コストアプローチ
    財務状況や株式取得価額から評価する(簿価純資産法・時価純資産法)
  • マーケットアプローチ
    市場での取引価格をベースに評価する(類似業種比較法・類似企業比較法)
  • インカムアプローチ
    将来獲得が見込まれるキャッシュフローを評価する(DCF法・収益還元法)

ファンドとの取引をする際には、これらの企業価値評価の手法を理解し、ファンドがなぜ自身の事業にその値付けをしているのか、理解しておくことが重要です
この企業価値評価のロジックがわかっていれば、企業価値の交渉も進めやすくなるでしょう。

ファンドへの売却が最適解かを見極める

ファンドが最適な事業売却の選択肢とは限りません。事業シナジーのある事業会社に売却をした方が事業のその後の成長は見込めるかもしれません。
また、資金調達を目的とする場合、事業内容によってはメインバンクから追加融資を受けることで事業を拡大できることもあるでしょう。投資ファンドとの取引が最適と決めつけず、広い選択肢から最適な事業売却の手段を選択してください

まとめ

実際に実施されたファンドへの事業売却の事例をご紹介しました。
投資のみならず、経営支援を受けることも期待できる手段として、ファンドへの事業売却は今後も注目され、成長を続けていくと考えられます。
事業売却する目的はそれぞれです。投資のプロであるファンドの潤沢な資金を活用して、事業の選択と集中を行うことで、企業をさらなる成長に導くことができるかもしれません。
ただし、ファンドへの事業売却は必ずしも成功につながるとは限らないので、注意が必要です。

ファンドへの事業売却を検討されている方は本稿を参考に、事前の準備をしっかり進めましょう。

ファンドへの事業売却の事例から読み解くポイント
近年、投資ファンドによる中小企業をターゲットとした事業買収が増加しています。こちらの記事では、ファンドへ事業売却について、具体的な事例も踏まえて、取り組む際に重視すべきポイントについてご紹介しています。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年6月10日
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