2019年5月31日 金曜日

事業売却の事例から読み解く潮流《建設業》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

2020年の東京五輪や近年増え続けるインバウンド効果により、建設業界はかつてない活況を呈しています。しかし、東京五輪後は建設市場の縮小が見込まれており、各企業はそれに対応すべく様々な施策を考えています。

市場の状況に加え、建設業界は特に経営者や技術者の高齢化、若者の現場離れ、人材不足が顕著な業界です。これに対しても、経営者は従業員のために、会社の存続を賭けて策を講じなければなりません。

今回は、建設業を取り巻くこれらの問題の解決策として、事業売却について考えてみたいと思います。

 

建設業における事業売却の動き

建設業界の現状

建設業は、外部環境に影響を受けやすい業界と言われています。

現在は東日本大震災の復興事業がまだ継続中であり、これに2020年に向けたオリンピック特需も加わって、建設業界市場は需要にあふれている状況だと言えます。

しかし、昨今の建設業界における人手不足問題は、他の業界に比べても特に深刻です。建設業界内では、「震災復興のプランはできたものの、被災者の住宅が完成しない」「東京五輪は誘致できたけれど、競技会場建設が計画通り進まない」といった声が聞かれ、建設業界における人材不足は深刻さを増しています。

前回のリオデジャネイロ五輪が開催された際に、競技会場建設が遅れているというニュースを見た方も多いかと思いますが、これは全く他人事ではありません。

過去20年間の全就業者の数を見てみると、約650万人でほぼ横ばい状態であるのに比べ、建設業に目を転じると、1995年には660万人だったのが、2015年には、500万人にまで減少しています。

その500万人の内訳は、50代以上の作業員数はあまり変化がないのに対して、20代、30代の作業員数が少なくなっています。建設業の就業者は年々減少傾向にあるのです。今後、その50代以上の作業員が定年を迎えれば、さらに人材不足に拍車がかかります。

建設業界は「仕事はあるけれど人が足りない」という実情を抱えており、必ずしも特需が功を奏しているとは言いきれません。

20代、30代の若年層が建設業を遠ざけている理由は、いわゆる3K(きつい、危険、汚い)といった、建設業に定着してしまったイメージによるところが大きいと言えます。実際に、現在建設中の東京五輪の競技場や選手村で働く作業員の中には、月26日、月28日出勤している作業者もいます。

「休日出勤が多い」「労働が長時間にわたる」「作業が危険」「職場に若い人が少なく年配の人ばかりなので話が合わない」といった声も聞かれ、若者の定着率が低い要因となっています。

 

こうした実情に対して、国も対策を練っています。

公共工事費の積算に用いるため、国土交通省と農林水産省は公共工事設計労務単価を決定していますが、2012年までは一貫して単価を引き下げてきたところ、2013年度からはこれを引き上げ、2016年の改定では2012年度に比較すると35%もの大幅改善を実施しました。

大型の公共工事は、大手ゼネコンがまず受注しますが、その後、協力業者である建設会社や工事会社に業務を外注します。それから更に、一次、二次、三次と下請け企業に仕事が発注されます。五輪施設についても同様で、受注するのは大手ゼネコンですが、実際の工事は下請け業者が行います。ゼネコンでは、完成工事高に対する外注費の割合が60%を占める会社が多く、重層下請け構造であることがわかります。

一つの案件に対して多くの企業が関わっており、国の公共工事設計労務単価の引き上げも、現場の作業員の賃金へのしわ寄せを正して、若者の更なる建設業界離れを防ごうとした試みの一つなのです。

このように、業界全体として経営者の高齢化や後継者不足は大きな問題となっています。跡継ぎが見つからずに経営を続けていれば、いずれ経営は限界を迎えそのまま廃業するしかなくなってしまいます。仕事の需要はあるのにのれんを下ろさざるを得ない、というのは賢明な選択ではないでしょう。

そこで、企業の生き残り策として多くの経営者が検討しているのが「事業売却」という方法です。

 

事業売却という解決策

事業売却とは、その名の通り、会社内にある事業を売却することを言います。事業の数に制限はないので、事業は一つであることもあれば複数事業であることもあります。

最近は、業界や会社の規模を問わず事業売却をする企業が増えていますが、前述のとおり後継者問題や人手不足に悩む建設業もこの例外ではありません。

 

では事業売却とは具体的にどのような目的で行われるのでしょうか。以下で代表的な目的をご紹介します。

・不採算事業やノンコア事業を手放すため

・コア事業に注力するため

・経営者の高齢化と後継者不在を解消するため

・親会社の傘下に入ることで、財務基盤を安定させるため

・規模が大きくなることで、顧客や取引先からの信用を得るため

・優秀な人材を採用するため

・人材不足を解消するため

・新たな販路、ノウハウ、技術を獲得するため

ご覧の通り、事業売却で実現できるメリットは数多く存在します。

会社全体を売却するとなると、今まで代々続いていたのれんを下ろすことになるだけでなく、今までの取引先との関係や、雇用していた従業員の生活まで全て無にすることになりかねません。

会社自体は残しつつ事業を売却することで、売り手と買い手双方が本当の目的だけを叶えて自社を次のステップに進めることができるのです。

 

最近の建設業の事業売却事例

それでは実際に、建設業界においてどのような事業売却が実現しているのでしょうか。

以下でいくつかの事例をご紹介します。

 

旭シンクロテックがトーエネックに事業売却

2016年、東京のプラント配管工事を営む旭シンクロテックが、中部電力子会社のトーエネックに対し事業を売却しました。

旭シンクロテックは、高度なプラント配管技術を有する会社です。トーエネックは、旭シンクロテックの取得により、プラント配管技術にも対応できる体制を整えることができるようになりました。この事業売却により、連結グループの空調管理部門の売上高は約2倍になりました。

 

ケンコーが九州ガスホールディングスに事業売却

2017年、長崎県にある鋼構造物工事業のケンコーが、九州ガスホールディングスに事業を売却しました。九州ガスホールディングスは、鋼工業のケンコーを買収したことでデベロッパー事業への進出を果たし、工場建設受注も可能になりました。

 

アーバン・スタッフは、日成ビルド工業に事業売却

2018年、栃木県にあるアーバン・スタッフは、日成ビルド工業に事業を売却しました。アーバン・スタッフは、かねてより太陽光発電事業に着手していたため、日成ビルド工業としては太陽光発電事業の分野に進出し、サービス充実とビジネスモデルの拡大を目指しました。

 

ソフランウイズが積水化学工業に事業売却

2017年、ソフランウイズは、積水化学工業に事業を売却しました。ソフランウイズは、硬質ウレタン原液を製造しています。積水化学工業は、耐火材量や不燃材料などの各種製品を開発し、販売の事業を拡大していくことを今後目指しています。

 

松村組がパナソニックに事業売却

2017年、建築会社の松村組は、パナソニックに事業を売却しました。松村組は優れた施工技術者を数多く抱えており、パナソニックは松村組の保持する技能を獲得し、住宅部門を増強するために本件買収を行いました。

 

SINGAPORE PAINTS & CONTRACTORが浅沼組に事業売却

2018年、SINGAPORE PAINTS & CONTRATOR(以下SPC社)は、浅沼組に事業を売却しました。SPC社は建物外壁塗装や修繕を専門とした企業です。浅沼組は従来、民間建築・工事を専門にしており、SPC社を足がかかりにアジア市場への進出を目指して同社を買収しました。

 

上記のように、建設業同士の事業売却、異業種企業への売却など、事業売却の形式は様々です。

いずれもお互いのノウハウの活用やビジネステリトリーの拡大、優れた技術者の獲得、それぞれの得意分野の融合などを通して、企業としてのパワーを増していこうとしています。

また、SPC社と浅沼組との例が示すように、日本市場のみならず、海外にビジネスチャンスを求めて現地企業を取り込むケースもあります。さらには、ビジネスチャンスと同時に相手国支援という目的を持った海外進出もあります。

 

建設業の事業売却を実施するうえでのポイント

以下では実際に事業売却をする際に気を付けるべきポイントについて、売り手側と買い手側の視点に立ってご紹介します。

 

売り手側のポイント

事業売却に際して、売り手側は事前に多くの準備をし、確認事項を注意深くまとめておく必要があります。

 

工事実績のデータと書類の用意

書類上で特に重要なアイテムは、過去の事業の実績データです。過去の実績の多さは、取引先の多さにも繋がります。過去の取引先の中にリピーターがいれば、施工の満足度の高さが証明されるので、売却企業の信用度も増すことになります。

過去の受注や、売上の記録も重要です。個々の案件についての書類を整理して、買い手側から請求があったらすぐに提示できるようにしておきましょう。具体的には、見積書、注文書、契約書、請求書、納品書、社内での集計表、経理上の帳簿類などが該当します。これらを案件毎に整理しておくことも必要です。

過去の施工数やリピーターが多く、書類管理がしっかりしている会社であれば、買い手側にビジネスパートナーとして望ましいと判断してもらえる可能性が高くなります。

 

自社の企業価値評価

売り手側企業は、自社の企業価値評価(バリュエーション)を実行する必要があります。

企業価値評価とは、会社が保有している資産と、将来稼ぎ出す利益を基に算出される会社の値段を意味します。事業売却の交渉テーブルでは、これが買い手側と売り手側の価格交渉に際しての判断基準となります。

売り手側は、これを基に買い手側に提示する価格を検討します。また、買い手側は、これを基に投資するに価する企業かどうかを検討します。

 

社員の引継ぎ準備

事業売却の話が進む中で、大切になってくるのが従業員の処遇です。買い手側が大手であれば、福利厚生の条件が良くなったり、買い手側企業の社則に合わせて待遇が好転したりすることもあります。

一方、勤務場所が変わることで、距離的に通勤できなくなる社員や、買い手側企業に上手く馴染めない社員などが出てくる可能性があります。

 

また、経営陣が変わることにより、場合によっては外部から役員を雇うこともあり得ます。仕事の内容を知らない外部の人間が役員に就くことで、社員が不信感を持つことも考えられます。場合によっては、優秀な社員が大勢退職してしまうこともあります。

こうした事態を事前に予測し、特に売り手側のトップは、売却後の当該事業における社員の処遇についてもよく策を練ることが必要です。

 

買い手側のポイント

買い手側も、売り手側と同じく綿密な準備が必要ですが、買収によって得られるメリットを明確にしておくことが特に重要です。

 

実績と書類の確認

売り手側が準備した過去の実績などの書類について、買い手側は注意深くチェックする必要があります。

主なチェック事項として以下のような点が挙げられます。

・公共工事と民間工事の施工割合はどれくらいか

・難易度が高い工事を施工した実績があるか

・魅力的な取引先を数多く抱えているか

・リピーターはいるか

・自社が開拓していない事業に携わっているか

 

財務状況

売り手側企業の財務状況を確認しておくことも重要です。

主な確認項目は以下のとおりです。

・法務、財務、人事などの観点から調査するデューデリジェンス

・元請け率

・工事毎の原価管理

・借入状況

・重機の確認(リース物件ではないかなど)

 

人材

得られる人材についても、以下のような視点から確認しましょう。

・優秀な人材がいるか

・有資格者が何人在籍しているか

・社員の年齢層はどれくらいか

・現場の作業員の稼働率はどれくらいか

 

まとめ

近年、建設業界における事業買収・売却例は増加しています。

特に目立つのは、異業種の会社をパートナーとして、業務の効率化やテリトリーの拡大、新規分野への進出などを目的とする売却です。今は東京五輪特需などで勢いを増している建設業界も、2020年以降はどうなるのか分かりません。

企業の有効な生き残り策として、事業売却という手段をぜひ市場が活況な今検討してみてはいかがでしょうか。

事業売却の事例から読み解く潮流《建設業》
2020年の東京五輪や近年増え続けるインバウンド効果により、建設業界はかつてない活況を呈しています。しかし、東京五輪後は建設市場の縮小が見込まれており、各企業はそれに対応すべく様々な施策を考えています。
市場の状況に加え、建設業界は特に経営者や技術者の高齢化、若者の現場離れ、人材不足が顕著な業界です。これに対しても、経営者は従業員のために、会社の存続を賭けて策を講じなければなりません。
今回は、建設業を取り巻くこれらの問題の解決策として、事業売却について考えてみたいと思います。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年5月31日
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