2019年7月22日 月曜日
事業売却の事例から読み解く潮流《ビルメンテナンス企業》
Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)
今回は、ビルメンテナンス業界の近況や今後の予測を解説するとともに、事業売却の成立事例を紹介していきます。そして、実際にビルメンテナンス企業の事業売却を実施するときに知っておくべき注意点に関しても解説します。
Contents
ビルメンテナンス企業における事業売却の動き
近年はビルメンテナンス企業による買収、売却事例が増加しています。
業界全体での売上は微増傾向にありますが、人手不足や後継者問題によって事業運営が困難になる中小企業が目立ってきています。
市場動向
ビルメンテナンス業界では、企業間によるシェア獲得争いが加速しています。
ビルメンテナンス企業の多くは小規模事業者であり、人材確保や展開エリアの拡大を図って事業売却を実施するケースが増加しています。
高い固定収入が得られる一方、人件費が支出の多くを占める人材集約型の事業なので、事業売却によって他社と取引先を統合することは有効な手段と言えます。
近年は清掃業務から設備管理・保守までをワンストップで提供できる体制づくりが業界内で推進されており、空調管理企業や消防設備管理企業を買収する動きが活発化しています。
また、ビルメンテナンス業に関連する他事業を多角的に取り扱うことで、総合ファシリティマネジメントとしてサービスを提供する動きも多く見られます。主に、収益や取引先を保つことが目的です。
今後の展開
ビルメンテナンス業の市場規模は2008年に一度停滞しましたが、2011年ごろからは拡大を続けています。
ビルメンテナンス業は不動産市場の景気動向によって収益が大きく変動する事業です、2020年ごろまでは国内需要が伸びる見通しであることと、アジア圏を中心として海外市場が活況を呈していることなどから、国内外でM&Aによる買収、売却が増加することが予想されます。
また、ビルメンテナンス企業には中小規模の業者が多いことから後継者問題も深刻で、事業承継を目的としてビルメンテナンス企業を売却する経営者が増加しています。
事業売却は適切に進めれば経営方針の維持や従業員を引き継ぐことも可能であり、近年では事業売却によって後継者を探す経営者が増加しています。
業界再編が進んでいる現在は買収ニーズが高くなっており、買い手が見つかりやすい状況であることから、今後もビルメンテナンス企業による売却・買収事例は活発化することが見込まれます。
最近のビルメンテナンス企業の事業売却事例
ビルメンテナンス企業が他社へ事業売却を実施する場合、株式譲渡、事業譲渡、会社分割などの形式が主に用いられます。
では実際に、どのように事業売却は行われているのでしょうか。
続いては、ビルメンテナンス企業による事業売却の成立事例を紹介していきます。
イオンディライトが穴吹ハウジングサービスへマンション管理事業を承継
イオンディライト株式会社は、株式会社穴吹ハウジングサービスとの間で、同社が運営する国内マンション管理事業部門を穴吹ハウジングサービスに承継する会社分割を実施する契約書を締結しました。
穴吹ハウジングサービスは穴吹興産と合わせて9万5000戸を超える分譲マンション管理物件を保有している、管理事業を専門とする大手企業です。
イオンディライトは、自社顧客がコア事業に集中できる環境を構築すること及びノンコア業務のトータルコストを最小化する”総合FMS(ファシリティマネジメントサービス)事業”を提供している企業です。
両社の事業戦略を鑑みた結果、当案件によってマンション管理事業を承継することで顧客に対する管理サービスを向上させることが見込めるとしています。
マイスターエンジニアリングが子会社の株式を池下設計に譲渡
マイスターエンジニアリングは、連結子会社である株式会社蒼設備設計の全株式を株式会社池下設計へ譲渡しました。
マイスターエンジニアリンググループはメンテナンスおよびエンジニアリングを事業領域としており、ファシリティ関連、メカトロ関連、コンテンツサービスの3事業を主力事業としています。
譲渡対象となった蒼設備設計は建築設備の設計・管理をコア事業としており、同グループの建築関連事業を補完していました。
当案件は経営資源の選択と集中を図ったものであるとともに、営業面や人材採用面でのシナジー効果が期待できることから株式譲渡の契約に至ったとされています。
ハリマビステムが上海の持分法適用関連会社の出資持分を譲渡
株式会社ハリマビステムは、自社の持分法適用関連会社である上海陸家嘴貝思特物業管理有限公司について、保有している出資持分35%を全て譲渡することを決議しました。
ハリマビステムは、グループ経営および海外合弁事業の見直しとして、今後注力する事業領域へ経営資源を集中できるように出資持分の譲渡を判断したとされます。
譲渡先は上海の建築物総合サービス業者である上海陸家嘴物業管理有限公司です。なお、出資持分の譲渡確定に伴ってハリマビステムの単体業績に59百万円の特別利益が計上されています。
ビルメンテナンス企業の事業売却を実施するうえでのポイント
近年はビルメンテナンス企業による他社の買収・売却事例が増加しており、これから事業売却を考えている経営者にとっては行動を起こしやすい状況と言えます。
しかし、売却条件にこだわるのであれば経営者自身が適切な事前知識を持っておく必要があります。
取引先の数や内容
ビルメンテナンス企業が事業売却を実施するときは、取引先の数や契約内容が重要になってきます。
ビルの新規建築数は近年停滞しており、中小企業が新しく取引先を開拓することは困難な状況です。事業売却で引き継げる取引先が多く、依頼内容に見合った価格設定が行われているほど買い手が付きやすいです。
また、主要取引先の地域も重要なポイントです。
主な展開地域が異なる企業へ売却した場合は新規展開にかかるコストや人員を削減可能であり、同じ地域の企業間で提携・合併した場合は特定エリアで大きくシェアを伸ばすことができます。
従業員の引継ぎ
ビルメンテナンス企業の多くは人材不足であり、引継ぎ直後から収益に貢献できる従業員は買い手側企業にとって優先的に獲得したい存在です。
特に空調機器や消防設備の 保守点検を実施できる人材を雇用している場合は、有力な交渉材料として用いることができます。
従業員を引き継ぐかどうかで譲渡価格が数倍変わることも珍しくないので、雇用条件や就業規定の確認、調整は確実に実施する必要があります。
引継ぎによって従業員の待遇が悪化すると、離職率悪化や金銭トラブルを引き起こすリスクが出てきます。
また、引継ぎ先の社員と扱いが異なる場合は企業間トラブルになる可能性があり、状況によっては事業売却の契約を解消されるリスクがあります。
売却スキームの選び方
ビルメンテナンス企業には中小企業が多いので、事業売却を実施する時には株式譲渡もしくは事業譲渡のいずれかが多く用いられます。
それぞれメリット・デメリットがあるので、目的に見合った売却方法を選ぶ必要があります。
株式譲渡は、売り手側の事業資産を全て買い手側が譲受することで会社の経営権と所有権を移行する方法です。事業資産には株式や契約関係、負債なども含まれています。
事業売却の中では手続きが簡単な方法であり、大規模案件や引継ぎリスクが低い案件で多く用いられるという特徴があります。
事業譲渡は、売り手側の事業資産の一部もしくは全部を買い手側に引き継ぐ方法です。
必要に応じて売却する事業資産を選べることが特徴であり、不採算事業の切り離しや主力事業への集中といった目的がある場合に適している方法です。
ただし、売却スキームとして事業譲渡を用いた場合は、従業員や取引先との契約関係を直接引き継ぐことは出来ません。
契約を移すときは売り手側との契約を解除し、買い手側との間で個別に契約を結びなおす形になります。
手続きが煩雑なことから大規模案件では基本的に用いられない方法ですが、小規模案件では比較的少ない手間でメリットを得られることから多く用いられます。
事業売却のタイミング
ビルメンテナンス企業に対する需要が伸びている現在は、事業売却を実施するのに適したタイミングと言えます。
2020年以降は市場動向の見通しが不透明なので、特に大手企業へ売却することを検討している場合は早めに準備し始める必要があります。
また、中小企業が事業売却を実施する場合、買い手が見つかってから引継ぎ完了までは半年から一年ほど掛かることが多いです。
事業売却の調整期間中も経営業務は行う必要があるので、経営者の年齢や健康面には余裕をもって手続きを進められるようにしましょう。
買い手が見つからなかったり、必要書類が揃っていなかったりする場合などは成約までに必要な期間も延びてきます。可能であれば、親族内承継や従業員承継を検討するタイミングで事業売却の準備を始めておくことをお勧めします。
ただし、事業売却を正しく実施するには経理面、法務面の専門知識が求められます。売却先を探す所から知識や情報網は必要なので、M&A仲介会社へサポートを依頼して進めることをおすすめします。
相場を把握する
事業売却では、売り手側が譲渡する事業資産に応じて対価を得ることができます。
売り手側の状況や売却形式等によって譲渡金額は変動するので、事前に得られる金額を明確にすることはできません。しかし、M&A市場に出ているビルメンテナンス企業の譲渡金額をチェックして、売却条件が近いものを探すことで参考価格を知ることは可能です。
事業売却では、具体的な交渉を行う前にベースとなる譲渡希望額を提示する過程があります。その際、相場と離れすぎた価格を提示してしまうと買い手から敬遠される、安く買いたたかれる等の問題が出てきます。
そういった問題を防ぐために、より正確な価格を予測したい場合は、必要な書類やデータを揃えたうえでM&A仲介会社に直接相談することをおすすめします。
事業売却を公表する時期
事業売却を検討している経営者は、会社内や取引先を含む第三者には事業売却の話を伏せておく必要があります。
ただし、売却先の経営者やM&A仲介業者、その他手続き上で必要な関係者には計画や進捗を伝える場合があります。
具体的には会社の経営状況を把握している経理担当者、他の従業員から信用を集めているリーダー的な人物などに話を伝えることがあります。
多くの従業員や外部の取引先に事業売却を公表するタイミングは、最終的な譲渡内容や引継ぎスケジュールが決まった後に設定するケースが一般的です。引継ぎ前に誤った情報を与えて離職や契約解除を招くリスクを防ぐことが主な目的です。
公表を遅らせると何らかの反発が予想される場合、社内での影響力が強い人物に話を通しておくことで反発を抑えることが見込めます。
情報管理を徹底することは基本ですが、情報を伝える相手やタイミングは相手企業や契約している仲介業者から指示を受けるケースが殆どです。事業売却の結果を左右する要素なので、慎重に手続きを進めていくことが大事です。
M&A仲介会社の選び方
事業売却を進めるうえで、信用できるM&A仲介会社を見つけることは特に重要なポイントです。独自の情報網を用いて売却先を探してくれるほか、相手企業との直接交渉時に同席してサポートするといった役割を持ちます。
ビルメンテナンス企業がM&A仲介会社を選ぶ際は、ビルメンテナンス業界に詳しく、同業種の事業売却を成立させた実績を持つ所へ依頼することをおすすめします。
売り手の目的や条件に見合った売却先を短期間で見つけてくれる確率が高くなります。
事業売却を進めるうえでコストを抑えたい場合、完全成功報酬制である仲介会社を選ぶことで、持ち出し費用なしで事業売却の準備を進めることができます。
成約時の報酬は譲渡金額をベースとして計算されますが、譲渡金額の定義に関しても仲介会社によって異なります。報酬規程に関しては前もって確認しておくと、トラブルを防ぎやすくなります。
まとめ
ビルメンテナンス企業の多くは中小事業者であり、後継者確保や経営力の向上を目的として事業売却を実施するケースが近年増加しています。
現在は大手事業者を中心に買い手も多い状況となっており、事業売却を行うのに適した時期と言えます。
しかし、事業売却を成立させるまでには多くの複雑な手続きが必要です。
経営者個人で取り組むのではなく、ビルメンテナンス業界に詳しいM&A仲介会社のサポートを受けることで成約率を大きく高めることができます。