2019年7月19日 金曜日
ビルメンテナンス企業の事業譲渡を検討する際のチェック項目
Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)
ビルメンテナンス企業の事業譲渡を検討しているものの、何に気を付けて検討すれば良いのか分からない、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
事業譲渡は原理的に、買い手側と売り手側が条件を巡ってしばしば衝突することがあります。
この記事では、主に売り手側を対象に、ビルメンテナンス企業の事業譲渡を検討する際のチェック項目をご紹介します。
Contents
ビルメンテナンス企業の事業譲渡を検討してみては?
ビルメンテナンス業は、ビルの清掃、保守、機器の運転といったサービスを提供しています。この業界は、経済状況に左右されづらく、収益を安定して得られやすいことから、M&Aにおいて非常に需要の高い業種の1つです。
そのため、ビルメンテナンス会社を買収したいと考えている経営者は数多くいます。後継者問題や、資金不足、事業承継等の問題を抱えているビルメンテナンス会社の経営者の方は、一度事業譲渡を検討してみてはいかがでしょうか。
業界再編が加速するビルメンテナンス業界
ビルメンテナンス業界では、人員の不足や価格競争の激化に加え、スタッフの高齢化が問題となっており、業界自体が大きな転換期を迎えています。少子高齢化が進むなか、若くて能力のある労働力をいかにして獲得していくかが、大きな課題となっています。
また、ビルメンテナンス業界の多くの経営者が高齢化しており、後継者の不在や事業承継の問題を解消するための事業譲渡も活発になっています。
さらに、施設の管理や清掃に加え、警備やエネルギー消費管理、フロント業務などを総合的に行うことで、他者との差別化を図る企業は今後も増加していくと思われます。このように、自社の仕事の幅を広げるためのM&Aは増えていくことでしょう。すでに、大手ビルメンテナンス企業は、ビルのオーナーに幅広いサービスを提供するためや、市場シェアを伸ばすために、戦略的にM&Aを実施しています。
その一例として挙げられるのが、総合ファシリティマネジメントです。ビルメンテナンス業界では、多角的なサービスの提供を実現するために、M&Aで新たな事業を吸収することで、総合ファシリティマネジメントを実践する会社が増えています。
例えば、飲食サービスを提供するために飲食店やセキュリティを強化するために警備会社など、特定のサービスに合致する事業を買収することで、一から事業を立ち上げる手間が省けるうえに、人員やノウハウをそのまま引き継ぐことが可能です。このようなM&Aが、現在、ビルメンテナンス業界では盛んに行われています。
ビルメンテナンス会社のM&Aの動向
上述したように、ビルメンテナンス業界は人手が慢性的に不足しており、この結果多くのビルメンテナンス会社が労務コストの上昇に直面しています。また、ビルメンテナンス会社は、サービス面で他社との差別化をはかることが難しい業界なので、価格競争に陥りやすいという一面もあります。加えて、この業界は中小や零細規模の会社が非常に多いため、過当競争が続いています。
こうした環境下において、自社の今後の展望やビルメンテナンス業界の将来性を考えた結果、事業譲渡を選択し、大手のビルメンテナンス会社の傘下に入る決断をする経営者が増えています。一方で、ビルメンテナンス業は安定したストック型ビジネスであり、会社の規模が大きくなるほどメリットが効きやすいため、大手のビルメンテナンス会社は他社の買収に積極的です。
また、元々大手のビルメンテナンス会社から業務委託を受けていた警備会社が、ビルメンテナンス会社を買収してサービス内容の拡充を図る動きもあります。
業界の今後としては、大手のビルメンテナンス会社や警備会社が中小規模のビルメンテナンス会社を買収する形で、M&Aによる大手への集約が進むものと考えられています。なお、ビルメンテナンス会社の売却価格は不動産市況や景気の動向と密接に関連しており、首都圏を中心に不動産マーケットが好況な現在は、ビルメンテナンス会社の売却を検討している経営者にとってまさにベストの売り時といえるでしょう。
ビルメンテナンス企業を事業譲渡するメリット
ビルメンテナンス企業を事業譲渡するメリットは、どこにあるのでしょうか。以下で5点のメリットをご紹介します。
従業員の雇用を守ることができる
売却・譲渡側のメリットとしては、事業譲渡を実施することで従業員の雇用を守ることができます。さらには、後継者が不在の場合にも、事業譲渡によってその問題を解決することができます。そして事業譲渡を行うことで、その企業の売却により、経営者が利益を得ることも可能です。
人手不足の解消
多くのビルメンテナンス会社の抱える問題に、人材不足が挙げられます。ビルメンテナンス業界における人手不足はもはや慢性的な問題です。
ビルメンテナンスの仕事は、外部から見るとその全容が分かりづらく、給与も全体的に低いため、新卒には不人気な業界の一つです。そもそも、ビルメンテナンス会社は正社員の募集をほとんど行わないことに加えて、定年退職を迎えた高齢者の再就職先になりがちです。そのため、ビルメンテナンス会社は高齢の従業員が多く、若い従業員の採用が少ないという傾向があります。
この問題を解決するためにも、事業譲渡は有力な手段となります。M&Aを実施し、買収した会社の人員を取り込むことで人手不足を解消することができます。また、事業譲渡によって財務基盤を強固にすることで労働条件を改善できるため、新たな人材募集がしやすくなるでしょう。
資金不足の解消
ビルメンテナンス会社に限った話ではありませんが、主に中小企業に多い問題として、資金不足が挙げられます。中小企業は、大企業と比べて資金力に制限があるので、資金の調達に苦労している会社は少なくありません。
しかし、事業譲渡を実施して大企業の傘下に入れば、財務基盤を一気に改善し、強化することができます。こうすることにより、資金調達の問題が解消され、手がけてきた事業の継続が実現しやすくなります。
収益源の確保
既に述べたように、ビルメンテナンス業界は景気の波に左右されにくく、安定して収益を上げ得る事業であるため、ビルメンテナンス会社の買収を検討している会社は多くあります。ビルメンテナンス会社の、安定して利益や売り上げを得られる点が非常に魅力なのです。また、ビルメンテナンス会社を買収し、新しい事業へ進出することによって、スケールメリットも得ることができます。
事業承継
中小企業のビルメンテナンス会社にとっては、事業承継も事業譲渡を検討する動機になり得ます。最近では、中小企業の後継者不在が問題になっており、経営者が引退すれば廃業になってしまう会社が少なくありません。そのような状態の会社にとって、事業譲渡は会社の存続に活路を見いだせる手段となり得ます。
かつては、M&Aには「ハゲタカ」のイメージが強く、ネガティブな印象を伴うものでしたが、今では雇用や取引先との関係を継続する手段としてM&Aはあたりまえのように行われるようになり、M&Aが増加している要因にもなっています。
ビルメンテナンス企業を事業譲渡する際のチェック項目
ビルメンテンス企業を事業譲渡する際に、どのような点に注意をすれば良いのでしょうか。以下でチェック項目を5点ご紹介します。
譲渡タイミングに注意する
事業譲渡を成功させるポイントの一つとして「タイミング」が非常に大切です。事業譲渡のタイミングを間違えたり、タイミングを逸したりすることで、希望する条件で事業譲渡を実施できないケースが多々見られます。
事業譲渡のタイミングを誤ると、相場の価格よりも高い金額で買収を余儀なくされることや、低い金額で売却しなければならなくなるなど、経営者にとって大きなマイナスとなります。また、後継者を獲得するチャンスを逃す可能性もあります。
事業譲渡を決定するタイミングは、業界の景気動向によっても変わってきます。そのため、事業譲渡を検討している方は、ビルメンテナンス業界の景気の動向やM&A動向をよく調べておきましょう。
会社の事業価値を知る
事業譲渡を行う際は、事業価値である「取引価格」も注目すべき重要な要素です。他の事業譲渡案件の取引価格を確認しておき、相場を知ったうえで価格設定を行いましょう。
また、事業譲渡は、一般的に買い手と売り手の対立が避けられません。当然のことですが、買い手側はより安く事業を買収したいですし、売り手側はより高く事業を売却したいと思うものです。そのため、事業譲渡をするにあたって、実際の価格は相場をしっかり見極める必要があり、後は交渉の結果次第となります。
つまり、買い手側と売り手側のそれぞれが、いかに交渉力を発揮できるかが価格を決定するといえます。
相場を調べる
上述したように、事業譲渡を成功させるためには、「相場」について理解しておくことが非常に重要です。相場価格を調査せずに、事業譲渡を進めてしまうと、相場よりも高く買収してしまうか、相場よりも安い価格で売却してしまう可能性があります。
M&Aの相場価格は、業界や会社の規模によって全く異なります。そのため、ビルメンテナンス会社の事業譲渡事例や同規模の事業譲渡事例を前もって調査しておき、相場価格を理解しておくことが事業譲渡を成功させるためのポイントとなります。
意味のないM&Aに注意する
全ての事業譲渡が、会社を成長に導くシナジー効果を生み出すわけではありません。残念なことに、実施しても意味のない事業譲渡もあり、事業譲渡をすることで、かえって会社に悪影響を及ぼす可能性もあります。
最悪の場合、買収した会社に多額の債務があったり、訴訟を抱えていたりというケースであれば、買い手側企業の経営が一気に傾くこともあり得ます。このような事態を防ぐべく、交渉を行うにあたり情報収集と、リスクを一から洗い出すためのデューデリジェンスをしっかりと行いましょう。
また、経営不振のビルメンテナンス会社を買収する場合は、あらかじめ、その経営を立て直すためのロードマップを描いておかなければなりません。そのような展望を描かずに、むやみに事業譲渡を進めればいずれ大きな反動があり、一気に経営が傾くこともあり得ます。
経営のうまくいっていないビルメンテナンス会社を買い取ることは、一見、資本の差分で利益が出ているように見せかけるというメリットがありますが、結局のところ経営再建ができなければ会社全体の経営が危機に瀕し、株主や顧客からの信頼を失いかねません。そのため、この点には注意する必要があります。
情報漏洩に注意
どのような方法でM&Aを実施する場合でも、事業譲渡等の内容が完全に成立するまでは情報が漏れないように細心の注意を払う必要があります。特に、M&Aを行う際は、従業員や取引先に不安を与えかねないので、事業譲渡をするという情報が漏れないようにしなければなりません。
社長の親族が後継者になる場合は、従業員や取引先も心理的には比較的受け入れやすいため、万が一情報が漏れても動揺が走るケースは少ないでしょう。しかし、役員や従業員が社長を継承する場合は従業員の間に不満が出ることも考えられるので、事業譲渡が確定するまでは事実の公表は避けた方が良いでしょう。
ビルメンテナンス会社の場合も例外ではなく、事業譲渡を行う場合はどのタイミングで発表するか、予定をしっかりと立てておきましょう。
まとめ
ビルメンテナンス企業の事業譲渡を検討する際のチェック項目をご紹介しました。
ビルメンテナンス会社は景気に左右されにくく、安定的な収益をもたらしやすいことから、異業種への新規参入を臨む会社にとって非常に魅力的な事業といえるでしょう。また、ビルメンテナンス会社も、激化する競争のなかで今後も生き残っていくには、価格面での差別化やサービスの充実、海外へ打って出る等の対応が必要になってくるでしょう。
これらの課題に対応するため、会社のさらなる成長を実現するうえでも、M&Aを実施することは非常に有力な手段と言えます。
ただし、M&Aを実施するには、ビルメンテナンス業界の動向をしっかりと理解しておかなければなりません。加えて、M&Aを独力で行うには困難が伴います。なぜなら、M&Aの手続きは非常に煩雑で、M&Aの経験のない人が一人で立ち向かえるものではないからです。そのため、M&Aを実施する際は、必ず専門家の協力を得るようにしましょう。