2019年3月23日 土曜日

M&Aの事例から読み解く潮流《焼肉屋》

Written by 太田 諭哉(おおた つぐや)

現在、焼肉屋を含む飲食店業界は激しい人手不足に見舞われています。
全職業平均の有効求人倍率が1.56倍であるのに対し、飲食物調理では3.49倍、接客・給仕4.09倍と非常に高い倍率になっています(厚生労働省「一般職業紹介状況」平成31年1月)。店の運営に必要な数の人員を揃えるのが難しくなっています。さらに、人手不足は人件費の上昇も招き、経営環境をより厳しいものにしています。
また、焼肉屋の原価率は飲食店の中でも、もともと比較的高かったのですが、ここ数年の輸入・国産牛肉価格の高騰は更なる仕入れ値の上昇につながっています。

こうした厳しい経営環境のなかにある焼肉屋のM&Aについて、事例とともに見ていきます。

 

焼肉屋業界におけるM&Aの動き


焼肉屋経営者がM&Aを考える背景としてはどのようなものがあるでしょうか。

考えられるのが経営者の高齢化です。少子高齢化の波は日本全体を覆っていますが、それは焼肉屋の経営者も例外ではありません。中小企業の経営者の年齢層の山は、1995年の47歳から2015年の66歳へと大きくシフトしました。一方で、平均引退年齢は中規模事業者で67.7歳、小規模事業者で70.5歳となっており、現在、多くの経営者が引退年齢を迎えていることが推測されます。

経営から手を引く場合、廃業と事業承継の二つの選択肢があり、事業承継はさらに身内への承継、第三者への承継などに分けることができます。
廃業を選択した場合は、従業員は解雇しなければならず、店が消えることで常連客は行き場を失います。また、身内への承継はこれも少子化によりそもそも子供が少ないこと、価値観の多様化により、「子は親の店をつぐもの」といった考え方が薄れていること、少ない候補者の中から現在の厳しい経営環境に耐えうる後継候補を見つけられないといった理由で、難しい場合もあります。

こういったことを背景に第三者への事業承継を目的としたM&Aが増えています

また、出口戦略として積極的にM&Aを検討する場合もあります。焼肉屋を含む飲食業で、買収側が居抜き(造作譲渡)ではなくM&Aで既存店を取得するメリットは、店内の造作やメニュー、人材育成などを0から行う必要がなく、譲渡対象店で事業をスピーディーに立ち上げることができるということがあります。また、対象店の独自のメニュー、ブランド、店舗運営のノウハウといったいわゆる「のれん」に相当する部分を取り込むことに利点を見出した買収もあります。
売却側としては、順調に運営できている店や地域、他店と比べた際の独自”のれん”の強みを提示することができれば、企業価値として高い評価を得られ、売却して多くの収入につなげることができます

 

最近の焼肉屋業界のM&A事例

事例1

2018年8月31日、株式会社subLime(サブライム)は、都内を中心に焼肉店を展開する株式会社牛の達人の株式を100%取得し、子会社化する契約を締結しました。譲渡金額・条件は非公開です。

subLimeは、未上場企業では最多の90ブランドを展開している飲食グループです。新規出店の他に、M&Aを重要な成長戦略に位置付けて積極的に事業を展開しています。
今回の牛の達人の取得は、グループ初の焼肉業態の取得であり、牛の達人のブランド力にsubLimeのノウハウと店舗オペレーション力を統合して、事業領域と収益の拡大をはかるものです

 

事例2

2014年1月20日、焼肉と焼鳥業態を展開する株式会社あみやき亭は、都心を中心に寿司、焼肉、ダイニング等12店舗を展開する株式会社アクトグループの株式を取得し、子会社化することを決議しました。

あみやき亭は焼肉業態の「あみやき亭」、焼き鳥業態の「元祖やきとり屋美濃路」を展開し、セントラルキッチンを愛知県・神奈川県に有することで、新鮮な食材を日々店舗に配送し、低価格で提供する体制を構築しています。また、2009年11月には関東地区で焼肉業態を展開するスエヒロレストランシステムを子会社化し、関東地区の郊外型店舗拡充とセントラルキッチンの稼働率向上などでシナジー効果を得ています。
しかし、関東地区への出店加速にあたって、郊外店舗だけでなく都心型店舗の開発が課題となっていました。

アクトグループは新宿エリアなどの都心を中心に店舗展開しており、あみやき亭は今回の株式取得により都心マーケットでのビジネス展開、店舗開発についてのノウハウを取得し、既存業態への応用を目指しています

 

焼肉屋のM&Aを実施するうえでのポイント


焼肉屋をM&Aにより売却する場合、売却プロセスの各フェーズで念頭に置くポイントを見ていきます。

 

目的の明確化

M&Aを検討する際に、第一に行うべきことは、「何を目的として売却するか」を明らかにすることです。店を売却する理由としては、これまで育ててきた事業を売却して現金を得たい、年齢や健康問題から引退を考えているが、身内から後継者が見つからないために第三者に事業を託す、採算のおもわしくない店の切り離しを行う、などさまざまなものが考えられます。

売却の目的により、売却準備にどれだけ時間をかけるか、売買交渉で何に重点をおくかなどが変わります。売却により得られる収入が目的であれば、十分な準備を行うことで事業価値を高めたうえで、市場で高い評価を得られるタイミングを狙っての売却になるでしょう。
成績の思わしくない店舗の切り離しが目的であれば、売却条件は多少妥協したとしても、短期間での売却成立を目指すことになります。
経営からは引退するものの、店ののれんの継続を望む場合は、のれんの継続を重視してくれる売却先を選定する必要があります。

このように、売却の目的により、このあとどこに力を注ぐかが決まりますので、最初の段階で売却目的ははっきりさせておくのが大切です。売却目的があいまいなまま、あるいは途中でぶれるようなことがあると、条件の悪化や不本意な売却につながる可能性があるので、注意が必要です。

 

売却の準備

売却に向けての準備では、企業価値を高めるために「事業の磨き上げ」を行います。事業の磨き上げでは、店の既存の問題点を洗い出してクリアし、強みになる部分を強化して買い手にとって魅力的な状態に引き上げていきます。

まずは現状を整理します。各月ごとの売り上げ、仕入れ、客数、人気メニューなどの事業部分の可視化、経営者と店の資産の貸借関係など資産部分の可視化、適切な財務諸表の作成による財務部分の可視化などをおこなって、店全体の状態をクリアに見渡せるようにします。全体の可視化を行うことで、磨き上げに向けた具体的なアクションが見えてくるでしょう。

磨き上げでは、買い手にとって店が「買いやすい」状態になるように経営改善を行います。貸借対照表や損益計算書といった決算書はきちんとチェックし、時価に沿ったものになるように整理します。粉飾決算がNGなのは言うまでもありませんが、そうでなくとも決算書の内容が実態とかけ離れていると買い手は不信感を持ちます。過剰な税金対策を行っている場合はそれも整理していきます。複雑な税金対策が実際の損益を覆い隠す状態では、買い手が店の価値を正しく評価することが難しく、結果として事業価値の評価は低いものになってしまいます。経営者と店の資産の分離もきちんと行います。
また、店の運営が経営者個人に依存している場合は、それも店が店として独立して動けるように経営者個人への依存度を減らしていきます

焼肉屋を含む飲食店では、事業価値のかなりの部分を「のれん」が占めます。のれんは、店のブランドや独自メニュー、店舗運営のノウハウなど形にできない資産です。M&Aに向けての準備では、こののれんに相当する部分もできるだけ形にします。焼肉屋であれば肉の処理方法や味付けのレシピ、店舗運営での工夫などがこれに相当します。

事業価値の算定方法は様々ですが、そこでいろいろ工夫して高い数値を出しても、買い手が納得しなければ売却はできません。事業の磨き上げは店の実態を飾り立てることではなく、地道な経営改善であるため、時間がかかります。売却条件よりスピードを重視せざるを得ないケースでは、事業磨き上げを簡素なものにする、あるいは省略するということもあり得ます。

 

専門家への相談

実際にM&Aによる事業承継に取り組む場合、買い手を探さなければなりません。買い手を探すのにもいくつか方法があります。ごく小規模なM&Aの場合、経営者本人のネットワーク内で買い手を探すことも考えられます。この方法は相手を探すのに時間がかかる、選択肢が狭いといった点のほかに、売却の秘密を保持しづらいというデメリットがあります。売却の意思が広く知れ渡って出回り案件と化してしまうと、売却は急速に難しくなります。こうなった場合、売却条件が悪くなる、断られるだけにとどまらず、現在の店の経営にも悪影響を及ぼす可能性があります。

売却先の選定で多く利用されるのが、M&Aの仲介事業者です。仲介事業者は多くの売買案件を持っていますし、機密保持契約を結んだ上で活動するため、秘密を守ることに関しても安心です。多くの案件からのマッチングを行いますので、個人で売却先を探す場合より、よい売却条件を得られることも少なくありません。

M&Aの各フェーズでは専門知識が必要になるシーンが多くあります。企業価値の算定やデューデリジェンス(買収監査)への対処、最終契約書の草案作成などです。仲介事業者にはこれらのシーンで必要になる専門家が揃っており、ワンストップで相談に応じることが可能です。
焼肉屋の企業価値の算定では、のれんの正しい評価が重要です。このため、仲介事業者の選定の際は飲食業界での実績を多く積んでいるところを選ぶのがよいでしょう。ごくまれに、案件情報をばらまくようにして相手を探すような質の低い仲介事業者が存在します。こうした仲介事業者を避け、信頼できる相談相手を選ぶには、取引銀行や商工会議所の紹介を受けるのも有効です。

 

交渉~基本合意~デューデリジェンス~最終契約

売却先が選定出来たら、経営トップ同士の面談等を含む交渉を行い、大枠の条件を決定します。条件が決まったらそれらを記載した基本合意書を交わします。基本合意書にはおおよその買収価格や取引条件、スケジュールなどを記載しますが、このあと実施されるデューデリジェンスでの結果如何によっては条件の変更もあり得るため、一部の項目を除いて法的拘束力を持たせないのが一般的です。
ただし、基本合意書内でも法的拘束力を持たせる項目が一部あり、それは機密保持や独占交渉権に関する項目です。

基本合意書を締結すると、最終契約に向けてデューデリジェンスが行われます。デューデリジェンスは、問題のある企業を買収してしまうことにより、買収側企業の経営に悪影響を及ぼすことを防ぐために行う監査です。法務面の問題を弁護士が監査する法務デューデリジェンス、財務面の問題を会計士、税理士が監査する財務デューデリジェンスはほとんどの場合行われます。これに加えて、事業に対する評価を行うビジネスデューデリジェンスが行われる場合もあります。
デューデリジェンスでは事業の隅々まで減点法で厳しく見られますので、売却側にとっては緊張を強いられるフェーズです。この段階で、意図的に隠していた問題点が発覚するようなことがあった場合は、売買そのものが流れてしまうこともあります。デューデリジェンスに対する準備は手抜かりなく行う必要があります。

デューデリジェンスが終了したら、最終契約に移ります。最終契約書には交渉段階で決定したことをすべて落とし込みます。デューデリジェンスでの指摘により譲渡額を変更するなどの調整も行います。仲介事業者を利用している場合は、草案は事業者に依頼することが多く、経営者個人同士で話が進んでいる場合でも、最終契約書は弁護士に依頼することが普通です。

 

まとめ

人手不足や仕入れ価格の高騰で厳しい経営環境にある焼肉屋のM&Aについて見てきました。大切に育てた店を第三者に譲渡することを検討する場合、よく研究し、専門家の助けも借りながら納得のいく条件での売却を目指してください。

M&Aの事例から読み解く潮流《焼肉屋》
現在、焼肉屋を含む飲食店業界は激しい人手不足に見舞われています。
全職業平均の有効求人倍率が1.56倍であるのに対し、飲食物調理では3.49倍、接客・給仕4.09倍と非常に高い倍率になっています(厚生労働省「一般職業紹介状況」平成31年1月)。店の運営に必要な数の人員を揃えるのが難しくなっています。さらに、人手不足は人件費の上昇も招き、経営環境をより厳しいものにしています。
また、焼肉屋の原価率は飲食店の中でも、もともと比較的高かったのですが、ここ数年の輸入・国産牛肉価格の高騰は更なる仕入れ値の上昇につながっています。
こうした厳しい経営環境のなかにある焼肉屋のM&Aについて、事例とともに見ていきます。
Writer
太田 諭哉(おおた つぐや)
1975年、埼玉県生まれ。1998年に早稲田大学理工学部を卒業し、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士2次試験に合格し、監査法人トーマツに入社。おもに株式公開支援、証券取引法監査、商法監査の経験を経て、2003年に有限会社スパイラル・エデュケーション(現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニー)を設立し代表取締役社長に就任。
「未来を創造し続ける会計事務所」のリーダーとしてベンチャー企業・成長企業の支援を積極的に行っている。
2019年3月23日
事業承継の事例から読み解く潮流《焼肉屋》
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